仏を描かずして仏を描く人/瑞泉寺 副住職 中川龍学さん

中川龍学さんは”お坊さん+イラストレーター”という、ふたつのあり方を同時にお持ちの方です。それゆえ、仏教の教えや仏像を話すときにはイラストレーターの目線が感じられますし、絵を描くことについてはお坊さんとしての思いが伝わってきます。そして、いずれのあり方においても、ポップでおちゃめなユーモアセンスが光ります。仏教の教えの面白さや仏像のポップさ、昨年上梓された絵本『Happy Birthday Mr.B!』についてなどをお話しいただきました(全二回)。

(写真:イラストを描かれた『Happy Birthday Mr.B!』を持つ中川さん)

修行に行く前は髪を剃るのがイヤで

父は住職になる前に、東京のテレビ局でドラマの演出の仕事をしていましたので、僕は生まれは東京なんです。でも、僕が幼稚園のときに祖母が病気になったこともあって、家族で京都に戻ってきました。僕がお寺を継ぐことは大前提でしたので、小学校3年生のときにここで得度をして、高校2年生の春休みには、本山の禅林寺(永観堂)に数週間泊り込んで修行をしました。修行に行く前は髪の毛を剃るのがイヤでしたね。当時は、野球部にも髪の毛を剃っている人はいませんでしたから(笑)。でも、行ってみたらいろいろ新鮮で面白かったですよ。そのときに加行(けぎょう)をして、あとは大学に入ってからは3年間夏休みごとに、やはり本山にある宗学院で宗学(宗派の教え)を学びました。
(写真:中央右側の写真に、得度をされた中川さんと弟さんのお姿が見える)

仏教の考え方の面白いところは、人間目線じゃないところです。もう、微生物の視線で見ているような気がしますよね(笑)。生きているものすべての教えだと言ってるような。人間はそのうちの一つで、だから人間がちゃんと生き残っていくためには、こういう風にしておかなきゃダメですよと言われてるように思います。出来なかったら滅ぶしかないですけど、他の生き物がいるからいっか、とか(笑)。そういうちょっと飛躍したところが好きかな。

絵だけは負けないと思っていた

絵を描くことは子どものころから好きで、マンガ家になりたい少年だったんです。勉強もダメだし、スポーツもダメだけど絵だけは負けないと思っていたのですが、今から思うとそんなに上手くなかったですね(笑)。他のことは何もできないから、絵だけは自信があると思い込んでいたという。
(写真:中川さんがイラストを提供された書籍。イギリス発の話題の雑誌「Monocle」で表紙を担当されたことも。参考:青山ブックセンターによるMonocleの紹介記事

大学時代には、青年マンガ誌の賞などに応募してみたのですが、入選作品にはなっても賞はとれないし、こりゃだめだなぁと(笑)。マンガはストーリーが命だし、僕にはストーリーをどんどん紡いでいく力がないなあと思ったんです。それで、「絵以外の何かに本当の自分があるに違いない」といったん絵から離れたんです。また、大学を出るときに「うちは檀家さんの多いお寺ではないので、お寺だけでやっていけると思うなよ」という話をされたという事情もありまして(笑)。お寺を継ぐのもイヤでしたし、逃げられるものなら逃げたいと大阪の会社(リクルート)に就職しました。

広告のコピーライターになってみて

リクルートでは、僕は求人広告のディレクターをしていたんですよ。広告ですから、いいことばっかり言わないといけない(笑)。つまんない会社のことも良く書いていっぱい人を募集して、応募がたくさん来たら評価が上がるというようなことが、だんだんバカバカしくなっていきました。しかも、週刊誌は嵐のようなスケジュールで進行しますから、休日返上で働いたりして身も心もボロボロになりましたね。

リクルートにいた7年間のうち、4年間くらいはまったく絵を描かない時期があったんです。描いているヒマもなかったし絵を忘れかけていたんですが、仕事でイラストを発注するときに「自分で描いたほうが早いな」と思って描いていたら、だんだん社内の人からも頼まれるようになってきて。これはひょっとしてイラストレーターになれるかなと思って、会社を辞めてお寺でイラストレーターをやってみることにしたのが、30歳くらいの頃でした。

リクルートは言葉で何とかしようと考えるコピーライターの会社です。僕もコピーライターだったんですけども、言葉は無理だなぁと挫折して。若い頃は、他に何もできないから絵だけは自信があると思い込んでいる自分がイヤだったんです。それではいけないと思ったし、社会人としてまっとうに働かなきゃと会社に入って、絵以外のことで生きてみるというのをやってみたかったんです。で、やっぱりまっとうな生き方はできないなと思って(笑)。

お坊さんは”まっとう”じゃない!?

