路上の人におむすびを/ひとさじの会 吉水岳彦さん(3/3)

『路上の人におむすびを/ひとさじの会 吉水岳彦さん』インタビューの第3回(最終回)です。

「ひとさじの会」は2009年10月から「炊き出し」と「夜回り」を開始。毎月第1、第3月曜日の夜に炊き出しを行い、浅草エリアの路上生活者におむすびを配る活動を続けておられ、今では炊き出しには10人ほど、配りにいくときには数十人が集まるそうです。

吉水さんとお話していて感じたのは、路上生活者に対して「してあげている」という上からの目線がまったくないこと。インタビューの間、「何かできるかな」と「何もできない」というふたつの思いをたびたび口にされていましたが、その揺れこそが力強い軸を育んでいるように思えてしかたありませんでした。吉水さんのプライベートがチラッと見えるアンケートも掲載しています。(第一回第二回はこちら

ひとさじの会について



——「結の墓」から始まって、原さんと吉水さんが主宰して「ひとさじの会」を立ち上げられていますね。「ひとさじの会」を立ち上げられた頃のお話を聴かせていただけますか。

「ひとさじの会」を立ち上げる前、原さんも僕も毎週のように新宿や山谷、池袋で行われている日曜日の夜に炊き出しに参加させてもらったんです。それで、うちの近所の浅草あたりにも路上で寝ている人が多いから、何かさせていただけないかなと思うようになりました。

実際、パトロールに回っても「誰かを救う」なんてことは一度もありません。ただ「何もできないんだなぁ」と痛感させられることばかりです。たとえば、80代のおじいさんが路上にいたときに、屋根さえあれば幸せになれると思ったんですけど、「じゃあ、この人が一人でアパートで暮らせると思う? 料理をしたことも、家賃や光熱費の支払いもしたことがないのに」と他の支援者に聞かれて、支援付きの宿が必要なんだなと考えさせられたこともあります。

また、低栄養でお腹と背中がくっついて動けなくなって、救急車で運んでも「病気ではないから」と処置も入院もさせてあげられなくて……その日はカプセルホテルに一泊してもらうことになりましたが、この時も「本当に何もできない」と思いました。ただそこにいて、話を聴かせてもらうことしかできない。「おにぎりもらったって何にもならないよ」と言われたらそれまでかなと思いますね。

——ただ、話を聴かせてもらうことしかできない。

ふだん、傘で突かれたりすることのあるおじさんたちから見れば、いきなり声をかけてくる人は怖いわけですよ。何人もの人に囲まれるとすごい恐怖を感じることもあります。おにぎりを持って行って「これどうぞ」と言えば、向こうも「この人は自分に危害を加える人じゃないんだな」とわかるので、話がしやすくなることもあると思うんです。ただ「話をしましょうよ」と言うよりは、何か持って行くのもひとつの関わり方なのかなと最近思ったんです。かつては自分自身に嘘をついて「今は忙しいから無理」とおじさんたちを見ないふりをしていました。

でも今は、ほんの短い時間でも、おじさんたちと話ができたらいいなって思います。おじさんたちにとっては、あくまで一過性で来ただけだって思うだろうし、それで完全に心の壁が取り払われるわけではないんですけどね。ただ、それが何かのきっかけになり、良いご縁につながれば……。路上で生活されている方ご自身が、「この状況を脱したい」と願われたときに、それを支援してくれる団体へつなぐことができればいいなあと願うばかりです。

——『ひとさじの会』は隔週で活動されているので、同じ方に出会うこともありますよね。それはまた違う感じでお話ができるのでしょうか。

あ、そうですね。「ああ、ひとさじさんかぁ」みたいな感じになります。僕らはその日に握った温かいおにぎりを持って行くので、すごく喜んでくださったりします。それを期待して行くのも違うと思いますが、おじさんたちは顔を覚えて安心していろいろ話してくれるのはうれしいです。新宿連絡会や山谷労働者福祉会館の方は、おじさんたちと一緒にご飯を作って一緒に同じ釜の飯を食うわけですよ。それができて初めて同じ目線での活動なのかなと思うんです。僕らはそこまでできないから、まだまだですね。


——今は何人くらい集まっていらっしゃるんですか?

