お寺カフェ店長 無常の風に吹かれて出家の巻/神谷町オープンテラス店長 木原健さん(2/3)

東京・光明寺の「神谷町オープンテラス」(以下「テラス」)店長 木原健さんインタビュー第2回は、いよいよ「普通の若者」が出家を決意するというドラマティックなお話に突入です。お寺に親しみ、お坊さんたちと友達づきあいをしていた木原さんが、ついに仏門へ入る瞬間はどんなふうに訪れたのでしょうか? たいへん貴重な「得度BEFORE/AFTER」写真も入手、特別に公開させていただくことができましたので、どうぞ最後までお楽しみに! (第一回「キミはこの世に向いてないと思うよ」に驚愕!の巻はこちら

オーマイブッダ!「良縁」よりも「仏縁」がやってきた!

「お寺を開く」試みとして、「お寺でお坊さんがカフェをする」お坊さんはわりといらっしゃるのではないかと思います。でも、「お寺でカフェをしていたらお坊さんになってしまった」という人はかなりレアではないでしょうか。

お坊さんが「出家する」と決めたときのお話は、『坊主めくり』インタビューのなかでも一大クライマックス。聴いている私の方もドキドキしますし、話しておられる方も当時を振り返ってキリッとした表情をされたりします。ところが、木原さんの出家の瞬間はテラスを吹き抜けた一陣の無常の風とともにやってきたのです……。

——お坊さんになろうかなという気持ちが芽生えたプロセスについて、聴かせていただいてもいいですか?

いいですよ。初めのうちは、なる気もなれる気もしなかったんです。昔からお坊さんは特別な方かなと思っていましたし、周りのお坊さんたちもすごい人が多くて。「お坊さんになったほうがいいんじゃないか」「向いているよ」と言われると、むしろそれに反発しちゃうようなところもありまして。

「自分なんかじゃなあ」と思いながら店長を続けていて、特にお坊さんが前に立たなくなった2007年頃からでしょうか。来られる方たちとお話をするようになると、いろんな悩みがあるのだなということがだんだんわかってきて。自分も悩んでここにやってきたんだけども、悩むのは僕だけじゃないんだよねと思うわけですよ。「自分に何ができるか」と考えていくうちに、「お坊さんもいいのかなあ」という考えがよぎるんですね。

たとえば、近くの病院に入院される方が「最後かもしれないけどね」とお参りに来られたりするんですよ。また、2005年頃から引きこもりや不登校の青年を支援する「シンシア」の活動にも参加していまして、「どう生きていけばいいのかな」と切々と聞いてくる方がいらっしゃって。自分一人ではは何ができるかわからないけれども、自分の足元にある仏教というものには何かヒントがあるのかなあと考えはじめたのはきっかけではありますね。

まあ、そんなふうにして、2008年頃の秋深まるある日、お寺の奥の本棚を整理しておりますと、「白骨章」に出会うわけです。

——「朝には紅顔ありて」。

「夕には白骨となれる身なり」。ええ、11月か12月でしたので、あの境内のケヤキの木もだいぶ枯れていました。……それで「無常よねえ」ということを。

——「無常よねえ」と(笑)。春は、こんなに風が吹いても葉っぱ一枚と散りませんが、秋の終わりにはあっという間に散ってしまいますものね。

はい。「すでに無常の風きたりぬれば、即ち二つの眼たちまちに閉じ」と続きますけれども、本当にそういうふうに儚いものなんだなあと我がことのように感じてきたわけで。「白骨章」の最後の一文は「念仏申すべきものなり」と締められていますけども、じゃあ自分のこともどうすればいいのかわからない人間だけれども、ちょっとこう手を合わせて念仏申してみようかなと言いますかね。前々から手は合わせていたんですけれども、もっと深く仏教にコミットしてみようと思いはじめました。

——どういうふうに「仏教を選んでいい」と思ったのかなあ。木原さんのなかで何が起きていったのかなあ。

そうですねえ。ここでの日々の積み重ねっていうことが大きかったんでしょうね。あの、薫習(くんじゅう)と言いますけれども、香りが染みついていくような感じで、仏教が自分のどこかに染みついていった感じがあるのかなって。「まだまだ」「器じゃない」と思ったりとか、「こんな自分なのにお坊さんになってはいけないんだろうな」と思っていたわけですが、「こんな自分だからこそできることが、もしかしてあるのかもしれない」と考え方が変わっていったんですかね。

——浄土真宗の教えがまさにそういうところですよね。

そうです。うん、「このような自分であるからこそ」というところが。『門前の小僧』なんて言いますけれど、いつしか、そういったことも耳に入っていたのかもしれません。もっとも、習うまではお経は読めなかったんですけどね。

——松本さんや青江さんなど、同世代の友人のお坊さんたちからの影響はあったのでしょうか?

仏教では自分で求めない限りは、教えを無理に勧めたりはしませんよね。むしろ、青江さんが説いていたのは「木原くん、結婚はいいよー」とか。「僕は妻と出会ってね、本当に人生変わったんだから」(笑)。

——あはは(笑)。仏縁よりも良縁を説かれていたんですね。

もう、飲みに行くたびに言われていました(笑)。

——結婚より先に出家を……。そして、ほんとに「この世の人」じゃなくなったんですね……。

だっ、ダメ押しですね、それは……(笑)。

出家 BEFORE/AFTER を特別公開!


