【レポート】「十人十色の生き方や価値観を表現できる社会とは?」佐倉統さん×夏生さえりさん×武田正文さんによる、スクール・ナーランダvol.4京都(後編)

2019年2月9日(土)、10日(日)の2日間、京都・本願寺伝道院にて「スクール・ナーランダ vol.4」が開催されました。

今回のテーマは「十人十色の価値観が表現できる社会を真剣に想像してみる」。ファッションやダンスの世界で表現するクリエイター、進化論から人類を見つめる科学者、twitterを駆使して自分を表現するライター、「仏さまの世界」を表現する僧侶とともに学び、ともに考える場が開かれました。

レポート後編では、2日目の授業の内容を一部抜粋にてお届けします(前編はこちら)。

●人間は”自由意志”でものごとを決めていると言えるのか(佐倉統さん)

2日目も、チーム・ナーランダによるアイスブレイクで、参加者の緊張をほぐしてから授業がはじまりました。一人目の先生は、進化論や科学技術と社会のあり方について研究・考察する科学論研究者・佐倉統さんです。

・科学的な正しさは常に正しいわけではない?

はじめに、佐倉さんは映画「スター・ウォーズ」旧三部作の「エピソード4」の終盤から宇宙空間での戦闘シーンを紹介。「バシュッ、バシュッ!」という効果音が入るのですが、「宇宙は真空なので、空気の波で伝わる音が聞こえるわけがない」と指摘しました(たしかに!)。しかし、映画の演出上では音がないと面白くないので、科学的な正しさは後回しにされているというわけです。

「科学的な事実は、常に優先されるわけではありません。たとえば、『夕日が沈む』という表現は科学的には間違いだと誰もが知っていますが、『ロマンチックだね』と受け入れます。学校では地動説を教えるけれど、日常生活の座標軸に合うのは天動説だからです。地動説が知られるようになり500年がすぎて、私たちは適切な座標軸を切り替えることが身についています」。

地動説のような「科学知」と、夕日の表現のような「生活知」には常にギャップがあります。近代にもたらされた科学による世界観革命は、コペルニクスによる地動説、ダーウィンの進化論、フロイトの無意識の3つ。それぞれに、時間をかけて私たちは新しい「科学知」になじみ、「生活知」との折り合いをつけられるようになっています。

ところが、遺伝学や脳科学のように、この数十年で発達した分野の知識については、「どういうときに科学的に人間を見て、どういうときには直感的に見るべきかが身についていないので、誤解が生じやすい」と佐倉さんは言います。

たとえば、1982年にアメリカの認知心理学者 ベンジャミン・リベットが行なった脳の実験では、「右手をあげよう」と思うよりも0.5〜0.8秒前に、すでに脳は活動を始めていることがわかったそう。

「自分では、自由意志でいろんなことを選択して決めていると思うわけですが、ひょっとしたらあなたの脳が決めているかもしれない。あるいは、遺伝子が決めているかもしれない。そうなると『自分ってなんだろう?』となるわけですね。自分というのは、非常に複雑な存在で、脳の活動や周囲の人たちの情報が集まって成り立っているのかもしれません」。

・科学的な真実と日常的な価値観のズレ

科学知とは、客観的な真実を確かめるため、仮説演繹サイクル*を回した結果得られるもの。あらゆる条件を試すため時間も手間もかかります。ところが、生活知では、さまざまな条件を試すまでもなく、自分の価値観や文脈に依存しながら直感的に判断を下します。当然、科学的な真実と日常的な価値観には、「ソリが合わないところ」があります。
*ある現象を説明できる理論や法則を得るため、仮説を立てて検証する科学的な検証方法。

「科学は正しく回答を与えてくれるものだと思われていますが、もっと科学の知識を生活の場面で、自分たちの考えのなかで消化していかないといけません。科学的なデータは変わりませんが、みなさんの生活のなかで一人一人にどんな意味を持つかは違うわけです」。

今、「第4の世界観革命」と呼ばれるAIやロボット技術の開発が進んでいます。2045年にはAIが人間の脳を超えるシンギュラリティ(技術的特異点)を迎えるとも言われています。「一体何がどう変わるのか?」、ワクワクする人もいれば、不安を感じる人もいるはずです。

「何がどう変わるのかなんて、わかるわけないじゃないですか。軍事に使われたり、差別が広まったり、ロボット間の戦いが生じたりするかもしれない。だからこそ、AIやロボットをどう使うのか、科学的知識を適切に使う『科学リテラシー』を持たなければいけないのです」。

一般に、科学技術が発達すれば、生活は便利になると思われています。たとえば、「電動洗濯機によって主婦は楽になった」と考えられています。ところが、洗濯の頻度が増えたことにより、「洗濯を干す」「畳んでしまう」「アイロンをかける」などの仕事が増え、かえって忙しくなっているのだそう。

