おぶっぱん

小さい頃からご飯がこんもり盛られたお供えの存在を何となく知っていた。
親戚もみなクリスチャンの中で育ったので直接教わった機会はなかったが、たまたま遊びに行った友達の家や、ドラマのワンシーンでその存在は見る機会があった。でもそれが「御仏飯」と呼ばれるものだと知ったのは今の旦那とお付き合いを始めてからの事だった。

その毎朝のお供えのために、たとえ前日にご飯が沢山余ったとしても朝にはまた炊き立てのご飯を準備しなくてはならない。きっとどこのお寺さんも365日、朝の炊き立てご飯は欠かさない。そしてお釜の一番はじめのご飯を御仏飯としてお供えする。「そんなの当たり前でしょ!」と言われそうだが、結婚してから知った事実なのです。そのため旦那は小さい頃から朝食にパンという文化が全くなかったようだ。(以前親戚のお葬式で外泊する際、私以外の家族がホテルの朝食に洋食をセレクト。「朝からパン」の憧れを垣間見た気がして笑えた)

お仏壇(と本堂)に朝お供えしてしばらくの間、空気にさらされたご飯。
自坊ではお昼前にお供えしたお仏飯をさげて、10個近く作る御仏飯を1つの丼茶碗に回収。冷蔵庫を開ければ前日や前々日の丼茶碗が待ち構えている。それらを合わせて1食分の昼食に使うことが多い。お寺に嫁いで間もない頃、正直その御仏飯を食べるのに抵抗があった。なぜかというとお察しの通りカピンカピンに水分を失ったご飯。でもお寺で日常的にやっている「ある手段」でその抵抗は吹っ飛びました。

それが「蒸す」という手段。

あれ、そんな簡単なことですか?と言われそうだけれども、私はご飯を蒸した経験が無かったので、はじめて見た時は結構衝撃的だった。湯を沸かしたアツアツの蒸し器にカピカピお仏飯を投入。20秒後ぐらいで蓋を開け、中の様子をしゃもじで伺う。足りなければもう少し蓋をして蒸す。そうすることであっという間にホカホカご飯に生き返る。(行事の時などの巨大御仏飯は少し時間がかかる)これが不思議と炊き立てご飯のように美味しい。それに何といってもおさがり!というわけでなおさら美味しく感じるわけである。

御仏飯がチャーハンや丼ものに姿を変えて我が家の食卓に並ぶ。
他のお寺さんでも同じ感じだろうか…?

こじま あゆみ

滋賀県出身。キリスト教(カトリック)を熱く信仰する家庭で育つ。6人兄弟の長女でクリスチャンネームはマリア。 2014年春、お坊さんと恋愛結婚しお寺に嫁ぐことに。現在名古屋市にある真宗大谷派・開闡寺(かいせんじ)の若坊守として日々奮闘中。京都の老舗木版画店「竹笹堂」の元店長。