その日によりけりですけど、炊事場は僕を入れて10人くらいはコンスタントに来てくださるようになりましたし、配るところからはまた人が増えて数十人になります。いつも、本堂でおにぎりをお供えして、手を合わせてお参りをしてからカバンにおにぎりを入れて浅草駅から歩いて行くんです。今は、支援者の人から「法話を聴いてみたい」と頼まれて、お話を聴いていただいて、その後にごはんを食べるというつながりも生まれています。ボランティアの方には、若い人が多いので、仏教のお話を改めて聴いてみたいと思われるようですね。

——吉水さんは、『ひとさじの会』のような活動が増えていけばいいと考えておられますか?

可能な限り関わっていただければうれしいとは思いますけども、僕は別に『ひとさじの会』を大きくしたいわけではありません。宗派や地域の違いを超えていろんなところでそういう活動が起きてくると励みになりますし、楽しいんじゃないかなと思います。
滋賀や東北の青年部の先輩たちが「お米を集める活動をやるよ」と言ってくださって。『滋賀米一升運動』『東北米一升運動』が始まって、全国各地の『フードバンク』や『ひとさじの会』などに炊き出し用のお米を送ってくれています。

お檀家さんに農家の多い地域では、仏供米と言ってお供えにいただきます。このお念仏の声をたくさん聴いたお米を食に困っている人がいるところに届けたり、都市部では災害用に備蓄しているアルファ米の期限が切れる前にフードバンクなどに送っていただいて活用してもらえたらいいと思うんです。そういう風に、良いつながりが生まれて行くことは僕らにとってすごくうれしいことなんです。

——なるほどです。家庭や各施設に備蓄しているアルファ米の期限が切れて買い替える前に、フードバンクや『ひとさじの会』に送るということからでも、支援を始めることができるわけですね。

最初は、個人の方の備蓄されているお米を集める取りまとめを、お寺でできたらいいなとも考えてたんです。でも、このごろは、各地のフードバンクや渡して喜んでもらえる場所に渡してもらえればそれがいいと思うようになりました。必要とされている方に届くことが尊いことですし、そうなれば僕はすごく幸せです。

それから、僕は、葬儀・葬送をしっかり務めることも含めて、お寺の仕事はすごく大事なことだと思っています。路上の方たちがよく話してくれるんですよ。子どものときに、お寺でお菓子をもらってお坊さんがいつもいろんな話をしてくれたとか、いつも境内で遊んでいたとか、かつて良かった頃のことを思い返してくださるんです。それは改めて、過去のお坊さんたちがいろいろしてきて下さった日頃の宗教活動の恩恵を私たちが受けていると言えると思います。

各寺院には、それぞれやれることがあって、日頃の法事や法話など一つひとつの行為がとても大切なものだと思います。決して全員が全員無理に社会活動をする必要はないでしょう。しかし、お坊さんとして、できるかぎり社会のさまざまな事象に関心を持ち、つらい思いをしている人があればその人に寄り添っていくことを、多くの方と一緒に心がけられればいいなあと、僕は思っています。

坊主めくりアンケート


1)好きな音楽(ミュージシャン)を教えてください。特定のアルバムなどがあれば、そのタイトルもお願いします。

好きなアーチストは、「ゆず」と「マイルス・デイビス」です。
好きなアルバムは、フレディ・ハバード「sky dive」です。

2)好きな映画があれば教えてください。特に好きなシーンなどがあれば、かんたんな説明をお願いします。

好きな映画は、「解夏」と「雨に唄えば」です。

3)影響を受けたと思われる本、好きな本があれば教えてください。

法然上人『選択集』『四十八巻伝』他、関通上人『後世の土産』、渡邊海旭上人『壷月全集』
諸戸素純上人『法然上人の現代的理解』、友松円諦上人『仏教の未来をひらく』、林田康順『〈私〉をみつめて?法然さまのやさしい教え?』、広井良典氏『ケアを問い直す―「深層の時間」と高齢化社会』等

4)好きなスポーツはありますか? またスポーツされることはありますか?

好きなスポーツは、特にありません。昔はバドミントンとスキーをしていました。

5)好きな料理・食べ物はなんですか?

おからの炊いたん、にこごり、魚肉ソーセージ

6)趣味・特技があれば教えてください。

あてもなく旅にでることとバルーンアート

7)苦手だなぁと思われることはなんですか?

