こんにちは。
「僧侶の働き方研究所」の水野綾子です。
私たちは「僧侶のキャリア(働き方)と向き合い、ともによりよくしていく」をテーマにキャリアスクールや調査研究事業などに取り組んでいます。
昨年11月に、調査研究をまとめた冊子を制作していることや、制作にあたりクラウドファンディングを実施していることを寄稿させていただきました。
「僧侶の『働き方』ってどうなってる? 冊子『僧侶のキャリア白書』から考えよう」
多くの反応をいただき、クラウドファンディングの目標達成及び、『僧侶のキャリア白書Vol.1』を完成させることができました。ご支援いただいた皆様、改めてありがとうございました。
本日は冊子の内容について、少しご紹介させていただきます。

・僧侶の「キャリア満足度」から見えてくるもの
『僧侶のキャリア白書』第一弾は、僧侶の現時点での「キャリア満足度(働き方や働く環境に満足しているか)」に焦点を当てています。
宗派を問わず、約100名の若手僧侶へのアンケート調査、数名へのヒアリングインタビューを実施し、主に20〜40代の若手僧侶たちが、今の働き方や生き方をどのように捉えているのか。そしてキャリア満足度をつくる要因は何かなど、これまでの進路の選択の仕方、環境や周囲との関係性などキャリアプロセスにおける相関性なども調べています。
さまざまな傾向が明らかになりましたが、その中でも興味深かった3点について簡単にお伝えしていきます。
・専業、兼業、満足度が高いのはどっち?
ひとつ目は、働き方の形態とキャリア満足度の関係です。
アンケートに回答した僧侶の「働き方の形態」を見てみると、現在自坊に専業している僧侶は全体の44.7%、自坊の仕事をしながら他にも仕事を持つ兼業僧侶は37.8%、会社員(自営業、公務員含む)として専業している僧侶は12%、お寺に関係する組織(宗務庁等)で専業している僧侶は2.5%という回答でした(その他3%)。

もともと私たちの中では、複数の仕事を持つことによる視野やスキルの拡張、収入やコミュニティ(社会的なつながり)の分散による安心感の創出といった面から、パラレルなキャリアを持つ「兼業僧侶」のほうがキャリア満足度が高いという仮説がありました。しかし、結果では「専業僧侶」の方が「兼業僧侶」よりもキャリア満足度が高かったのです。
自坊で専業している僧侶の中では、「お寺のみで生計を立てられる/ 特にほかの仕事を必要としていない/(兼業する)経済的理由がない/十分食べていける」という回答が多く、彼らのキャリア満足度も相対的に高い結果でした。キャリア満足度と「経済的安定」は切ってもきれないことがわかります。
また兼業をする多くの僧侶は「収入の補填」のためと回答しており、「兼業しないと生活できない」お寺が多いことも明らかです。反対に、昨今の社会の流れのように「キャリア形成的な側面」を意識して複業・兼業している僧侶はあまり見られませんでした。より詳しい内容については、冊子をご覧ください。
・キャリアの相談、誰にしていますか?
2つ目は、キャリアの「相談範囲」です。「自身の進路など、キャリアについてこれまで誰に相談してきましたか?」という質問に対して、全体の36.5%が「親のみ」という回答でした。そして「親のみ」と回答した人のキャリア満足度が一番低く、相談対象が「親のみ」<「親+親族」<「親族以外も含まれる」というように、範囲が広がるほど満足度が高くなる傾向がありました。
キャリアのロールモデルを見つけるのが難しい、誰に相談したらいいかわからないという声はあるでしょう。しかし、長期的に働き方への自主性や納得感、満足感を育むためには、家族という最小単位の社会・コミュニティ内に閉じた相談や決断ではなく、さまざまな考えや価値観に触れ、多様な選択肢がある上で決断するプロセスが必要だということが見えてきます。
加えて、進路を自分自身で決めたかどうかという「自己決定」の有無も、現在の満足度に大きく影響していることが調査からわかっています。

