本当の私って?

「本当の私はこんな人間じゃない」って思ったことはありませんか?ズバリ、私はあります。例えば「この職場は自分には向いてない。もっと本当の私に似合う場所があるはず」「しっかりしてそうって言われるけど、そう見えるだけ」「社交的にも振る舞えるけど、許されるなら家でボーっとしてたい」ってな具合に。
 
では「こんなの本当の私じゃない」なら、本当の私はどんな私なのでしょう?
 
これも違うあれも違う、と環境が変わるたびに言いながら「本当の自分は一体どんな人間なのか分からなくなった」と言ってきた知り合いもいます。また、私たちは誰かのたった一言の言動だけで、「この人はこういう人だ」と決めつけてしまうこともあります。
 
ところで、私は島に住んでいるのですが、今年はなぜか例年以上によく虹を見ます。その虹を見ながら気付いたことがあります。虹がもし一色だけだったら、私たちこんなに綺麗だとは感じないのではないでしょうか?二色くらいでは、立ち止まってしばし眺めてしまいたくなるほどの魅力はないし、いろんな色があるからこそ、それぞれの色を引き立て合ってもいるわけです。
 
人も、同じではないでしょうか?
 
私たちは巡り合う「縁」によって、どんな人間にもなり得る存在です。ですからいろんな側面があるのは、そもそも当然のこと。人前ではとても自信に満ち溢れたように見える人でも、舞台裏では驚くほど緊張している姿が垣間見えたりした方が、親近感を持てたりします。人見知りだったり、凹みやすかったりする部分がある人だからこそ、そういう人の気持ちも分かるのです。いろんな経験をし、いろんな側面を持っている人の方が、いろんなタイプの人の気持ちを理解してあげられるし、一層魅力的に感じられます。
 
「こんな私は本当の姿ではない。そしてそれは環境のせいだ」と思いながら悶々と過ごすより、「この状況の私を乗り越えられたら、また一つ引き出しが、魅力が増える!」くらいに思ってみてはいかがでしょう?それに全ては諸行無常です。今は果てしなく思えるような状況も、自分自身の心の状態も、永遠に続くわけではありません。
 
誰にも会わず家で静かに過ごすのが好きな自分も本当の自分。その時間を思いっきり味わい満喫することで、積極的に人と関わりながらバリバリ働く自分もまた楽しめるのです。そしてミスをしたって、そのギャップが周りからは逆に魅力的に見えることもあります。
 
どんなあなたもあなた。世の中にはこんなに沢山の人がいるのに、あなたは一人しかいません。どんな色のあなたも、あなた自身がまず認めてあげましょう。
 
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●松嶋智明さん プロフィール
山口県大島郡 浄土真宗本願寺派 白鳥山荘厳寺 副住職
 
一言自己紹介
実家である寺の副住職をしながら、夫と立ち上げた手作りジャム専門店「瀬戸内ジャムズガーデン」のオーナーもつとめる。また、仏教の教えを自分なりの言葉とメロディーにのせ、シンガーソングライター「歌う坊さん・白鳥ちあき」として、寺院、施設等でのコンサート活動も行っている。

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