「お寺イベントの20年史」にみる『お寺という場のつくりかた』

彼岸寺読者の皆さん、こんにちは。遠藤卓也と申します。いきなり手前味噌で大変恐縮ですが、この度、松本紹圭さんとの共著で『地域とともに未来をひらく お寺という場のつくりかた』という本を学芸出版社より出版します。

間もなく9月25日に発売となりますが、彼岸寺 編集長の日下賢裕さんより「紹介文を書きませんか?」とありがたいお声がけをいただきました。単なる自著紹介ではつまらないので、本の内容と関係のありそうな読み物を書いてみようと思います。

お寺イベントの20年史

先日、富山県黒部市 白雪山善巧寺 住職の雪山俊隆さんが「お寺イベントの20年史」というポストをされて話題になりました。彼岸寺 Twitterでも紹介していたので、ご覧になった読者も多いかもしれません。

Zengyou.Netより「お寺イベントの20年史」)

ポスト内にも前置きがありますが、「20年史」なので2000年以降の動きであること。また、雪山さん個人の知る範囲でのまとめとなっています。

私は、この年表の「音楽」カテゴリで最初に登場する「お寺の音楽会 誰そ彼(たそがれ)」を、2003年から今に至るまで主催しています。自分が「お寺イベント」をやっていると、他所の「お寺イベント」も気になるもので、年表に出てくるイベントや活動について、知っているものが多く含まれていました。中にはお客さんとして参加したものや、スタッフとして関わったものもあります。

お寺の住職でありお寺イベント主催者でもある「雪山さん視点(=「お寺イベントの20年史」)」に、僧侶ではないがお寺イベントを主催している私の「遠藤視点」もクロスして、もう少し読み解いてみたいと思います。

お寺イベントの変化史

「遠藤視点」としては「変化」に着目してみたいと思います。ここに並べられているイベント・活動をあらためて眺めた時に、以下のような「変化」があることに気づきました。

1.コンセプトの明確化

私が「お寺の音楽会 誰そ彼」をはじめた2003年頃は、今や当たり前の光景である「寺ヨガ」ですら珍しかったと記憶します。神谷町・光明寺では2002年にいち早く「寺ヨガ」が始まり、「お寺で卓球大会」や「お寺 de まくらイベント」など何でも楽しくやっていましたが、どれもざっくりと「お寺イベント」。お寺で普段やらないような変わったことをやること自体がコンセプト化しているような状況でした。

その頃はよくmixiなどで「お寺イベント」をやろうとしている方から「お手本にさせてください」とご連絡をいただくことがありました。例えばこの年表では、「エンのエン (2008年〜)」福岡県・行信寺さんとのやり取りを記憶しています。(その数年後に「未来の住職塾」で初めてお会いするという)「お寺イベントづくり」の仲間を見つけたようで嬉しかったものです。

徐々に各地で「お寺イベント」が増えてくると、やはり他所の「お寺イベント」が気になって「うちではこうしよう!」みたいな力学がはたらき出したのでしょう。段々と差別化がすすみ、それぞれの「コンセプト」が立ってきます。

私がやっている「お寺の音楽会 誰そ彼」の場合、当初は向井秀徳さんやあがた森魚さん等有名なアーティストに出てもらって喜んでいましたが、そのうち「どこの誰だか知られていない海外のアーティスト」ばかりが出演するようになりました (笑) まさに妖怪的。「誰ぞ、彼?」がコンセプトです。

最近の「お寺イベント」は最初からコンセプトが洗練されていてかっこいいなと思います。兵庫県・西正寺さんの「カリー寺(2016年〜)」なんて、コンセプトをそのまま他所のお寺にのれん分けして各地に増えています。(実は「誰そ彼」もそういうことをしてみたいと思っていた時がありました)よく、練られているなと感心します。

もう一つ顕著な変化として、社会貢献的・地域貢献的な視点をもった「お寺イベント」も多くなりました。多くなったというか、そもそもお寺はそういう活動をしているのですが、お寺の関係者を中心メンバーとする「ボランティア活動」的な捉え方だったように思います。

垣根を越えて多様な人達が協力できるお寺の社会貢献的活動が増えてきているのは「おてらおやつクラブ(2013年〜)」の影響がありそうです。それまで地域にあるお寺のことをあまりよく知らなかった人たちが、貧困や孤独などで困っている人たちの助けになれる場として「お寺がある!」と気づくようになったのは「おてらおやつクラブ」のおかげが大いにあるのではないでしょうか。「おてらおやつクラブ」では個別の寺院で、支援物資の発送イベント等も行なっています。

