彼岸と此岸 行ったり来たり 〜 彼岸寺20周年によせて

彼岸寺20周年おめでとうございます。
私は僧侶でも寺族でもありませんが、縁あって彼岸寺に関わっている者のひとりで遠藤卓也と申します。

日下賢裕編集長より「遠藤くんも何か書いて!」とのご依頼を受け、何を書こうか迷っているうちに締め切りが過ぎ、この「彼岸寺ご縁帳」がスタートしていました…。

トップバッターである松本紹圭さんによる【「彼岸寺」という「お寺」の始まり】という記事を読み、この続きなら書けるかも!と思いパソコンを開いた次第です。

さて、この記事で描かれている彼岸寺の黎明期、その様子を横で見ていました。

学生時代に一緒にサークルをやっていた松本圭介君が急にお坊さんになって、彼が住まわせてもらっている東京・神谷町 光明寺の下宿部屋に、よく遊びに行っていたのです。

コンビニで缶ビールを買って数名が集まってくだらない話をして、お寺の近所の町中華「天下一」や神谷町交差点にあったベルギービールBar「ブラッセルズ」へと繰り出して遅くまで飲んで、まさに20代の青春の日々を過ごしていました。

彼岸音楽会 誰そ彼

時は2003年「お寺の本堂でブライアン・イーノのアンビエントミュージックを聴いてみたいね!」という思いつきから、本堂にスピーカーとアンプとターンテーブル2台そしてミキサーを持ち込んで、「誰そ彼(たそがれ)」と私が名付けた音楽会が始まりました。

今ここに、2回目(2003年9月13日)の開催時のチラシがあるのですが、タイトルが「彼岸音楽会 誰そ彼」となっています。(現在は「お寺の音楽会 誰そ彼」と名乗っています)
左下には彼岸寺の最初期の名称「彼岸通信」のバナーとURLがクレジットされています。

「彼岸音楽会」という名称は開催日が秋彼岸に近いからではなく、やはり当時「彼岸」という言葉が、私たちの間での重要なキーワードだったことを意味します。

この日の来場者に配布したフリーペーパーに、スタッフの齊藤仁昭さんの「彼岸と此岸 行ったり来たり」というエッセイが収録されていました。この文章が、当時の私たちの気分をよくあらわしています。
少し長くなりますが、名文なので多めに引用させてください。※ご本人の許可を得ています


「彼岸と此岸 行ったり来たり」齊藤仁昭(誰そ彼スタッフ)

 若かりし高校生の頃や予備校生の頃の登下校の最中に見慣れたいつもの通学路から脱線して川辺で対岸に思いを馳せたり橋の上から川の流れや両岸をぼんやりと眺めるのが好きだった。何故そんな景色、特に橋からの眺めに興味を引かれていたのだろう。今でもはっきりとはわからないのだけれど、きっと彼岸でも此岸でもないというどっちつかずのようでいてどちらでもあるような状態に心が安らいでいたからだと思う。

 家と学校、現実と妄想、意識と無意識、主観と客観、自分と他人、覚醒と夢、記憶と忘却、平穏と不穏、瞬間と永遠、どちらの状態でも無いようでいてどちらをも一時に把握しているような状態。自分が何者でもなく風景と一体になっているような感覚。

 そういった橋の上(あいだ)に居ること、もしくは橋の両側を往復することが僕がいちばん落ち着ける振る舞いなのだと思う。更に言えば日常と非日常との心地よい軽やかな往復がそのどちらをも豊かにするとさえ思っている。

 松本(紹圭)君や小池(龍之介)君が彼らの仏教に関する活動の一環として彼岸通信というウェブサイトを立ち上げた際、僕は彼岸という言葉に惹かれ、そして橋の上の景色が思い浮かび、彼らに僕の、橋に関する話を拙い言葉で伝えた。共感してくれたことがうれしかった。

<中略>

「彼岸音楽会 誰そ彼」は松本君の言葉を借りれば ー 黄昏時というのは昼と夜の間の曖昧な時間帯を言うように ー(クラブでもカフェでもない)アンビバレントな空間 ー 昼と夜、日常と非日常、音楽と非音楽(遠藤君の言)が境界を曖昧にして存在している空間 ー でありたいと思っているのと同時に(寺自体が彼岸と此岸の橋渡し的な場所だと言えるかも)、”彼岸”と名乗っているからには日常生活の彼岸=非日常の場でもありたいし、音楽会をやっているという点においてはクラブやライブハウス、コンサートホールという音楽による非日常を体験する場所の彼岸(それらのどれでもない場所)でもありたいと思っている。つまり彼岸(橋の向こう側)と名乗りつつも、そこには誰そ彼(双方の境界が曖昧である状態)までもが横たわっているのである。


引用ここまで。

今読んでみてもなかなかの熱量ですが、当時このテキストにスタッフ全員が大いに共感して、精神面での共通項となっていたのを思い出します。(この記事の下には、小池龍之介さんによる「誰そ彼 – タソガレ」という詩が掲載されています)