「一部の仕事が自動化されたことで、自動化されていない部分の仕事が増えることもあります。その部分を貧困層や差別されている人たちが担うことになれば、差別や格差が広がる可能性もあります」。

また、進化には非常に長い時間がかかります。科学の知識をもって生き物としての「ヒト」を見ると、実は「人間が適応しているのは1万年前の旧石器時代」と佐倉さんは教えてくれました。

「生物としてのヒトの生活基盤は共同体。『個人ありき』ではなく、内と外をゆるやかに区切っています。実感できる共同体の人数は150人と言われています。現代社会とはいろんなズレがあるのです」。

知っているようで知らなかった、科学的な事実と自分の生活感覚のズレが示されるたび、会場に小さな衝撃が走りました。「あたりまえ」だと思っていた価値観がグラグラと揺れたところで、次の授業がはじまります!

●「自分の軸のつくり方」(夏生さえりさん)

2人目の先生は、フリーライターの夏生さえりさん。青山学院大学を卒業後、出版社、ウェブ編集者を経て、2016年4月に独立。Twitterの恋愛妄想ツイートが話題となり、フォロワー数は本アカ、サブアカ合わせて20万人以上にものぼります。スクール・ナーランダでは、「自分の軸のつくり方」と題した授業を行われました。

・人が何を考えているのか知りたかった

Twitterで20万人からフォローされ、ライターとしても4冊の書籍を上梓。現在はCHOCOLATE.Inc でプランナーもしているという夏生さん。現在のプロフィールだけを見ると、「ザ・順風満帆の人生!」という印象ですが、決して「ずっと順調に来たわけではない」と言います。

「小中高とずっと学校が嫌いでした。学校では明るかったけれど、家では『学校に行きたくない』と思っていて。人に合わせるのがとにかくつかれるし、人のことがよくわからないと思っていました」。

「人が何を考えているか知りたい」と、大学で心理学を学びましたが「一番よくわかったのは、人のことはわからないということ」。「わからないと思えば、考えてもムダだな」と思えたおかげで、人づきあいは楽になったそうです。

ところが、大学3年生で迎えた就活の時期、夏生さんは「自分が何をしたいのか」がわからなくなり休学。実家に戻って部屋に閉じこもり、引きこもり生活をしました。

「自分は何がしたいんだろう。なんで普通に進めないんだろう?と思いました。みんなのペースに合わせられないのが恥ずかしくなって、1年間は本当に泣き叫ぶようにして暮らしていました。今振り返って思うのは、生きにくかった理由は『立ち止まる癖』があったから。納得しないと進めなかったんです。もうひとつは『私』を発信地として考えすぎていたから。私をかたちづくるのは自分以外のもの。他の人と触れ合ってはじめて『私』がわかるのに、ひとり部屋に引きこもって見つかるわけがなかったんです」。

・あの時期があるから、今の私がある

「立ち止まる癖は自分で考える癖だと思う」「引きこもる経験を通してっていたから、自分をよく知ることができれた」と話す夏生さん。「あの時期があるから今の私がある。ひきこもったことを恥ずかしいと思ったことはない」と言います。

「今は、落ち込むときもあるけれど生きやすくなりました。生きやすさを手にいれたのはネットのおかげだと思います。ネットを通して、自分と同じ感覚を言葉にしてくれる人と出会えたらうれしい。全然違う意見を持つ人にも出会えたら、その違いが自分をかたちづくってくれたと思います」。

ひきこもっていた頃、夏生さんは自分で撮った写真とポエムで自費出版の本をつくって販売したことがありました。すると100冊も売れて、たくさんの感想を寄せられたそうです。

「それまでは、大きく始めなければいけないと思っていたけれど、自分でできることからはじめよう、小さなことから始めたらいいんだと思えました。ネットでは、才能を見つけてもらうこともできました」。

夏生さんが軸にして来たのは「(誰かを)ちょっとだけハッピーにする」ものをつくること。フリーランスになって、いろんな仕事の依頼があるなかでも、この軸から外れるものは断っていると言います。

「夢をぼんやり描きながら、人が喜んでくれるものを伸ばすということは、今でも変わっていません。ぼやーっとした軸だけ持って進んでいたら、私が行きたい未来に行けるんじゃないかと思う。もし、一歩も進めなくて困っているなら、人が喜んでくれることを進めたらいいと思います」。

参加者にとって、同世代の夏生さんの言葉はとても身近に感じられたよう。会場に、ゆるやかな一体感が広がっているように思われました。

●ランチの精進料理「お斎」と「念珠づくり」ワークショップ

2日目のランチも、本願寺御用達「矢尾治」さんによる、浄土真宗の精進料理「お斎」。しかし、2日間参加する人に配慮いて、1日目とは異なるメニューで用意されていました。

八尾治さんによるお料理解説。食後には質問コーナーも!