インタビューの間、ことあるごとに「これがその時の写真です」と携帯電話で写真を見せてくれる木原さん。携帯電話の写真フォルダが「自分史コンテンツ」として整備されているのです。なんとスバラシイ! というわけで、今回は『坊主めくり』でその写真の一部を公開させていただくお許しをいただきました。

——出家前はこちらで剃髪をされて。

ええ。これが出家BEFOREです。

2009年4月30日、研修中はこの服装でお経を読むのですが、着方がわからないから先輩に全部着せてもらったんです。メモ代わりに写真を撮って。で、「行ってくるぜ!」というときがこちら。男性は3ミリ以下にしないと入れないんです。


——なるほど。

そしてこれがAFTERです。


——お顔がきりっと凛々しくなられていますね。

これはですねえ、あまりの急激な生活の変化に顔がこわばっているんですよ。まあ、いろいろ大変で、驚いたんでしょうね、きっと。研修を終えて、京都でパフェを食べつつ(※木原さんはスイーツが大好き)……でも、東京に戻って5日後くらいに吐血をしました。

——ええっ、修行で?

急激な変化に、身体もついて行けなかったのでしょう……。「もう死ぬ!」と思いながらも、「これはある意味おいしい」とも心のどこかでは。だって、なかなか吐血ってしませんよね?

——いや、しないですけど……。

まあ、そういうこともあったけれども、今は無事にこのように。私が「誰そ彼」を休んだのはこのときだけです(キリッ)。

——ところで「この世に向いていない」部分は、お坊さんの修行では大丈夫だったんですか?

えーとですね、浄土真宗の研修所のなかにいながらにして「禅僧」というあだ名がありました。ゆっくりお茶をすすり、ゆっくり動いて、スルッとして足音がしない、かなりやせている、声がやけに静か……

——いつもなんとなく「ここじゃない人」に(笑)。そんな木原さんが一番なじんでいるのは……。

ええ、ここ、テラスです(笑)。(仏さまの世界からお茶をサーブするお坊さんへ!の巻へつづく

プロフィール

木原健(祐健)/きはらたけし(ゆうけん)
1978年神奈川県生まれ。浄土真宗本願寺派僧侶。
東 京・神谷町光明寺所属。法政大学社会学部社会学科卒業。お寺カフェ「神谷町オープンテラス」に設立時より参加。主に来訪者の接遇を担当。現場の長として 「店長」の愛称で親しまれている。お寺を訪ねる様々な人との出会いに恵まれて2009年に得度。仏教を通じて今を生きる人の役に立てればと試行錯誤の 日々。

光明寺
http://www.komyo.net/
浄土真宗本願寺派 梅上山
光明寺。1212年創建。かつての山号は真色山常楽寺。創建当時は天台宗だったが、関東滞在中の親鸞聖人の教化をご縁に浄土真宗に宗旨を改めた。室町時 代、疫病の流行に際し、常楽寺の本尊・阿弥陀如来像が光明を放って人々を救ったと信じられたことから、常楽寺を改め「光明寺」と称する。さらに、江戸時代 には徳川家康が境内の梅を喜んだ故事に因み、三代将軍・家光から「梅上山」の山号を贈られて山号も改称した。現在は、東京・神谷町、千葉の君津、埼玉の草 加にお寺を構え、昔からのご門徒(お檀家)のみならず、あらゆる有縁の方々に「わたしとお寺の新しい関係」を結んでほしいと願い、その機会を作るべく積極 的な動きを見せている。

神谷町オープンテラス
http://www.komyo.net/kot/
光 明寺境内に開かれたオープンスペース。東京メトロ日比谷線 神谷町駅前から徒歩1分、オフィスビルに囲まれた立地を活かして、周辺で働く人々や地域住民に憩いの場を提供している。飲食物の持ち込みは自由、ランチタ イムや休憩に立ち寄ってみたい。境内に入って目の前にある大きな階段を上がって左側、2階部分にテーブルとイス(一部はソファ)が用意されている。お墓の 向こうに見える東京タワーがある意味絶景。ひとやすみの前後には、ありがとうの気持ちを込めて本堂の阿弥陀さまにもお参りしよう。水・金は木原店長による おもてなしもあり(要予約)。

オープン時間:平日9:00-17:00
※土日祝日はお寺の行事(ご法事)のためご利用をお控えください。
※曜日に関わらず、春彼岸(3月17日―24日)、永代経(4月15日)、お盆(7月)、秋彼岸(9月20日―26日)、報恩講(10月15日)の時期はご利用をお控えください。
※平日でもご法事やご葬儀などお寺に都合により臨時クローズあり
※「おもてなし」予約、オープン予定の詳細はウェブサイトで確認を。

お寺の音楽会 誰そ彼
http://www.taso.jp
音楽好きの僧侶と僧侶ではない音楽好き達が開催するライブイベント。「本堂で音楽を聴いてみよう」という軽い気持ちから始まった、言わば”お坊さんのホーム
パーティー”。ふだんは光明寺で開かれるが、静岡・伊東のお寺での『お寺と温泉ライブ あじさいさい』、築地本願寺『本願寺LIVE 他力本願でいこう』などにも協力している。

 

杉本 恭子

お坊さん、地域で生きる人、職人さん、企業経営者、研究者など、人の話をありのままに聴くインタビューに取り組むライター。彼岸寺には2009年に参加。お坊さんインタビュー連載「坊主めくり」(2009~2014)他、いろんな記事を書きました。あたらしい言葉で仏教を語る場を開きたいと願い、彼岸寺のリニューアルに参加。