このように、コンセプトの背景に様々な課題意識を携えた「お寺イベント」が増えたということも、この20年の大きな変化といえます。

2.お寺習慣の意識化

「お寺イベント」を続けていてよくある悩みとして、より多くの人にお寺に来てもらおうとイベントを行なっても「これって結局、何につながるんだっけ?」という問いにぶつかることです。お寺はイベント屋さんではないので「1,000人集客して利益を出そう!」みたいな発想にはなりません。

この問いに対して、よく言われているアンサーとしては「受け皿を用意する」というものです。”打ち上げ花火”的なイベントの他に、ヨガや坐禅会や子ども会のようなイベントを定例化し、お寺に通ってもらおうということです。

すると今度は「通ってもらって結局、何につながるんだっけ?」という無限ループへと続きます(笑)

神谷町・光明寺では「誰そ彼」のようなハレのイベントがありつつ、日常的には「テラヨガ」やお寺カフェ「神谷町オープンテラス」のようなケの場があります。ハレとケ、それぞれの場を行き来する人は正直少なかったのですが、最近では朝掃除の会「テンプルモーニング」という、ハレとケの狭間のような場を設けました。これはちょうどいいバランスで「習慣化」「常連化」してもらいやすく、「テンプルモーニング」をきっかけとして朝のお勤めに参加したり、檀信徒ではない人たちがお寺との関わりを多様化する入り口になってきています。「受け皿」ではなく「入り口」が必要だったのかもしれません。

また、宗派の取り組みでみると「他力本願でいこう (2005年〜2010年)」「スクールナーランダ (2017年〜)」「ごえんさんエキスポ (2017年〜)」等、大きなイベント・フェスティバルを開催している浄土真宗本願寺派にて、「築地本願寺GINZAサロン」という受け皿的なサテライトを用意しています。ここでは毎日何かしらのワークショップや仏教講座が開かれており、いつでも参加できるようになっています。まるで会員制サロンのような仕組みになっている点も非常に興味深く。これからのお寺が檀信徒ではない人たちとの関わり方を考える上での大きなヒントがありそうです。

私が「テンプルモーニング」や「神谷町オープンテラス」を見ていてつくづく思うのは、人々は「居場所」を探しているのだということ。かくいう自分も「誰そ彼」がセルフケアの場であり自己実現の場となっていました。それが日々を生きる糧となっていたと言っても大げさではありません。
「お寺イベント」や「お寺の場づくり」は “誰かのための居場所づくり” に他ならず、居場所がなく孤独な人が増えている現代において、人々がよりよく生きる場としてのお寺に可能性を感じる人が増えてきています。

3.関わる人々の多様化

「お寺イベントの20年史」ワークショップのカテゴリにある「Temple (2014年〜2018年)」は、以前彼岸寺でも連載していた小出遥子さんによる対話型ワークショップです。2014年に始まり、数年間活動した後「あとはお坊さんたちよろしく!」と、颯爽と手ばなされたことが印象的でした。僧侶ではなく、小出さんのような「仏教女子」が、お寺で対話型ワークショップを主宰するということに驚いたお坊さんも多かったことでしょう。名僧といわれる大御所の方々と対談を繰り広げていく姿も痛快でした。

「Temple」のように、お寺の住職や副住職ではない人が主宰する「お寺イベント」も珍しいものではなくなってきました。例えばお寺を舞台にしたマルシェが増えてきました。がんカフェやデスカフェなどの集いの場も、そういった場を開きたいという切実な当事者意識を持った人のことを、お寺がサポートするスタイルが多いと感じます。

更には、個人だけではなくNPOや一般企業との連携ケースも出てきました。この年表にはありませんが2018年に行なわれた「お寺deハレバーレ」は、就業支援を行うNPO法人HELLOlifeが主催した「お寺×就業支援」のイベントです。

また、山梨県では複数の寺院と民間企業が連携して、お寺をコワーキングスペース化。子育て中の女性の就労支援を行う取り組み「お寺de子連れコワーキング」がスタートしています。これから可能性が期待される分野です。

もう一つの大きな変化としては、宗派を越えてお坊さんたちが作り上げる「お寺イベント」が増えてきたこともあります。2011年にスタートした寺社フェス「向源」が象徴的ですね。会場も各宗派の大きなお寺をつかって、超宗派・超宗教の宗教者たちによるワークショップや対話など、他に類を見ない規模に発展していきました。近年も「ニコニコ超会議」とのコラボレーションなど、越境のベクトルに突き進んでいます。

