はじめまして、ソコツと申します。このたび、こちらで仏教書レビューの連載を開始させていただくことになりました。どうぞよろしくお願いいたします。
仏教書を集中的に読み始めたのは、15年くらい前からでしょうか。本については、もともとジャンルを問わず雑食的に読んでおり、そこに仏教や宗教に関する本も加わっていったわけですが、だんだんと仏教への関心が高まっていきました。多くの本好きの方々と同じく、毎月あれこれと本を購入していますが(ツンドクしていますが…)、そのうちの三分の一くらいは仏教関係書かな、という感じです。
そうして読んできた本のなかから、これは特に要チェックですよ、という本を、この連載で紹介していきたいと思います。誰でも読みやすい一般向けのものから、やや専門的なものまで、幅広く取り上げていきます。よろしければ、書店や図書館で仏教書を買う/借りる際のご参考になさってください。
初回となる今回は、まずは「入門書」をテーマにして、5冊の本をレビューしたいと思います。
現在、数多くの仏教入門書が出版されています。いろいろとあり過ぎて、どの門から入ったらよいのか、よくわからなくなってます。もちろん、読者ごとに最適の入門書は、それぞれ異なると思います。とはいえ、ある程度は万人にとって入っていきやすい門=本があるというのも事実です。今回は、そうした「広き門」を開いてくれている、優れた仏教入門書を紹介したいと思います。
①『はじめての仏教:その成立と発展』 ひろさちや 著
著者は、仏教の教えや歴史について説明する際の、たとえ話や言い換えが、素晴らしく上手な方です。本書は、その「説法」のテクニックが遺憾なく発揮された、著者の代表作であると思います。
たとえば、出家した僧侶と在家信者の違いを、入院患者と外来の患者の違いに置きかえて解説します。あるいは、大乗仏教の「空」の思想は、「差別するな」と「こだわるな」の二語に集約されます。大日如来(密教の中心的な仏)と明王(お不動様など)の関係は、会社とそのセールスマンの関係に見立てられます。発想がとにかく柔軟です。
また、「日本の仏教」の章では、日本仏教は、究極的には空海の密教思想に行き着き、その完成形として親鸞と道元の思想がある、と結論づけられています。学術的にはちょっと飛躍があるようにも思いますが、図式的に理解しやすく、少なくとも本書内での筋は通っています。初学者には、とても便利な図式であると思います。
ところどころで掲載されている説明のための図も、シンプルゆえに実に明快。バラモン教や神道を「ブラックボックス型」の宗教として、その構造を図示し、仏教との相違を解説している部分とか、まあ、わかりやすいです。
本書こそ、仏教入門書中の仏教入門書であると思います。超入門には、まずはこの一冊をどうぞ。
②『仏教入門』 松尾 剛次 著
仏教の学問的な知見をえるための本という意味では、これが最も手軽な入門書と言えるでしょう。仏教「研究」超入門のための良書です。
岩波ジュニア新書ということで、基本的には、若い世代の向けの著作です。しかしながら、そもそも日本の多くの読者には仏教の基本的な知識が欠けているので(しばしば知識人とされる方々とかでも・・・)、むしろ世代を超えて読まれるべき(というか読まれている)本です。
内容的には、既存のさまざまな研究成果に基づきながら、仏教の歴史をインドから現代に至るまで、大づかみに跡づけています。東南アジア方面の南伝仏教や、チベット仏教などについても、簡潔に書かれています。
ただし、著者が日本中世史の専門家ということもあって、中世を主とした日本仏教を扱った部分が、特に記述が厚いです。これは、仏教の歴史全体を見渡せば、偏っているとはいえます。けれど、読み手の実感を重視すれば、きわめて適切な配分と言えるでしょう。なにしろ、日本の読者の仏教に対する関心は、やはり、法然や親鸞や道元や日蓮など、鎌倉仏教の祖師たちが中心となってますので。
なお、コンパクトな新書版ながら、図版がかなり豊富な本でもあります。数多くの仏画や仏像の写真を眺めながらの学習は、とても効率がよく、この点も本書の優れたところだと思います。
③『仏教思想のゼロポイント: 「悟り」とは何か』 魚川 祐司 著
「ゴータマ・ブッダの言う解脱・涅槃とは何か」
「ゴータマ・ブッダは「悟った」後、なぜ死ななかったのか」
このシンプルかつ、あまりにも本質的な二つの問いが、本書の主題です。そして、この二つの問いに答えるために、ほぼ一直線の議論が展開されています。明快でとても潔く、ただひたすら本質だけを論じることのすがすがしさに満ちています。とにかく爽快な読み心地。
