こんにちは、木原祐健です。東京・神谷町にある浄土真宗のお寺、光明寺でお坊さんをしております。
この度、ご縁あって『神谷町オープンテラスの おもてなしお寺スイーツ12カ月』という本を出版させて頂きました。「お寺カフェ」こと神谷町オープンテラスのゆるやかな日常と、手作りでお出ししているお菓子のレシピを記したエッセイ集です。
本のご紹介をしなければと思いつつ、彼岸寺をご覧の方は「神谷町オープンテラス」「おもてなし」「お寺スイーツ」など、はじめて目にする言葉も多いのではないでしょうか。
まずは、私と神谷町オープンテラス(以下、テラス)をご紹介させていただければと思います。
「神谷町オープンテラス」と私
東京・神谷町にある光明寺の本堂前には吹き抜けの空間があります。ここを「神谷町オープンテラス」と名づけ、平日の日中に開放しています。「お寺カフェ」という愛称で皆様に親しまれています。あたたかい時期は週に2回ほど、ご希望の方にお席を設け、お茶やお菓子でおもてなしを行っています。
私はもともとお寺の生まれではありませんが、不思議なご縁でお寺に出会い、お坊さんになりました。お寺とのご縁ができるのは2003年のこと。学生時代の友人で、当時僧侶となって間もない松本紹圭さんをたずねて光明寺に足を運んだことがきっかけです。
当時の私は就職に失敗し、人生に迷っていました。心と身体の調子を崩し、一時期は家から出られなくなった時期もありました。雨の日の子どもが窓の外を眺めるように、色々なWebサイトを眺めるのが習慣で、思えば、パソコンとインターネットを通じて外界となんとかつながっていたような気がします。
その中でよく見るようになったのが、当時できたばかりの「彼岸寺」でした。見ているうちに、久しぶりに外に出ようかと思うようになりました。お坊さんになった友人と話してみよう、せっかくなので色々と相談してみようか…
さて、自分の現状をあれこれと話したところ、松本さんからは「君はこの世に向いていないと思うよ」という一言。
あまりの発言にショックを受けながらも、その時に触れたお寺の雰囲気のあたたかさやお経の響きが心に残り、折に触れてお寺に通うようになります。お寺に集うお坊さんやその周りの仲間達と親しくなり、お寺に仲間ができるように。仏教にもだんだんと関心がわいてきます。
2005年。お寺に集う仲間達で「お寺や仏教をもっと身近に思っていただきたい」という思いから「神谷町オープンテラス」の試みを始めることになり、その中で私はおもてなしを担当する「店長」になりました。
お寺を訪れる方にお茶やお菓子をお出しするのが主な役割ですが、その中で様々な経験をさせていただきました。いろいろな方と出会う中で、つらい体験からお寺を訪ねる方、仏教に救いを求める方のお話をお伺いすることも増えてきました。しだいに「仏教を通じて、今を生きる人のお役に立てれば」という思いがつのるようになり、2009年に得度。お坊さんになりました。
(このあたりの経緯は、お坊さんインタビュー企画「坊主めくり」をどうぞ)
お坊さんになってからもオープンテラスの店長は続けており、お寺にいてお話を聞くこととお菓子を作ることが自分のお坊さんの活動の中心となりました。
お菓子を皆さんに
テラスでお出ししているお菓子は、手作りの和菓子が主です。定番はわらびもちや嶺岡豆腐(牛乳でこしらえた胡麻豆腐)、変わり種は黒蜜豆乳タピオカなど。ごく簡単なものですが、季節に合わせ、お客様のご要望をお伺いしながらその日の朝にお作りしています。
テラスのお菓子は当初、料理僧の青江覚峰さんが作っていましたが、10年ほど前から自分がレシピを引き継いでお菓子を作り始めました。それまでお菓子を作る経験はありませんでしたが、長年作っているとお菓子作りが自分の日常の一部になってきました。和菓子やその周辺にある文化を調べてみるのも楽しいもので、一時期は彼岸寺で「スイーツ三昧堂」というコラムを連載させていただいていたこともありました。
この本ができるきっかけは、編集者のお客様がテラスに足を運んでくださったこと。オープンテラスでお茶とお菓子をお出ししながら話をしていく中で、「お寺についてのエッセイとお菓子のレシピ集を作りませんか?」ということに。
私はこれまで、「今はそちらには行けません」と書かれたメールを何通もいただいてきました。仕事、病気、育児、介護など、ご事情は様々です。そうしたメールには、「いつか行きたい」「そこにお寺があると思えるだけでも助かっている」そんな勿体ない言葉が続いていました。
そんなこともあり、実際に書き進めていく中では、お寺の日々の様子を思い出し、なるべく丹念に描写することを意識しました。
遠くにいてお寺のことを思ってくださる方に対してできることは、お寺の様子をお伝えすることだと思いました。お寺の日常風景を書き留め、お菓子作りのエピソードを掘り起こし、お客様とのちょっとしたやりとりを思い出し、遠くにいらっしゃる方への手紙の返事を書くようにして文章を書いていきました。
お菓子のレシピは普段から作っている簡単なものを掲載しました。鍋一つあればできるものが多く、はじめてお菓子を作る方でも作りやすいものです。長い春休み、親子で和菓子を作ってみるのも面白いかもしれません。
この本の良さは、装丁の上品さ。和紙を使用したやわらかい帯と手描きのイラストがほっとした雰囲気を醸し出してくれます。裏側には松本さんと青江さんが過分なコメントを寄せてくださいました。中にある和菓子の写真のきりっとした美しさも素晴らしいです。これはフードコーディネーター水嶋千恵さんと写真家さくらいしょうこさんのお力によるもので、私が同じ物を再現できる自信は全くありませんが(笑)、本を開いていただいた方からは本当に喜んでいただいています。
著者として自分の名前が入っていますが、振り返ってみると「自分が書いた」というより、色々な人や仏様に助けていただいて「書かせてもらった」というのが実感に近いです。
3月に入り、本屋さんに人が増えていると聞きました。外に出る事が難しいとき、気持ちが騒がしいとき、「本でも読もうか」という気分になる方が多くなっているようです。 この本はあまり難しいことがなく、ほっとできるものになっております。もしよろしければ、ご一読いただければ幸いです。
さくらいしょうこ 料理と写真 https://sakuraishoko.me/
水嶋千恵 http://bizen-recipe.com/mypage/index.cgi?c=mypage&member=71
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