まじめな会議と会計業務

8)旅行してみたい場所、国があれば教えてください。

インド、チベット、ブータン、長崎、奄美大島、石垣島、西表島

9)子供のころの夢、なりたかった職業があれば教えてください。

子どもと遊ぶお坊さん

10)尊敬している人がいれば教えてください。

お釈迦さま、法然上人、聖光上人、厭求上人、関通上人、山下現有上人、渡邊海旭上人

11)学生時代のクラブ・サークル活動では何をされていましたか?

ジャズ研究会、ユースホステルサークル

12)アルバイトされたことはありますか? あればその内容も教えてください。

スキー場のロッジの住み込みアルバイト、保険会社の事故の電話受付、写真屋さん、おすし屋さん、ケンタッキーフライドチキン、葬儀の補助及び葬儀の花屋(偶然、派遣のアルバイトで…)、ソーセージの実演販売などなど、いろいろご縁をいただきました。

13)(お坊さんなのに)どうしてもやめられないことがあればこっそり教えてください。

友達とお酒を飲むこと

14)休みの日はありますか? もしあれば、休みの日はどんな風に過ごされていますか?

休みはほとんどありません。あれば、旅に出たいです。

15)1ヶ月以上の長いお休みが取れたら何をしたいですか?

可能なら、チベットやブータンへ旅に出たいです。もしくは、長い期間のお念佛の会を仲間としたいです。

16)座右の銘にしている言葉があれば教えてください。

我がふるる すべてのものを やわらかに ふく春風の こころもたなん

17)前世では何をしていたと思われますか? また生まれ変わったら何になりたいですか?

前世はきっとマグロのような、水の中で生活する落ち着きのない生き物だった気がします。来世は極楽浄土の菩薩に生まれ変わりたいです。

18)他のお坊さんに聞いてみたい質問があれば教えてください。(次のインタビューで聞いてみます)

「自分が「お坊さん」になったと自覚したのはいつですか?また、何がきっかけでしたか?」

19)前のお坊さんからの質問です。「今までの人生で一番笑った出来事は何ですか?」

上野の鈴本演芸場で小さん師匠の落語を見たとき。落語でこんなに笑うとは、思いませんでした。知っているお話なのに、涙を流して笑いました。こんな話ができたら素敵ですね。

 

プロフィール

吉水岳彦/よしみずがくげん
1978年東京生まれ。大正大学仏教学部浄土学コース卒業。同大学
大学院仏教学研究科 仏教学専攻浄土学
博士後期課程単位取得修了 博士(仏教学)。現在は光照院にて副住職および淑徳大学非常勤講師の肩書きを持つ。大学時代から子どもに関わる仕事を志し、全
国仏教青年協議会の講座や研究会に参加していたが、ホームレス状況にある人や身寄りのない人の共同墓『結の墓』プロジェクトへの関わりから、ホームレス支
援を行うことに。現在は、浅草エリアの路上生活者に月2回おにぎりを配る活動などをする「ひとさじの会」事務局長として活躍。

浄土宗 瑞雲山無量寿寺 光照院

創建は正保3年(1646)で、三代将軍徳川家光公の時代と伝えられる。浅草新寺町(現在の台東区松が谷)の専光寺2世住職であった静蓮社寂誉松屋上人の
開山。開山当初の光照院の位置は不明だが、松屋上人によって、開創からわずか4年後の慶安3年(1650)に現在の地(台東区清川)へ移転している。この
頃の山号は「摂取山」といったが、享保17年(1732)までに現在の瑞雲山に改めている。本尊の阿弥陀如来像は、かつて「火防せ如来(ひぶせにょら
い)」といって信仰を集めた仏様で、戦争中も難を逃れ、今も静かに私たちの想いに耳を傾けてくださっている。元の本堂は第2次世界大戦で消失し、その後、
建て替え中に台風で流されてしまった。そのため、現在の本堂は新たに立て直されたものである。お寺の塀は、檀信徒によって極楽浄土の様相が描かれ、通行の
人の目を楽しませている。近年では、池波正太郎氏『鬼平犯科帳』第1巻1ページに登場することで知られる。

杉本 恭子

お坊さん、地域で生きる人、職人さん、企業経営者、研究者など、人の話をありのままに聴くインタビューに取り組むライター。彼岸寺には2009年に参加。お坊さんインタビュー連載「坊主めくり」(2009~2014)他、いろんな記事を書きました。あたらしい言葉で仏教を語る場を開きたいと願い、彼岸寺のリニューアルに参加。