著者いわく、ブッダの教えは、世間を円滑に生きるための処世術、ではありません。科学と親和的な現代思想、でもありません。社会参加を導くための倫理でなければ、他人に対して優しく接するための教訓でも、まったくない。
それは、いうなれば「異性とは目も合わせないニート」になるための、非社会的な教説です。あるいは、変わり難い人間の傾向性から抜本的に離れるための、「非人間的」(!!)な思想です。
やや過激なもの言いに見えるかもしれません。しかし、その過激さこそが仏教の強さの根拠であると、著者はゆるがぬ信念のもとに本書を執筆しています。
インド宗教としての仏教は、そもそも、ほうっておけばいつまでも終わらない、生きることの苦しみの連続から離脱するためにこそ、唱え始められました。であれば、そこに人生や社会に対するノーマルな考え方とは異なる、過激な思想が含まれているのは、いわば当然のことなのです。
なお、著者は東大院生時代から理論的な経典研究を行いつつ、ミャンマーでの修行生活の実践にも取り組んできた、文武両道(?)の仏教研究者。本書を読むと、実践をふまえてこそ理論研究も輝くことが痛感させられます。
④『教養としての仏教入門: 身近な17キーワードから学ぶ』 中村 圭志 著
仏教をはじめとする宗教を、現代人にわかりやすく解説するには、どうしたらよいか。その解説方法や、語り方に関して、現在もっとも工夫や研鑽を積み重ねている宗教研究者が、本書の著者だと思います。著者のどの本を読んでも、その解説ぶりに感心させられることが多いですが、今回は幅広い視点からの仏教入門書として、本書を選びました。
前半で仏教のポイントをおさえ、また重要なキーワードについて解説したあと、後半ではよりつっこんで、仏教の歴史などを概説しています。目次を確認するだけでも、仏教のさまざまなエッセンスが整然と並んでいるような印象があり、けっこういろいろと学べます。仏教の四つのポイントは、「修行ゲーム」「相対主義的」「死生観が多様」「図像が豊富」とか。なるほど。
また、仏教の初心者が抱く、よくある疑問に対するアンサーや(お坊さんが読むお経はどれも同じですか?など)、著者のお得意の、他宗教(キリスト教、イスラーム)との比較考察による仏教の特徴の抽出など、内容は実にバラエティ豊かで、読んでて飽きないです。
最後に付録として、宮澤賢治の『銀河鉄道の夜』の、仏教的な観点からの読み解きがなされています。賢治は、お寺やお坊さんの仏教とはちょっと異なる、彼一流の仏教思想を作品に描いた、とても興味深い人物です。現代の日本人にとっては、あるいは賢治の仏教のほうが、お寺やお坊さんの仏教より、むしろ入っていきやすいかもしれません。本書を読んで、改めてそう思いました。
⑤『空海に学ぶ仏教入門』 吉村 均 著
タイトルを一見すると、空海の仏教思想に関する入門書かと思うところです。ちょっと違います。空海が理解した仏教について、わかりやすく解説した本です。テキストは『秘蔵宝鑰』。空海が仏教思想の全体像について体系的に論じた、『十住心論』の内容を簡略に記した書とされます。
つまり、空海による仏教の考察についての、著者の解説、という趣旨の本なのです。なんかややこしいなと思われるかもしれませんが、全然ややこしくないです。空海の仏教理解に基づきながらも、現代の読者をしっかりと念頭におきながら、その仏教理解の意味するところを、ストンと腑に落ちやすいように語ってくれています。
扱われるのは、初期仏教の世界から、唯識や中観、『法華経』や『華厳経』、そして密教などです。理念的には、ほとんど、空海と空海以前の仏教の全部ですね。そのうち空海によって厳選された部分が、著者による解説によって学べます。
また、現代の読者を強く意識しながら、一方で伝統的な仏教の考え方を尊重しており、このスタンスは非常に興味深いところです。つまり、近代の「科学」的な仏教理解から否認されてきた、伝統的な仏教理解の一部を、空海に学びながら再生しようとしているのです。特に、輪廻や因果応報の思想から目を背ける風潮に対して批判的です。
空海の仏教理解について鮮やかに解説しながら、今後の「古くて新しい」仏教の学び方を模索する。なかなか斬新な仏教入門書だと思います。
以上です。どれも「仏教」の「入門書」であるとはいえ、それぞれ千差万別といった感じです。それだけ、仏教の教えや思想や文化が幅広い、ってことですね。その広い世界に踏み出すための第一歩として、今回ご紹介したいずれかの本を手に取っていただけると、嬉しく思います。