食事の後は、また2グループに分かれて、腕輪念珠づくりワークショップと本願寺ツアー(書院拝観)を交代で行いました。2日目の参加者には、御影堂縁側の板に隠された「埋め木」を探しにいくツアーも用意されていました。

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書院ツアーにて。天井に描かれた巻物の絵に遊びごころを感じてしまいます。

色とりどりの玉を組み合わせて、それぞれの念珠がつくられていきます。

各テーブルに、15〜6色の玉が置かれており、それぞれに好みの色を組み合わせて念珠づくり。瞬時に色を決めて淡々とつくりあげる人、色とりどりにつくろうとする人、シンプルに仕上げる人、迷って色が選べない人……。念珠づくりのプロセスもまた十人十色でした。

先生も参加者も、仕上がった腕輪念珠を左手につけてふたたび伝道院へ。午後の授業のはじまりです。

●仏教から「自分とは何かを考える」(武田正文さん)

3人目の先生は、浄土真宗本願寺派僧侶の武田正文さん。臨床心理士・スクールカウンセラーとして、学校や企業などでカウンセリングの仕事もされています。お念仏からスタートした授業は、どちらかというといわゆる法話に近い内容でした。

・人生には思い通りにならない苦しみがある

「お釈迦さまは成仏を説いた人。あらゆる仏教は、私たちが仏になることを目指します」と、仏教の基本から説きはじめた武田さん。思い通りにならない「苦しみ」を離れた状態が「仏」であり、「煩悩」を捨てていくことを目指すのが仏道であると話しました。

すべての色の玉をつかって腕輪念珠をつくったという武田さん。念珠づくりでみなが経験したかもしれない心の動きをとりあげて、「煩悩」を解説しました。

「全部の色で作る人はいないだろうとか、隣の人よりかっこいいものをつくりたいとか、心は動くわけです。完璧にオリジナルなものを作れたと思っていたのに、同じものを作った人がいるとこのヤロウ!と思ったりする。自分だけの自分らしさを守りたいために、相手を悪く思うのもまた煩悩です」。

そして、親鸞聖人が得度してから法然上人に出会われるまでの足跡と、法然上人から教わったお念仏の教えについて語られました。

「法然上人は、阿弥陀如来は最強の人間になれとは言わず、煩悩をたくさん抱えながら生きる人を救いましょうとおっしゃいました。そして、『阿弥陀さまにお任せします』という意味をもつ『南無阿弥陀佛』というお念仏を説かれたのです」。

・生きる意味を見つけようとするとしんどくなる

武田さんは「親鸞聖人は生きる意味を見つけようとしてしんどくなっていたときに、出会ったのがお念仏の教えだった」と言います。

阿弥陀如来の「阿弥陀」には「はかりしれない空間’(無量光)」、「はかりしれない時間(無量寿)」という意味がこめられています。すなわち、阿弥陀如来の救いは、私たちが生まれる前から働いていて、命尽きた後にもはたらいているのです。

「私たちが手を合わせて南無阿弥陀佛というときには、言うことよりも聞くことが大事なのです。仏さまから呼びかけてくださっていると考えるのです。いろんな命に支えられてずっと続いてきていますよ、見守ってくださっていますよ、と」。

また、「信心」という言葉は、インドの言葉で「綺麗な心」という意味があったのだそう。「寂しいときに、仏さまは”綺麗な心”を届けてくださるのかもしれない」と武田さんは言います。

「私たちが行きている世界は怖いものがいっぱいです。でも、誰かが『大丈夫だよ、怖くないよ。綺麗だよ』と言ってくれたら、その世界を見ることができます。仏さまは、今生きる世界をよく見てごらん、綺麗なもの、大事なことがありますよと教えてくださっているのです」。

●鼎談とグループディスカッション

3人の授業の後は、エピファニーワークスの林口砂里さんが司会する、先生方の鼎談が行われました。前日のグループディスカッション、そして3人の授業を振り返りつつ、テクノロジーとインターネットを主なテーマとして、議論が深められていきました。

・なぜ、人間の社会には同調圧力が生じるのだろう?

