お坊さんの彼の苦悩

お坊さんの彼(旦那)は普段ぜんぜん褒めたりヨイショしてくれる人ではないのですが
お付き合いをしていた頃、驚くことがありました。

ある日、「慈悲深いよね」

と感謝を込めて、褒めてくれたことがあったのです。
まだその頃は「慈悲」の意味がピンと来ず(今でも深すぎて理解できていない…)
どうリアクションを返していいのか分からなかったのですが
とても恐れ多い褒め言葉だったんだと後から少しずつ分かりました。

そう言ってくれた所以は、おそらく彼のために長い間耐え忍んだ(?)事があったからです。
というのも、今ではすっかりお坊さんとして頑張っている彼ですが
お坊さんになりたての当初はそうでもなかった時代がありました。

たまたまお寺に生まれ、たまたま長男として生まれ、
幼いころから「若さま」と跡継ぎを匂わす呼び名で育ってきた彼。

まわりも彼自身も「跡を継ぐものだ」と思って過ごしてきたはずですが、
彼の中の深いところで、何らかの違和感を抱えていたのでしょう。

大学を卒業して、すぐに実家のお寺でお坊さんとして働き始めたのですが
どうも悶々とした様子だったのです。

「俺は才能も何も無い、別に他にやりたい事も無い。唯一お坊さんという選択肢が残されただけだからやっているんだ」とか「生きていくためにはお金が必要でしょ。みんな楽しんで仕事をしているわけじゃない。生きていくためにお坊さんの仕事をしているんだ。何か文句あるの?」

といった態度で、どこかへそを曲げていたのです。
私といえば、わりとマジメに仕事人間だったので「一日の大半を占める仕事を楽しめなかったら勿体ない」と考えるタイプでした。だからといって「なぜもっと楽しめないの?」とキツく言って、価値観を押し付けるワケにもいかず随分と途方に暮れました。

本人も葛藤して重々悩んでいるところに「実家に帰ると決意したのは自分やろ、なんでそんな態度なんや」と思わず本人にこぼしてしまって、言う方も言われる方もひどく悲しくなることもありました。

どうやったらもっと主体的に考えてもらえるだろうか?
彼の力になるにはどうしたらいいのだろう?
お坊さんはお経の配達員じゃない、仕事と呼ぶものでもない、生き様であってほしい…

そんな事をずっと考えていました。
もちろん私が考える以上に本人が何よりそう願ったことでしょう。
長く悩んだ末、私は「ただ相手を信じて待つ」という事と「ほかの若いお坊さんは一体どうなのかリサーチする」という行動に出ました。(そのころ彼岸寺に縁のあるお坊さんや他宗派のお坊さんと出会い「彼が仕事に対してヌルいんです…」と相談したことも)

そのあと色々あって、おそらく2年くらい「待つ」という態度で耐えてきた気がします。
有難くも時の経過と共に彼の意識も徐々に変化していきました。
明確なきっかけは分かりませんが、どうやらどこかのタイミングで腹を括ったようです。
今では進んでお坊さんの勉強会にも参加し、とても積極的です。

これは、お経先で出会った温かいお檀家さんをはじめ
彼と出会った皆さんのお陰だと本当に感謝するばかりです。

よく友人に「お坊さんと付き合うのは何が一番大変だったか?」と聞かれますが
私は間違いなくこのエピソードを挙げてしまいます。

めでたし、めでたし。

(一週間ほど前から蓮の花がひらきました)

こじま あゆみ

滋賀県出身。キリスト教(カトリック)を熱く信仰する家庭で育つ。6人兄弟の長女でクリスチャンネームはマリア。 2014年春、お坊さんと恋愛結婚しお寺に嫁ぐことに。現在名古屋市にある真宗大谷派・開闡寺(かいせんじ)の若坊守として日々奮闘中。京都の老舗木版画店「竹笹堂」の元店長。