田舎の小さなお寺ですが、インスタライブに初めて挑戦してみました!

こんにちは。私は人口2000人の小さな村にあるお寺の住職です。観光寺院でも有名寺院でもない、本当に小さなお寺です。そんな田舎のお寺が、この夏、インスタライブに初挑戦しました。

どんなことをしたかというと…

・5分ほどの読経

・お盆がテーマの紙芝居

を、お寺の本堂で行いました。その様子をインスタグラムのライブ機能を使って生中継しました。

檀家さんには「本堂にて5分ほどのおつとめを行います」と寺報で事前にお知らせし、毎年8月13日が最もお寺にお参りに来る人が多いので、一番盛り上がる(?)13日をライブの日に決めました。

結果はというと…

当日は20名ほどの人がお参りしてくれました。10日~15日も同じようにおつとめをしていましたが、他の日は多くても1組か2組。小学生の娘と2人でおつとめをした日もありました。ですので、集客(?)としては大成功だったと思います。

しかし、ライブ中にwi-fiが届かなくなってしまい中継は途切れ、終了後の「24時間保存しますか?」を「いいえ」にしてしまって保存せずに終了。10分ほどのライブ中にたまたま見てくれていた人だけのためのライブになってしまいました。

慣れない初めてのこと…なかなかうまくいかないですね…。反省を来年に生かします。

どうしてインスタライブをしてみようと思ったのか

2年前のお盆の出来事がきっかけです。

いつも8人のお孫さんを連れてお盆のお参りに来てくれる檀家さんがいます。今から2年前のその年、一番上のお姉ちゃんが就職し帰省することができず、お寺にお参りに来ることができませんでした。

そこで出てきたのがLINEのテレビ電話。

 「みんなでお寺に来てるよー。ほら、みんないるよー。」

「ほんとだ。みんないる。」

「お寺さんもいるよー。」

と、私も映してもらいました。

「あ、ほんとだ。お寺さんだ。こんにちはー。」

「〇〇ちゃん、こんにちは。お仕事がんばってねー。」

「はーい、がんばりまーす。」

そしてその後は、読経の間もテレビ電話で中継です。お参りのあいだ、彼女はずっと電話のむこうで一緒に手を合わせてくれていたようでした。できれば帰ってきてみんなで一緒にお参りしたかったけど、仕事で都合がつかなかったんですね。離れているけど一緒に時間を共有できた気がしました。

インターネット参拝サービスが増えている

今、インターネット上で墓参りなどができるサービスが増えてきているようです。パソコンの画面にお墓の写真を映し出し、画面の前で手を合わせてお参りするのだそうです。お墓へなかなか足を運べない人でもいつでも何度でもお参りできますし、時間を気にせずお参りできることも利点のようです。

 散骨などでお墓を持たない人には「バーチャル霊園」というものもあるそうです。こちらは、経済的にお墓を建てることができなかった方、散骨などをしてお墓を作らなかった方などがインターネット上に建てたバーチャル墓にお参りするというシステムだそうです。

 「墓参り代行サービス」というものもあります。こちらは、代行業者が代わりにお墓へ行きお墓を清掃し、手を合わせてお参りをしてきてくれるのだそうです。

お墓が遠方にあってなかなか足を運べない場合や、高齢などで足腰が不自由になりお墓参りに行くのが大変という方も少なくないとは思います。しかし、画面上でお参りするってどうなの?バーチャル霊園なんて本物のお墓じゃないんでしょ?意味あるの?なんて、私も思っていました。

大切なのは、形ではなく「お参りしたい」という心

お盆にみんなでお参りに来られなかった彼女と画面越しに一緒にお参りしたとき、読経を終えて後ろの皆さんのほうへ振り返ると、スマートフォンの画面の中に彼女の姿が見えました。画面の中の彼女は、目を閉じてしっかりと手を合わせていました。その場にいなくてもちゃんと心を込めてお参りしているのが伝わってきて、 画面越しでも気持ちはしっかり繋がっていると感じました。

もしかしたら、うちの檀家さんで他にもお参りしたくてもできない人が他にもいるかもしれない、と思い始めました。以前はいつもお参りに来てくれていたけど、若い人の助けを借りなければお寺に来られなくなってしまった方が檀家さんの中にもたくさんいらっしゃいます。そういう方々がお寺でお参りしている映像を見たら、少し嬉しい気持ちになるかもしれない、救われる気持ちになるかもしれない、そんな風に思いました。そういう方々がインスタグラムを見ているかどうかはわからないけど、初めの一歩としてインスタグラムでのライブに挑戦してみたのです。

来年は反省を生かしてもう少したくさんの人にお寺のおつとめをお伝えしたいと思います。

少しでも多くの方が救われ、心豊かに生きられますように。

1982年8月生まれ。尼僧住職で三児の母。北海道の小さな村にあるお寺の一人娘として生を享け、27歳のときに先代住職である父を亡くし住職となる。住職と母親業、両立できているのか、いないのか。