彼岸寺を始めた人、松本紹圭さんが「未来の住職塾」を始めて塾長となりました。本書は塾長の松本さんと講師の井出さんによる、その名も『お寺の教科書』です。副題には「未来の住職塾が開く、これからのお寺の100年」と謳い、さらに帯には「世界一分かりやすい!開かれたお寺づくり入門書」とまで断言しています。「世界一」らしいですよ! ソチ・オリンピックの結果が示すように、世界一の金メダルを取るのは至難の業ですよね。いやはや相当の自信があるのか、ただの大風呂敷なのか、それとも計算尽くの大胆不敵さなのか……
お寺業界は他に類を見ないほどに、伝統としがらみで凝り固まった世界です。高齢化社会の日本にあってさらに上を行く超高齢化、そして未だに年功序列傾向の強い世界。重要視されるのはお寺の格式と檀家の数という旧態依然とした、それでも今はなんとか持ち堪えていると錯覚しているような世界です。
そのような伝統社会では、伝統を打ち破るような無鉄砲な若い力は敬遠され、邪道扱いされ、無視されるのが常です。ましてや自らのお寺を持たないフリーな僧侶が、しかもMBAとやらを持ち出して経営を語ろうものなら、奇異の目で見られるのは避けられないでしょう。しかし著者はそんな逆境をものともせず、確固たる信念を持って「未来の住職塾」で学びを深めています。意欲的な塾生と共に、むしろ逆風を楽しむかのように颯爽と、このしがらみの多い世界をしなやかに歩んでいるように見えます。
本書はそのような立場から、お寺の未来を開くという希望に満ちています。経営を切り口にしながらも、展開される方法論は決して「お金儲け」ではなく、経営や運営に限定されるものでもありません。お寺の未来に危機感を覚え何か動き出さなければという熱意を出発点として、「お寺の使命」を問いなおす、自問自答を繰り返すためのヒントが詰まっています。「教科書」と言うからには「答え」が載っていそうですが、どのお寺にも当てはまる「お寺活性化マニュアル」などあるはずもなく、だから自分で見つけ出すしかないということを教えてくれる本です。
そもそも「お寺の使命」とは何か? それが本書でも重要な命題になっていて、それは「お寺の価値の柱」であり、「お寺が人々や地域社会にどのような価値をもたらすのかを定義すること」とされています。しかし、もはやお寺が一方的に人々や地域に与えるという発想では真に必要とされるお寺になることは不可能です。開かれたお寺なんて夢のまた夢。それよりも「お寺で何かをしたい人は多い」「女性の力は、活力あふれるお寺をつくる切り札」「みんながワクワクしてやる気になるビジョン」という視点が大切であり、これからのお寺は住職ひとりのものではなく、みんなのお寺として周りの人々を巻き込んでいくべきでしょう。住職ひとりが頑張り過ぎるのではなく、檀信徒や地域の人々に「お寺の使命」作りの段階から協力を仰ぎ、一緒にお寺のビジョンを描いていく。そのことが力説されています。
ですので、本書は檀信徒の方にもぜひ読んで頂きたいのです。檀信徒やお寺を取り巻く人々が本書を読んで「自分たちもお寺作りに関わっていいんだ」と気付くことによって、お寺はみんなのものになります。それはある意味孤独なお寺の住職にとって非常に心強いことです。そして実際にお寺作りに周囲の人々の力が加われば、お寺と地域が共に活性化し、自然とお寺の存在感が大きくなるに違いありません。
また「未来の住職塾」は、お寺作りに経営というビジネスの側面を持ち込むという難題にチャレンジしています。先に述べたように、お寺という伝統社会に最もそぐわないように思える経営理論をこれからのお寺作りに反映させるのですから、その苦労は並大抵のことではありません。最も難しい分野へ飛び込み、切り開いていくという意味で、本書はある意味ビジネス書としても非常にユニークかつ有意義であると思います。異分野・異業種へのチャレンジを考えている方にもオススメです。
以上いろいろと感想を述べてきましたが、お寺の未来を切り開くにはやはり行動することが肝心です。理論と実践のどちらも大切ですが、動き出さなければ「お寺の使命」も絵に描いた餅になってしまいます。本書を読んで何か小さな一歩からでも動き出す。そのことを気付かせてくれる部分を引用してレビューとします。ここテストに出ますよ!(教科書だけに)
一番重要なことは、あれこれ考え過ぎずにとりあえずやってみる勇気です。やる前に分かることなどはたかが知れていますし、やってみて初めて分かる学びのほうが圧倒的に多くの良質な示唆を得られます。とりあえずやってみる。住職や寺族の一歩踏み出す勇気こそが、開かれたお寺作りの始まりと言えるかもしれません。