お寺の掲示板

お坊さんの彼とお付き合いをしていた頃の話です。
彼氏がお坊さんだからといって普段から「おっ!やっぱりお坊さんだな」と毎日思っていたわけではありません。むしろお坊さんであることをついつい忘れてしまう事の方が多かったかもしれません。ですが、仏教の話になると「やっぱりお坊さんだったんだ!」と思わせられる場面が過去にありました。

とりわけ鮮明に覚えているのは、2人で京都の街を歩いているときの話です。
京都駅に向かうべく、自坊の本山でもある東本願寺の前を通りかかった時

「今、いのちがあなたを生きている」

という言葉が目に飛び込んできたのです。
この言葉は2011年の宗祖・親鸞聖人の750回忌のテーマという事もあり、東本願寺前の道路に面していくつも掲げられていました。私は思わず「何これ?変な日本語やな。文法もおかしいしチンプンカンプンやわ。間違い?」と隣の彼に言ってしまいました。こんな風に漏らした人は私だけだったんでしょうか。そしたら彼は「たぶんこれはその昔、海の微生物から恐竜が現れて…サルになって人間になって。しかもその中で食べたり食べられたり、他の生きものとも関係しあって何億年も続いてきた。そういう地球規模のいのちのごく一部が、今たまたま自分として生きているってことなんじゃないの?そういう中で生かされているってことかな?」と言いました。

この答えが正確なのか分かりませんし、おそらく色んな解釈があると思いますが、小さい頃から仏教に慣れ親しんだ人は、パッと言葉を見ただけでこうも見事に解釈できるんだなぁとあっけに取られました。日々の積み重ねというのは、着実に身体に沁み込んでその人を作り上げるんだなと。

そういえば私は小さい頃からお寺の門の外にある掲示板の言葉を見るのが好きでした。クリスチャンですがそんなの関係なく「うまいこと言うなぁ」とか「今回の言葉はよく分からん!」とか心の中で勝手に評価して見ていました。中学校までの自転車登校の道中にあるお寺も言葉がチェンジしていた日には嬉しくなり、何も掛かってない時は「なんでやねん!」と思っていました。またパソコンで打った字ではなく毛筆で書かれているところにもグッときて、見たことも話したことも無いそのお寺の住職を少し知った気になっていました。

今お寺に嫁いだ身となり、自坊の掲示板にも住職が準備した言葉が掛かっているのですが、一番楽しみにしているのは身内の私かもしれません。実は首を長くして新しい言葉にチェンジするのを待っています。(住職には言ったことがないけれど)だから全国のお坊さんに声を大にして言いたいです。

「お寺の掲示板めっちゃ楽しみにしてます!きっと予想以上にたくさんの人が見てます!」

こじま あゆみ

滋賀県出身。キリスト教(カトリック)を熱く信仰する家庭で育つ。6人兄弟の長女でクリスチャンネームはマリア。 2014年春、お坊さんと恋愛結婚しお寺に嫁ぐことに。現在名古屋市にある真宗大谷派・開闡寺(かいせんじ)の若坊守として日々奮闘中。京都の老舗木版画店「竹笹堂」の元店長。