バルスと南無阿弥陀仏

先日の「天空の城ラピュタ」の放送で、映画中のキメ台詞「バルス」に合わせてTwitterでみんながつぶやく「バルス祭り」が行われたことが話題となっていました。なんでも瞬間最大14万を超えるツイートがされたようで、これまでの記録を大きく塗り替えたそうです。すごいのかすごくないのかよくわからない記録ですが、ラピュタとTwitterの楽しみ方の一つとして「バルス祭り」は定着しているようですね。
さて、この「バルス祭り」を見て私が思ったのは、「これがバルスではなく、南無阿弥陀仏だったら…」ということ。そう、得意の妄想が始まってしまったのです。「バルス」は皆さんもご存知の通り「滅びの呪文」です。これを唱えることによって、ラピュタのシステムがダウンし、飛空石の力でラピュタは天に昇っていきます。滅びの呪文がそんな簡単でいいのだろうか?という無粋な疑問もあったりするのですが、もしこの「バルス」が実際に滅びの力を持っているとしたら…それを14万人もの人がつぶやいているとしたら…いやはや、とんでもない恐ろしいことです。まあ、実際にそんな効果が無いことがわかっているからこそ、みんながつぶやけるわけですが。それともこれだけ「バルス」が盛り上がるのは、心のどこかで今の社会が壊れて、新しい社会が来ることを望んでいるからなのかもしれません。
対して「南無阿弥陀仏」はと言いますと、「バルス」のように唱えて直ぐに劇的な何かが起こる呪文のようなものではありません。これは阿弥陀仏が私を「仏」と仕上げてくださるために用意された言葉です。私が称える「南無阿弥陀仏」でありながら、しかし同時に私のことを「我に任せよ」と喚ぶ阿弥陀仏の声であるのです。阿弥陀仏の喚び声を聞き、私のいのちの行く先を阿弥陀仏にまかせる。それによって私のいのちが悟りの世界と繋がるいのちとなっていく。それが南無阿弥陀仏と称えるということです。
え?なんかややこしくてよくわからない?そうですね、私自身も、シンプルなようで難しい教えだなあと常々感じています。けれど一つだけ言いたいのは、「バルス」と唱えるのもよいけれど、「南無阿弥陀仏」もぜひ一度、声に出して称えてみていただきたいなあ、ということです。いつの日にか、14万を超える「南無阿弥陀仏」がツイートされる日を夢見て、まずは私自身が「なんまんだぶつ」とお念仏させていただかねばなりませんね。
南無阿弥陀仏
日下 賢裕

不思議なご縁で彼岸寺の代表を務めています。念仏推しのお坊さんです。