死ぬのは怖いけど

先日、長らくご無沙汰していた友人に会いました。
いつの間にか頼もしいママになり、今は学校の先生を育児休暇中だそうです。

どういう話の流れか、なぜか話題は「死」の話へ。
「理由は分からないけど、死ぬのがすごく怖くって…」と彼女が切り出し、小さい頃から自分の親に「死ぬのが怖いー」とよく叫んでいたそうです。そして30を過ぎた今でも家で旦那に向かって叫んでいると話していました。「そんな私って変わっているよねー。ハハハ!」と明るく話してくれたのですが、確かに私も”死ぬのが怖いか”と問われたら、もちろん怖いと答えるのだと思いました。

それでも私の中で昔より「死」に対してマイナスイメージが拭われた気がします。
そのきっかけは、お坊さんの彼に「死は汚らわしいものでも何でもない」と言われてからのような気がします。

結婚前、私は勤め先の職場まで自転車通勤していました。ある日その道中に人が自殺するという出来事がありました。どうしてもその場所を通らないと家には辿り着けず、しかも自殺の現場というのが建物の外で「ここで首を…」と思わず想像してしまい、また人通りの少ない薄暗い道がより一層不気味で、恐怖心と戦いながら毎日その前を通り過ぎていました。ある日私は電話越しに「あそこの場所を通るのが本当に怖くって。しかも夜遅いとより一層不気味で…どうにもならないけど、どうしたらいいんやろ?」と彼にこぼしました。

比較的いつもは優しく、言い争ったりするような人ではありませんが、このときばかりはピシッと厳しい口調で言われたので、私もビックリしてしまいました。

「気にしなくていいじゃん。死は汚らわしいものでも何でもない。」

彼は普段からお檀家さんの大切な家族の死を(また色んな亡くなり方の死を)身近に見てきているので、自然とその言葉が発せられ、また説得力がありました。言われた私も妙にその言葉が腑に落ちて、それ以降その前を通り過ぎる時の恐怖心は不思議と無くなりました。たったの一言で魔法にかかったような気さえします。

今お寺に嫁いだ身となり、夜は暗い本堂の横の廊下を通ったり、夕方には位牌堂(沢山の方々の遺骨が納められている)の戸締りをしたりするのですが、ちっとも怖がっていない自分自身に驚いています。むしろ色んな人(亡くなった方々)に見守られて良い所だなぁとさえ思っています。これは昔の自分だったらとても考えられない事です。小さい頃は怖いテレビを見た後に一人でトイレに行けず(しかも狭い家なのに)、下の兄弟に命令してついて来てもらっていたほど怖がりだったので…。

でもお化け屋敷は今でも苦手です。
心臓に悪いものはやっぱりイヤですね、、

こじま あゆみ

滋賀県出身。キリスト教(カトリック)を熱く信仰する家庭で育つ。6人兄弟の長女でクリスチャンネームはマリア。 2014年春、お坊さんと恋愛結婚しお寺に嫁ぐことに。現在名古屋市にある真宗大谷派・開闡寺(かいせんじ)の若坊守として日々奮闘中。京都の老舗木版画店「竹笹堂」の元店長。