ブッダハイクvol.2 ボクが慕うお坊さん 日野 浩爾さん

世の中のいろんなことがオンラインになっている。三重の片田舎に住むボクは、交通費をかけずにも、いろんなお坊さんと会うことができている。ブッダハイクはいつの間にか、オンライン化しているのだ。人間の適応力の高さにびっくりする。

参加している未来の住職塾NEXTも、オンラインだ。そこで、出会ってしまった兄貴のようなお坊さん。いや、出会うべくして出会ったというのか。自ら計画したご縁なんてものはない。この不思議に手を合わせたいと思う。ということで、今回は、広島県大竹市 浄土真宗本願寺派 光明寺 住職の日野浩爾さんにブッダハイク!

日野さんと出会ったのは、オンラインの画面の中だ。これからのお寺のあり方を考える学びの場である「未来の住職塾NEXT」で、たまたま同じグループになった。グループができると、様子を見るタイプと、和を作ろうとするタイプに分かれる。ボクは前者。誰か、「オンラインで飲み会しましょう」とか言わないかなぁと1時間おきに、メールを確認するのがボクだ。まるで、初めて彼女ができた時のようにそわそわしていた。この歳になって、こんな淡い気持ちをもつことになるとは。すると、キタ━━━(Д゚(○=(゚∀゚)=○)Д゚)━━━!!!

「取り敢えず飲みますか?今週どこかでzoomで小一時間。別にアルコール無くても良いですけど。」日野さんからのグループメンバーへのテキストだ。アルコール無くても!そんなの無理!人見知りのボクは、すぐにビールを買いに行った。

右上が日野さん、右下がボク

「どうもどうも。」「こんばんは」ぎこちない挨拶を交わしながら、たまたま出会ってしまった男4人がオンラインでつながってしまった。良いかどうかは分からないけど、出会いってそんなもんだ。良いか悪いかなんて、勝手にボクらが決めていることなのかもしれない。

何を話したかなんて覚えてはいないんだけど、気付けば真夜中になっていた気がする。次の日、眠くなるって分かっているのに、それぞれが自己開示して、恥ずかしい秘密まで共有した。そうして、ボクらは週一回、夜中までお喋りをするという謎の集団になった。

この4人のメンバーは中年おっさん二人(ボクと日野さん。日野さん、ごめんなさい)と、若い僧侶二人という構成だった。日野さんは住職、他の3人は副住職だったり、これから永平寺で修行に行くという20代半ばの若僧侶だったりだ。

日野さんは島根育ちだけど、縁あって広島のお寺の住職に27歳でなった。それも由緒正しい大きなお寺の住職だ。若くしてそのような責任のあるお寺、しかも自分が育った場所ではないところで住職をするというのは、苦労も多かったことは簡単に想像できる。

日野さんは、その辺も軽やかだ。「大変なこともあったよー。」と軽やかに振り返っていた。日野さんは41歳、ボクは37歳。なんだか、人間の器を感じてしまう……いや、いいんだ。自分のものさしで比較しなくていいんだ。僧侶なんだから、もっと自分を大事にしようと思う。でも、なかなか、人と比べてしまう癖は抜けないものだ。

僧侶しての生き方も、住職としての経験も圧倒的な日野さんだけど、そんなことは微塵も出さない。マウントを取ってくることはないお人柄だ。むしろ、僕たちの話を楽しく聴きながら、時に頼ってきてくれたりもする。大きなお寺の住職さんは取っ付きづらいというボクの勝手な思い込みは、日野さんのおかげで外れた。

うちのお寺は決して大きなお寺じゃない。いわゆる兼業寺だ。そうしないと、維持していくのだって難しい。ボクも今は、いくつもの仕事を組み合わせて生活している。そんな兼業の自分が、どこかで素晴らしいことをしているように思っていた。大きなお寺で、専業でされている方を、羨ましくもあり、社会経験がないでしょ!!ってマウントを取りたくなる自分がずっといたんだ。そんな自分も日野さん達には自己開示できた。そんな生意気な自分も受け入れてくれる日野さん。この出会いをきっかけに、お寺同士を比較して、嫉妬したりマウントとったりしてしまう自分が変わっていったのを感じる。お寺同士を比較しても仕方ない。場所も歴史も、状況も違う。それぞれが、自分が置かれた場所で試行錯誤しながら、輝こうとしていればいいんだ。今は、なんだかそう思える。

日野さんや他のメンバーと出会ってから、それぞれが自分のチャレンジしたいことを共有してきた。実際に言葉にすることで、実現したことだってある。ボクの主宰する寺子屋もそうだ。出会った時は、小さな芽も出ていなかった。今はなんだかんだで、30人が通うまでになった。これも一歩踏み出すことを後押ししてくれた仲間のおかげだ。

日野さんだって一歩踏み出している。それは、オンライン法要の取り組みだ。コロナ禍でお寺に来ることが難しい門徒さんが、参加できるように考えている。それも、すごいなーって思うのは、デジタルが苦手な高齢の方も参加できるように奔走していることだ。奔走の仕方はめっちゃアナログ。お寺で用意したipadを門徒さんのところに持っていき、使い方も丁寧に説明し、お寺とつなぐ。日野さんのデジタルはめっちゃアナログなのだ。ボクはそんな泥臭い日野さんが好きなんだよなぁ。

他のお寺同士をつないで、法話会だってしている。オンラインを積極的に活用して、新しいうねりを起こしている。それもひけらかすことなく、静かにじっくりと。日野さんはいつも言う。「自分がいなくてもお寺は続いていく。持続可能な寺のあり方とは、なんだろう。」このオンラインだって、きっと日野さんにとってはその一環。このようなコロナ禍でも、お寺に行けるような仕組みは、お寺を持続可能にしていくだろう。

「持続可能」

ボクにはなかったお寺への視点だ。いつも新しい視点を気付かせてくれる日野さんと、また次も夜中まで話し込んでしまうんだろうな。いくつになっても、ボクたちは青春の中にいる。あー眠たい。


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三重県 伊賀市 浄土真宗 高田派 大仙寺 副住職/てらこや大仙寺 主宰 横浜国立大学卒業後、国際協力、11年間の小学校教諭の道を経て現在に至る。現在は自坊で寺子屋を開設。30人の子ども達と遊んだり学んだりの日々。