「お寺イベント」の超宗派化の流れには、少なからず「未来の住職塾 (2012年〜)」の影響もあると添えさせてください。

つい先日リリースされた「世界平和願いの祭典」は、東京オリンピック開幕直前の 2020年7月18日(土)、19日(日)に 東京オリンピック・パラリンピックの応援プログラムとして、世界の宗教者が一堂に会するイベントです。「世界平和願いの祭典」には「未来の住職塾」として全面協力させていただいており、間もなく9月17日(火)に築地本願寺で開催されるプレイベントには「未来の住職塾」有縁の僧侶たち約40名が全国から集う予定です。

以上、「変化」という観点から「お寺イベントの20年史」を読み解いてみました。

1.コンセプトの明確化
2.お寺習慣の意識化
3.関わる人々の多様化

大きく3つの「変化」を挙げましたが、これらは「変化」であり「進化」です。この20年間で多数行われてきた「お寺イベント」を時間軸で俯瞰すると、このような興味深い発見がありました。これからの「お寺イベント」「お寺の場づくり」を行なっていく上で参考にできる観点だと思います。振り返る良い機会となるデータを作ってくださった雪山さんに感謝です。

そして、今回の記事でたくさん出てくる固有名詞の説明として、なるべく彼岸寺の記事へのリンクを集めてみました。この彼岸寺もまた「お寺イベントの20年史」を見守ってきた存在。今後もまた様々な「お寺イベント」を伝えるメディアとして在り続けてほしいです。

これからまたどんな「変化」「進化」があるのかのか楽しみですが、全国各地のお寺がより多くの方にとっての「居場所」となり、お寺に関わることが「セルフケア」や「自己肯定」「よりよく生きる」につながるような、楽しい「お寺イベント」や「場づくり」がおこなわれていくことを願ってやみません。

『地域とともに未来をひらく お寺という場のつくりかた』

前置きが相当長くなりましたが、9/25に松本紹圭さんと私の共著『地域とともに未来をひらく お寺という場のつくりかた』が学芸出版社より刊行されます。

第1部は松本紹圭さんが「お寺という場の可能性」と題して、彼岸寺連載『ひじりでいこう』でも語っている「Post Religion」「お寺二階建て論」といったキーワードから、仏教・お寺・僧侶のこれからの社会における役割や可能性を探求します。連載『ひじりでいこう』の内容に興味をもたれた方にもオススメです。

そして第2部が私、遠藤卓也が担当する「お寺という場をつくる人々」。17もの「お寺の場づくり」事例を取材しました。「お寺イベント」的な事例も含まれていますが、今回の「お寺イベントの20年史」には載ってきていない事例ばかり。しかしどれも「明確なコンセプト」「お寺習慣」「多様な人々との関わり」という3つのポイントが当てはまるので、本記事を面白く読んでくださった方は十分にお楽しみいただける(参考になる)内容かと思います。(どんな事例が載っているかについては目次をご覧になってみてください)

取材の中で最も印象的だった言葉が本の帯に載っています。

「全国にたくさんあるお寺が、それぞれの抱える課題に対して何かひとつ取り組むことができれば、それは社会を支える大きな力になるだろう――勝林寺・窪田充栄さん」

本当に、そう思います。

今はたぶん「社会を支える大きな力」の輪郭が、稜線のようにぼんやりと浮かんで見えているような状態。この大きな山が幻と消えぬよう、本書がより多くの方の手に届きますように。

【書籍紹介】


■■内容紹介■■
お寺離れと仏教ブームの時代にお寺・僧侶に求められる役割とは、先祖教と仏道、双方への良き入口となる「場」をつくること。人の集まる空間があり、地域との伝統的なつながりがあるお寺は、社会的課題解決に貢献できる無限の可能性を秘めている。各地で始まった、新しい「お寺習慣」から始める、地域の居場所のつくりかた。

※ 本書の内容をテーマとする講演・研修も承っています。お気軽にご相談ください

遠藤卓也

1980年東京都生まれ。立教大学卒業後、IT企業で働く傍ら2003年より東京・神谷町 光明寺にて「お寺の音楽会 誰そ彼」を主催。10年以上続く活動において、地域に根ざしたお寺の「場づくり」に大きな可能性を感じ、2012年より住職向けのお寺経営塾「未来の住職塾」の運営に携わる。「お寺の広報」をテーマとする講演・研修や、お寺のHP・パンフレット制作などを手がける。また、音楽会やマルシェなどお寺での様々な「場づくり」もサポートする。共著書に『お寺という場のつくりかた(学芸出版社)』。趣味は音楽と妖怪。ビア好き。