1日目のグループディスカッションで、「人間の社会に同調圧力が生じるのは、共感できる能力があるからでは?」と考えたチームがありました。林口さんは、その意見を紹介して、佐倉さんに「人間はなぜ、社会や共同体をつくって暮らしているのか?」と問いを投げかけました。

佐倉さんは、チンパンジーやゴリラとは異なり、ヒトは母親ひとりの育児ができないことを説明。「ヒトは頭が大きいので、母子ともに出産の負担が大きい。出産育児を助けるために、コミュニティが生まれた」と話しました。食糧を集めたり、助け合ったりしながら、人間のコミュニティは発展したのだそうです。

ただし、今の世の中では「不必要なほど強い同調圧力がかかったり、逆に必要なときに集まれないなどの矛盾が生じている」と指摘。テクノロジーが高度に発達した社会で生きる人間は「自転車で高速道路を走っているような状態」だと警鐘を鳴らしました。

一方で、ネットというテクノロジーをうまく使いこなしているのが夏生さん。Twitter上では5つのアカウントを使い分けていると言います。さらに、悩みが溜まったときには、新しいアカウントを作って「みんなに見せると心配されること」を吐き出すこともあるそうです。

これを聞いて、「欲望を肥大化させないやり方は”仏教的”」だと林口さんも感心されているようすでした。すると、佐倉さんは「人間は、抑えられない欲望をうまく扱う社会装置をその都度つくってきたわけですが、仏教はそういう智慧の体系なのかもしれない」と応えました。

・他者との違いは”ほんのわずか”かもしれない

恋愛妄想ツイートをするとき、読み手のことをたくさん想像するという夏生さん。「金曜日の23時なら飲み会帰りの人が多いかな」「日曜日23時ならちょっと憂鬱かな?」と、みんなが感じていること、考えていることに近づきながら言葉をつくっているそう。「身の回りにいる人をしあわせにすることが、自分をしあわせにする」というループを、夏生さんは大切に考えています。

佐倉さんは、「遺伝子レベルでは人間の違いはほんのわずか」であることから、「科学の知識を使って仏さまの視点を得ることができるのでは?」と発言。価値観の違う人がいても「ちょっとした違いなんじゃない?」と考えることができるのではないかと話しました。

武田さんは、阿弥陀如来が修行されていたときにいろんな世界を見て、長い長い時間考えてきたことに触れながら「Twitterではめちゃくちゃたくさんの悲しみや喜びを見ることができる。けれど、いい社会をつくるには結局ひとりの人の幸せというミクロの視点も大切では」と投げかけられました。

・人はネットに何を求めているのだろう?

グループディスカッションは、チーム・ナーランダのスタッフがファシリテーションをする形で進行しました。授業の内容を振り返りつつ、一人ずつが感想や意見を話し、グループ全体で議論を行います。

参加者は、生まれたときにはインターネットが身近にあった世代。「ネットには道具と共同体という側面がある」「小さな失敗を重ねながら新しい概念やリテラシーを生み出せたら」など、冷静に可能性をつかもうとする議論が行われていました。一方で、「ネットの使い方は人によっても年代によっても違う」という前提に立ち、「ネットだけで完結しない人生を考えていくことが重要では?」と問題提起するグループもありました。

共通して話題に上がっていたのは「自分とは異なる立場や意見を持つ他者をどうやって受け入れたり、認めあったりしていけばよいのか」ということ。これから生きていくなかで出会う他者と、どう向き合っていくのかを議論する姿も見られました。

各グループからの発表を聞いて、佐倉さんは「若い人たちが、前向きに、しなやかにネットを使いこなして、社会のことを考えていることに感動した」とコメント。夏生さんは「自分と違う意見を言う人に出会ったときは『わからない』ことだけをわかっておく。多様な価値観をどう受けとめていったらいいのかを考えられたらいいのかなと思う」と話し、「みなさんと同じ世代だから、一緒にがんばっていけたらうれしい」とエールを送りました。

武田さんは「どうしたらいいかという答えにはならないけれど、目の前の人を大事にしなければという当たり前のことが共通していたのかなと思う」と締めくくりました。

最後は全員でお念仏。2日間のスクール・ナーランダは幕を閉じました。


スクール・ナーランダも4回目。実は、「スクール・ナーランダ」のファンになり、繰り返し参加している人もいるのだそうです。10〜20代の間に、何度かスクール・ナーランダに通って、ときどき自分の人生の軸を探ってみる時間を持つのは、とてもよいことだろうなあと思います。すっかり大人になった私にとっても、2日に渡って先生方のお話を聴きながら、あれこれ考えることはとてもよい時間となりました。

さて、次回のスクール・ナーランダはどこで、どんな内容で開催されるのでしょうか? 開催が決まったら、また彼岸寺でもご案内したいと思います!

Photo by Yoshikazu Inoue、Ayumi Inoue

杉本 恭子

お坊さん、地域で生きる人、職人さん、企業経営者、研究者など、人の話をありのままに聴くインタビューに取り組むライター。彼岸寺には2009年に参加。お坊さんインタビュー連載「坊主めくり」(2009~2014)他、いろんな記事を書きました。あたらしい言葉で仏教を語る場を開きたいと願い、彼岸寺のリニューアルに参加。