「彼岸」に対して「此岸」があること。そしてその間の曖昧な部分に「誰そ彼」という音楽会を位置付けたいという願いがありました。場所として、都会のお寺の本堂はうってつけでした。

第1回 誰そ彼ポスター

また一方で、インターネットの世界も一つの「彼岸」であると捉えていました
音楽会の告知はお寺の掲示板にポスターを貼らせていただくのと、あとは「彼岸通信(彼岸寺)」に載せること。友人たちにEメールで連絡しました(mixiが始まるのは翌年の2004年くらいから)それだけで100名に近い人数が集まってくれていたし、またアーティストたちの多くがメールアドレスを公開しておりダイレクトにコンタクトできたりもする時代でした。各地のお坊さんから「誰そ彼みたいなイベントをしたいのだけど、やり方を教えて欲しい」という連絡もいただきました。
インターネットを介して “向こう側の” 今まで知らなかった誰かと繋がり、新しい場・文化をつくっている感覚があったのです。

2003年11月にご出演の向井秀徳さん

そしてスタッフ達も、イベントのお客さん達も、仏教の世界に興味津々だったように思います。インターネットを通じて仏教のことを知っていくワクワク感。「誰そ彼」の会場に行けば、お坊さんもいて仏教のお話をしてくれたり、一緒にお経を読んでみよう!というコーナーもある。今でこそ各地のお寺でオープンなイベントがたくさん開催されていますが、当時はここまでカジュアルな会はあまりなかったのだと聞きます。

私は就職して音楽やインターネットに関わる仕事をしながら、仲間達と「誰そ彼」を続けました。
2005年からは、築地本願寺にて「誰そ彼」をモデルとする大規模なライブイベント「本願寺LIVE 他力本願でいこう!」が数年に渡って開催され、そこにも関わらせていただくことで、お坊さん・ミュージシャン・VJ・デザイナー等など、今も繋がる多様な仲間たちの輪が広がりました。

他力本願でいこう!のチラシ

未来の住職塾

2003年に神谷町のお寺の下宿部屋から始まった青春時代がその後も続き、私の人生としても家と会社の往復だけで終わらない、豊かな時間を過ごさせてもらったなあと思います。お寺という場が人をいきいきとさせてくれるという大きな可能性を実感したことから、2012年に始まった「未来の住職塾」のプロジェクトに加わりました。

インドのビジネススクールでMBAを取得した松本さんが、その学びを日本のお寺のために活かしたいという思いで、お寺さんのための経営塾「未来の住職塾」を立ち上げました。そのスタートアップ時のプラットフォームも彼岸寺です。

初代事務局担当は奈良の安養寺 住職であり、現在は「おてらおやつクラブ」代表も務めておられる松島靖朗さん(彼岸寺に連載もなさっていました)でしたが、初年度の講義がお盆時期に突入すると「僕はもうようやれん。遠藤君あとは頼んだ!」と軽やかにバトンを渡されました。

おそらく「未来の住職塾」第一期の告知はほぼ彼岸寺のみだったように記憶しています。「お寺に”経営”なんて、とんでもない」という声も聞こえる中で入塾してくれた「変わり者が多い」とされる(笑)未来の住職塾一期生の皆さんは、ほとんどが彼岸寺の読者であったのだと思います。

現在では700名以上の修了生を擁する「未来の住職塾」も、彼岸寺のおかげで加速することができたのです。

未来の住職塾 第一期修了式の一コマ(2013年)

Temple Morning Radio

時は流れ2020年、コロナの世の中になってから松本さんと私は二人で「Temple Morning Radio」というポッドキャストを始めました。週替わりでお坊さんゲストをお迎えして平日毎朝6時に新エピソードを配信し続けています。
インターネットをつかって、お坊さん界の「笑っていいとも」のようなことをやれているのも彼岸寺から連なる数々の活動やご縁があったからこそです。

お寺のADSL回線で更新していたウェブログ「彼岸通信」から20年。通信インフラも発信プラットフォームも凄まじく進歩して、お坊さんたちとのネットワークも広がり、ここまでのことができるようになったんだなあとしみじみ感じ入ります。


最後に「Temple Morning Radio」の過去エピソードから、彼岸寺に縁の深いお坊さん4名が昔を振り返る回を選んでみました。Temple Morning Radio制作担当からの彼岸寺トリビュートという想いを込めて、読者の皆様にもお楽しみいただけたら嬉しいです。

2003年より東京・光明寺にて「お寺の音楽会 誰そ彼」を主催。地域に根ざしたお寺の ”場づくり” に大きな可能性を感じ、2012年に仲間たちと「未来の住職塾」を立ち上げる。全国に広がる受講生のネットワークを活かし、各地のお寺さんを訪ねて事例調査・執筆・講演等を行ない、時にお寺の音を録音する。現在、最も力を入れているのは音にフォーカスした新しい巡礼の形「音の巡礼」プロジェクトと、Podcast番組「Temple Morning Radio」の編集・配信。著書『お寺という場のつくりかた(学芸出版社)』、『みんなに喜ばれるお寺33実践集:これからの寺院コンセプト(興山舎)』。