もう半年前になるのですが、日本のお坊さんとしてはなかなか経験することができない、タイでのお寺の行事や得度式のお手伝いしてきましたので、日本のお坊さんたちや仏教ラバーズの皆さまに興味を持っていただけないかと思い、さらにまたその時の模様と写真を見てもらいたいと、この文章を綴ります。皆さま、どうぞよろしくお願いいたします。
タイで出家し、上座仏教の僧侶に。
私自身、2011年~2014年にタイで出家しております。

高野山総本山金剛峯寺から「タイ国開教留学僧」として派遣され、バンコクの中心部にあるワット・リアップ(ワット・ラージャブラナ)の「日本人納骨堂」を管理する役割を担いながら、そのワット・リアップ内において出家できたのです。
上座仏教の僧侶(比丘)、タイ仏教サンガの一員になるという、日本のお坊さんにとっては大変貴重な経験となりました。
その後、役目である3年の任期を終えた2014年、日本へ帰国。現在は私の後輩となる若い高野山真言宗のお坊さんが連綿とお役目を引き継ぎ、日本人納骨堂を管理してくれております。

2025年は日本人納骨堂90周年と得度行事が重なった!
この十数年の中でも、昨年(2025年)は非常に特別な年でした。
新しい若い真言宗のお坊さんが得度をする行事と、日本人納骨堂の90周年のお祝いをする行事が重なり、その2つのビッグイベントを二日間で行うことになったのです。
新しく赴任する若いお坊さんは、タイ語は全くできず、バンコクの街の右も左もわからない状態です。そのような状況で「タイで自分自身の得度式を無事に終える」「さらに高野山金剛峯寺本山の役員を迎えての90周年記念大法要の準備を任せる」というのは、さすがに荷が重すぎる。ならば、タイの僧院の酸いも甘いも経験した我々OBが手伝いに行くしかないとなりました。
バンコク現地で、得度式と記念法要の準備
得度式は2025年12月12日、90周年記念法要が翌日13日。
私は日本から5日前にバンコクに入り、法要の準備を開始しました。

準備をするといってもいきなり仏具を運んだりするわけではありません。新任のお坊さんをワット・リアップのメンバーに紹介したり、お世話になるタイ国日本人会の皆様と会合をもったり、挨拶の地固めで、あっという間の3日間。私たちが挨拶回りをしている間も、ワット・リアップのお坊さんたちは着実に法要の設営を進めてくれていました。
挨拶回りが終わり次第、私もタイのお坊さんたちと一緒に椅子を運んだり、重たい机を動かしたりと作業を共にしました。10年前、身体に刻まれた記憶がしっかりと残っていますし、当時仲良くしていたお坊さんたちもたくさん残っているので、一瞬にしてタイのお寺メンバーとして交流できます。これから赴任する日本のお坊さんたちも、たくさんコミュニケーションを取りバンコクの空気に馴染んでほしいです。


合間に、新任のお坊さんが得度式で唱えるパーリ語のチェック。得度式の問答で使用する言語はタイ語ではなく、古代インド語であるパーリ語なのです。しかも儀式は約1時間。チェックしている私も「当時はよく覚えたな」と改めて思ったほどです。新任のお坊さんはとても真面目な方で、パーリ語の文句を全て暗記してくれました。
得度式の前日、総本山金剛峯寺から宗務総長様をはじめ主要メンバーが続々とバンコクに到着します。忙しさはさらに加速しますが、無事、得度式当日である12日の朝をむかえました。
1人の僧侶誕生を、皆でサポートする
タイの得度式は1人で行われることが多いです。日本では各宗派の本山クラスの得度式は集団で行われるのが通常ですが、タイではそんなことはありません。男性1人が僧侶となるために、タイのお寺メンバーや参拝者など100名近い人が見守ります。まさに人生の一大行事といった得度式です。


2代前、3代前のOBも手弁当でバンコクに駆け付けて一丸となってサポート。10年前に得度式の主役の1人であった私も、今回は黒子役に徹します。タイ上座仏教の僧院生活を3年以上も耐え抜いた強者たちが「無事にタイのサンガのメンバーになってもらいたい」新しい後輩のために一心でサポートします。
私も新任のお坊さんの後ろにピッタリとつき、「右に曲がれ」「合掌礼拝せよ」など細かく指示、タイのお坊さんからの指示も翻訳して繋ぎました。得度式を無事終えることができ、日本人の上座仏教の比丘がまた1人生まれました。


しかし、、2025年は得度式だけで終わらないのです。
翌日は、ワット・リアップ「日本人納骨堂」90周年の記念大法要
得度式の後すぐにワット・リアップのお坊さんたちと最終調整、翌日に臨みます。国は違えど結局は人間関係の信頼で結ばれる、それが一番大事なことなんだと改めて思わされます。
大法要ともなると、日本側からもタイ側からも変更点が続々と出ます。私たちが頼んでいたタイ人の通訳さんがドタキャンというハプニングもありました。「予定と違う!」なんて言う余裕もなく、奇跡的にワット・リアップに来ていた他のお寺のタイのお坊さんが日本語ができて急遽依頼、なんてこともありました。OBと手分けして法要を滞りなく終わらせるよう必死に働きます。
タイのお寺で高野山真言宗のお経とテーラヴァーダ式のお経を読むなんて、そんな法要って見たことありますか?
こんな珍しい仏教シーンはないだろうなと思いますので、写真に載せておきます。ご覧くださいませ。



何とか90周年記念法要も終え、一気にぐったりときました。でもその疲れは無事に新しいお坊さんの誕生を支えられた、高野山の皆様に滞りなくお経を読んでいただけたという、満足のいく心地よさでした。
異国の地で思う、日本の仏教のこれから、本当に必要な仏教
この2日間、ワット・リアップのタイのお坊さんたちと少年僧たち、そして100名近い食事などお寺の周りに住む商店街の皆さんたちのお世話に、本当に支えられました。
帰国から10年以上が経った今も、世話になったタイの皆に会うと、なぜかタイ語が話せてしまいます。
言語は身体の中に埋め込まれているのでしょうか?
それとも私が前世のどこかでタイ人だったのでしょうか?
そんな仏教的な質問が心に浮かんできます。
たった3年間ですが、私にとってのタイの僧院生活は、それまで高野山で培ってきた仏教観をひっくり返してしまうほどの強烈な経験でした。おそらく将来的にも「日本のお坊さんもやりながら、東南アジアのどこかで上座仏教の比丘になる人」はそんなに出てこないかもしれません。
少子高齢化と都市一極集中化、またいわゆる墓じまいなどの様々な要因が重なる日本、日本の仏教は今まで保ってきた姿を保てなくなるかもしれません。
しかし、この異国の地の僧院で体感した「苦難」「喜び」という人間の原動力に改めて思いを馳せ、「日本の仏教はここから大きく変貌していくかもしれない」「本当に日本に必要な仏教を築き上げていける新しい世代となるかもしれない」そんなことを感じます。

その新しい種がまた一粒、バンコクで蒔かれたかもしれない。
そんなことを思いながら帰国の途につきました。
タイの仏教の写真や様子が皆さんの琴線にも何か触れれば幸いです。



