お寺おやつクラブの原点「大阪二児置き去り死事件」の深層から見える貧困問題を考える

「お寺おやつクラブ」の活動も間もなく一年になり、着実に支援の輪が広がっています。子どもたちの生活リズムが大きく変わる夏休みを初めて迎え、この時期ならではの課題も浮き彫りになりました。たとえば、昼や夜の外出が増えておやつ受け取りのタイミングが合いにくい家庭があったり、お寺にはお盆のお供え物が沢山あるのに暑さのために傷みやすかったり。しかしながら、概ね順調に継続的な支援が続いていることを関係者皆さまに感謝申し上げます。

この活動のパートナーであり、貧困問題に日夜向き合っている団体「大阪子どもの貧困アクショングループ(CPAO)」も発足から一年が過ぎました。代表の徳丸ゆき子さんがCPAOを立ち上げる契機となった大阪母子の象徴的な二つの事件「大阪西区二児置き去り死事件(2010年)」「大阪北区母子餓死事件(2013年)」は、今も私たちに強いショックを残しています。その一つ「大阪西区二児置き去り死事件」について取材した『ルポ虐待 ー 大阪二児置き去り死事件』(杉山春・著)をレビューし、今一度お寺おやつクラブの活動意義を見つめ直したいと思います。

この事件は2010年7月、大阪ミナミの繁華街のワンルームマンションの一室で3歳の女の子と1歳8カ月の男の子が餓死しているのが見つかり、発覚しました。子どもたちはクーラーのついていない部屋の中の、堆積したゴミの真ん中で、服を脱ぎ、折り重なるように亡くなっていました。母親の芽衣さん(本書中の仮名)が子どもたちを放置し遊び回っていたことが、この事件をより一層センセーショナルなものにしました。

風俗の仕事をしていた芽衣さんの営業用の写真と、公園のブランコで遊ぶ無邪気な子どもたちの写真が繰り返し報道されたせいか、ワイドショー的に事件が捉えられることが多く、芽衣さんの身勝手さばかりが強調されていた印象があります。当時の(今も変わりませんが)格差社会の広がりと自己責任論の高まりにより、「離婚も風俗の仕事も母親の自業自得だ」「生活保護など公的サービスを利用しないのが悪い」「餓死させるほどの貧困問題なんて特殊なケースだ」という声が多くありました。正直なところ、私自身もそのような理解が一部あったことを否定できません。ですので、本書を読み解くことによって事件を冷静に分析し、決して特殊事例ではなく現代の貧困問題を象徴する出来事だということを学ぶ必要があると思います。

本書は著者の綿密な取材に基づく渾身のルポタージュ。事件の経緯はもちろん、芽衣さんの生い立ち、両親との関係、結婚と離婚、解離性障害の疑いなどが詳細にレポートされています。関係者がなかなか話しづらい部分にまで踏み込んであり、事件の深層が伺えます。事件の遠因を探りながら「ここでも事件を食い止められなかったか」「この時点でも救えなかったか」という著者の悔恨がにじみ出ています。

社会的にインパクトの大きい事件の場合、このようなルポタージュが出版されることは珍しいことではありません。それも容疑者の視点、被害者の視点、社会保障や裁判に重点をおいたものなど、さまざまな立場から語られます。一つの事件を一方的な見方だけで判断するのではなくいろんな角度から検証する意義は言うに及ばず、新たな気付きが多く得られます。しかし事件のインパクトが大きければ大きいほど、その事件を特殊なケースと判断しがちではないでしょうか? 異常な犯人、犯人の特異な生い立ち、公的サービスが扱いづらい事情、などの特殊事情によって引き起こされた事件と考えてしまいます。本書でも芽衣さんの言動にはやはり理解し難い部分があり、自分が分からないことを特殊とか異常なものとして片付けてしまいそうになります。

しかし、そうではないはずです。確かに芽衣さんの言動や生い立ちはなかなか特異なものがあり、私たちの想像の及ばない部分もありますが、一つ一つの出来事は似たような状況を誰しも経験することですし、何かのキッカケがあれば芽衣さんのようになっていたかも知れません。芽衣さんのように事件を起こしていたかも知れないということではなく、同じような経験・心理・追い詰められた状況に陥っていたかも知れないということです。私たちは芽衣さんだけを特別視して、この事件を好奇の目で見ることは決して許されません
この凄惨な事件を通して、そこに見え隠れする現代の風潮、助けてと言えなかった状況、家族や友人のサポートが届かなかった原因、公的サービスで救えなかった問題などを見逃してはなりません。なぜならこの事件はなにも特殊な一事例ではなく、CPAO代表の徳丸さんが衝撃を受けて団体設立の行動に移したように、これから頻出してくるであろう貧困問題の象徴的な事件なのですから。

だからこそCPAOは結成一年で猛スピードで支援を拡大しています。悠長に構えていては救えない命があるからです。その手助けをしたくてお寺おやつクラブはスタートしました。ただし、お寺おやつクラブは拡大を急ぐことはせず、今ある支援先シングルマザー家庭をじっくり丁寧に見守るという「ゆるやかなつながり」の一つとして活動しています。「ゆるやかなつながり」とは定期的に届くおやつによって、ゆるやかに、でも確かにお寺やCPAOとつながっているという感覚・関係を持つことです。シングルマザーが追い詰められるその前に「助けて」の声を発することができる関係性を築くことが目標であり、それが機能し始めています。

以上、本書のレビューとしては詳細に掘り下げることはできませんでしたが、お寺おやつクラブの活動意義を確認することができました。繰り返しますが、この事件が現在の貧困問題を象徴するものであるならば、私たちの身近にも貧困に苦しむ人々がいるはずです。私たちも活動を通して貧困問題の現実を学び、啓発し続けていきたいと思います。引き続きご支援・ご賛同をよろしくお願い致します。 合掌

※ 関連記事もぜひご覧ください。日本の貧困問題の現実が見えます。

女の生きる価値とは? 大阪二児置き去り死事件を追ったルポライターが語るシングルマザーの貧困と孤立|ウートピ
http://wotopi.jp/archives/2605

「食べさせられなくて、ごめんね」 大阪の母子死亡、なぜ防げなかったのか
http://www.huffingtonpost.jp/2013/05/28/osaka_death_of_mother_and_child_n_3344935.html

(桂浄薫)

 

1977年、奈良県天理市・善福寺の次男として誕生。ソニーを退職後、2007年に僧侶となる。2015年、善福寺第33世に晋山し、和文のお経をオススメ。2014年から、おてらおやつクラブ事務局長を務め、お寺の社会福祉活動にコミット。1男2女1猫の子育てに励む。趣味はランニングと奈良マラソン。音痴と滑舌が課題。