お寺に嫁いでからの1年

想像つかないお寺の生活に飛び込んで早くも1年が過ぎました。
今まで人から「お寺の生活に慣れた?」と聞かれたら「とりあえず1年過ごしてみないとねー」と返していたので、その魔法の言葉も使えなくなると思うと少し心細い気持ちです。

1年前も今も変わらないのは、「早くお寺の生活に慣れたい」と願う一方、「いつまでも新鮮な気持ちでいたい。むしろ慣れたくない」と矛盾した気持ちを抱えている事です。とくに仏教もお寺の世界も全く知らないところからスタートした私からすれば、何だか双方のことを分かったつもりになりたくて、お寺の生活を満喫しながら、どこか後ろ髪を引かれる思いでいるのが事実です。

ドキドキでスタートした新生活。
そんな私を見据えてか、結婚前から先輩おくりの義母がコツコツと「おくりさんノート」を準備してくれていました。中身は年中行事の詳細を中心に、そのとき何を準備すべきか、お茶菓子はどこで仕入れてくるか…など細かな事が書かれています。何といっても注目すべきはページをめくってすぐの一文「ここに参考になるように書きますが、時代に合わせて変えていってください」という愛ある言葉が綴られている事です。実際私はこのノートにお内仏のお荘厳(お仏壇の整え方)などそれまで知らなかったことを時折メモし、ノートは受け取った当初よりも少し重みを増しました。

思い起こせばお寺に嫁ぐとき、私はとても清々しい気持ちで一杯でした。
これからどんな仕事が待っているのか。お寺でどんな事ができるんだろう…まるで新入社員のようなワクワク気分を味わいました。ところが実際は、それまで日々順調にまわっていたお寺に新参者がひょっこり現れたところで、特に大きな役目はありませんでした。それまでの社会人生活では日々業務に追われていて、自分のタスクに優先順位を付けて一つずつこなす毎日でした。そういう環境で慣れてしまっていたせいか、当初は何だか手持無沙汰な気がして「もしかして自分は毎日食べて寝ているだけちゃうか??」と何だか落ち着かない気分でした。でもそれは職業上カタチあるものを売っているわけではないので、和菓子屋に嫁いだ友達とはワケが違うのだと自分に言い聞かせていました。

話は変わって先日、お檀家さんからかかってきた電話に受け答えしていたら、主人から「お母さんと電話の応対が一緒!」と目を丸くして言われました。そんな風に突っ込まれてビックリしたのは私の方で、毎日一緒に過ごしていると知らずのうちにどうやら似てしまったようです。このときの一件は、自分の名前を名乗り忘れて、真っ先に用件を話し出してしまった年配の方からの電話でした。こういうあるあるパターンにもいつの間にか物怖じすることなく、とりあえず先方の話が落ち着いた頃合いに「ところで、どちら様でした?」と聞いていたのをたまたま主人に目撃されたのでした。

話は戻りますが、ここへ来てようやく分かりました。
お寺の仕事はマニュアル化できない事があまりに多いという事実です。

おくりさんノートで文字に起こされているのはお寺の仕事のほんの一部分にしか過ぎず、普段はその都度機転をきかせて臨機応変に動かなければいけない、いわば文章化できない仕事が大半だという事です。そうなってくると習うより慣れろで、経験を積むほかなく「何かするのではなく、お寺にいることが一番の仕事」だと思うようになりました。

お寺にいることが仕事。改めてこの1年の日常生活を振り返ると、お檀家さんとお茶を飲んでいたら「あらヤダ、もうこんな時間!」というのが日常茶飯事で、さっきまで朝だと思っていたのにもう夕飯の支度をしなくてはならなくて、年中無休のお寺の感覚に慣れてくると曜日感覚を失う職業病にかかり、あっという間に月に一度の聞法会(法話を聞く会)の日がやってきて、瞬く間にカレンダーをビリビリめくって、春のお彼岸が済んだと思ったら、すぐに秋のお彼岸がやって来るような1年でした。

大した事はできないけれど、それでも立派に「おくりさん」と呼ばれる自分。
ゆっくり深呼吸して、今日もまたお寺の空気をたくさん吸うのでした。

こじま あゆみ

滋賀県出身。キリスト教(カトリック)を熱く信仰する家庭で育つ。6人兄弟の長女でクリスチャンネームはマリア。 2014年春、お坊さんと恋愛結婚しお寺に嫁ぐことに。現在名古屋市にある真宗大谷派・開闡寺(かいせんじ)の若坊守として日々奮闘中。京都の老舗木版画店「竹笹堂」の元店長。