・「家族経営」が不安
3つ目は、多くの若手僧侶が「家族経営」であることを不安に感じている、という点です。
お寺を継ぐことが「とても不安」と回答した方々の満足度は5.8 点と、全体平均値(7.06点)を大きく下回る結果でした。将来的な寺院継承の不安が現在のキャリア満足度につながっているというのは、少なからずありそうです。
中でも、すでに課題として表面化している「お寺の経営」や「檀信徒やご門徒のお寺離れ」などに加えて、「家族経営」を不安視する僧侶が多い点は、注目すべき部分でしょう。
家族との関係については、外部が関与しづらい部分ではあるものの、調査により「家族に自己犠牲を強いられる(強いられていると感じる)」若手僧侶が多く見られた点は、業界としても目を背けてはいけない事実だと思います。このテーマは世襲制が既定路線となった仏教界において、非常に重要なテーマです。なぜ若手僧侶がそうした気持ちを抱いているのかなど、詳しくは冊子をご覧ください。
今回は3点についてご紹介しましたが、ほかにもデータやヒアリングインタビューから見えてきた、仮説や提案などを記載しています。また、多様なゲストによる寄稿も見どころです。大阪大学キャリアセンター副センター長・家島明彦氏、武蔵野大学ウェルビーイング学部長、慶應義塾大学名誉教授・前野隆司氏、多様なキャリアを重ねる僧侶の井上広法氏に、それぞれの立場から「僧侶のキャリア」について言及いただいていますので、ぜひ一読ください。
・目指すのは、僧侶のキャリアの「社会化」
刊行から約1ヶ月が経ち、僧侶の方々から反応も届き始めています。
我々の業界は、現代に合わせた形に変化しようとさまざまな人が取り組みを進めており、その取り組みジャンルは「布教」「寺院運営」「資金調達」がメインだったと思います。その中で「人(僧侶自身)」という目線で本気で私たちに向き合ってくれたのは、皆さんだったんだなと改めて感じています。
読み終えたあと「ありがとう」という気持ちが生まれ、誰に対して何にへの感謝なのか自分でも不思議でしたが、私自身を含め多くの同僚たちがどこかで置き去りにしていた「僧侶の生き方」に目を向けてくれて、孤独と向き合ってくれて、「ありがとう」という感情だったのだと思います。
私たちが目指すのは「僧侶のキャリアの社会化」です。これまでキャリアとは「個人(及び家族)で考えるべきもの」という意識が強くありました。各自(各寺、各家族)に多くの部分を任せていた部分もあったのです。ですが、キャリアとは他者との関わりの中で築かれる側面が大きく、個人で完結できるものではありません。僧侶の周囲にある組織や業界全体として「僧侶一人ひとりがどうしたらよりよく働けるか?」という問いを持ち、個人と向き合う必要があります。
本書は始まりであり、今後は第一弾で掘り下げきれなかった内容——例えば、地域差異やジェンダーなど、テーマを変えながら調査を続けていきたいと思っています。第2弾制作に向けて大きな励みとなりますので、「こんなテーマを扱って欲しい」という要望や本書の感想やご意見など、さまざまな声を届けていただけると嬉しいです。
『僧侶のキャリア白書』は以下から購入が可能です。学生向けには寄贈も受け付けておりますので、気軽に申し込みください。
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・本書のご意見、感想などお問い合わせはこちらから。
〈プロフィール〉

水野綾子(みずの・あやこ)
「僧侶の働き方研究所」代表。僧侶、編集者。
1985年生まれ。出版社勤務、ベンチャーの立ち上げなどを経て独立。正解がない時代に各寺(各自)がお寺のあり方を考え、僧侶が自身のキャリアと向き合える場づくりを目指し、2021年に僧侶向けのキャリアスクール「TERA WORK SCHOOL」を立ち上げる。同年に得度。2024年に仲間とともに「僧侶の働き方研究所」を設立。僧侶のキャリアや働き方の調査研究冊子『僧侶のキャリア白書』第一弾を刊行。