でも、お坊さんの世界もかなり特殊な世界だし”まっとう”ではないと思うんです(笑)。住むところもあるし、檀家さんは大事にしてくれるし、すごく保証されているという特殊な状況でやっている感じがするんですよ。

僕の場合は、父も僕もサラリーマン経験がありますし、お坊さんの世界は特殊だなと思えたんだと思います。でも、お寺で生まれて育っているうちの子供は、お寺のことや、お坊さんであるということに誇りを持ってるみたいで、僕は「へええー!」とか思うんですけど(笑)。小さい頃からお寺で育つことで、職業的なお坊さんとしては研ぎ澄まされるのかもしれませんが、一般的な目線がわからないとだんだん世間とズレるような気がします。

昔は、お坊さんは大前提として世襲ではなかったし、一般の人が苦労してなる感じでしょ? 小僧さんも小さい頃は普通の家で育って、お坊さんになるための修行を経てお寺を預かることになるので、普通の人たちの何かが見えてる人が多かったと思うんですよ。ただね、僕がリクルートで見てきた世界もかなり特殊なものですし、僕もまた浮世離れしていますから、お坊さん同士でお会いすると違う浮世同士で会話しているというか(笑)。全然かみ合わないです(笑)。

仏像はすごいテーマをポップに見せちゃう

ふだんは、お檀家さんに月参りに行ったり、本山の手伝いに行く日以外で、何もなければイラストレーターの仕事をしています。仕事では依頼された内容に沿ってイメージを膨らませて描きますが、個展などのときは自分のなかの何かを描かなきゃと思って描いています。
(写真:ポップンブッダと妖怪のイラスト。ご自分で和本に製本されたそうです)

テーマはいろいろですが、『pop*n Buddha』という仏像を描いたものもあります。仏像って、形があってそれぞれに意味があって、すごく面白いですよね。それを極端に描くことによって、一般の方に面白く観ていただければと思って。たとえば、『五劫思惟阿弥陀如来像』なんて、阿弥陀さまが五劫という永遠に近い長い時間にわたって考えて坐禅をしたので、髪の毛を切るヒマがなくて頭がこんなに大きくなってるという仏像なんですが、「それ、わかりやすすぎやな」と思って(笑)。なんかこう、仏像っておちゃめなくらいすごくわかりやすい形ですよね。

仏像ってもともとポップなものなんです。たとえば、若い人のポップソングなんか、すごく意味深なことを軽やかに歌ってるじゃないですか。そういうのがポップだと思うんですよ。仏像は、すごいテーマをポップな形で見せているものだと思います。今は、阿修羅像がずいぶん人気ですけども、あれなんかも”今までやんちゃしてた若いコギャルが真摯に目覚めた”みたいな顔ですよ(笑)。そこにみんな惹かれるし、胸がキュンとなるからあれだけ言われてるわけです。

イラストの仕事と浄土宗西山派の意外な共通点

うちのお寺は浄土宗西山(せいざん)派なのですが、西山派が大事にしているものの一つに当麻寺に伝わったとされる『当麻曼荼羅(たいままんだら)』という大きな絵があります。極楽浄土を描いた絵の周囲に『浄土三部経』の一つである『観無量寿経』というお経をストーリーにしてマンガのように描いたもので、これを観て絵解きをすることで大事なことに気づいていくということを、教学として持っている宗派なんです。だから、グラフィックなものから考えていくということは、イラストレーションに通じるものがあります。
(写真:お寺の床の間にかけられた曼荼羅を解説される中川さん)

単に絵を描くだけじゃなくて、絵を通じて何かを訴えていくことが好きなのも、もしかしたら教学を聞いていたからなのかな? と思うこともあります。大学で教学を勉強していた頃はまだよくわからなかったのですが、広告の仕事をしているときに教学と広告手法の共通点に気がつきました。何か言いたいことがあって、それを届けるべき人(ターゲット)に届ける仲立ちをするのが広告の仕事です。ターゲットに対してどういう手法でその良さを投げかけたら気づいてくれるだろうかと考えていろいろ試してみるという。『当麻曼荼羅』と同じだなと思いました。

浄土宗以前の仏教は、ちょっと頭のいい人を対象にしていた節があるんですけども、仏教はもっと庶民の人にもわかる何かを言わなきゃいけないだろうという動きの中で生まれたのが浄土宗なので、ターゲットは庶民なんですよね。文字も読めない人たちに、けっこう高度なことをどう伝えるかというところで、「南無阿弥陀仏」を申せば救われるということもありますし、いろんなターゲットセグメンテーションをやってきています。広告の本を読むと、キリスト教の宣教手法がずいぶん取り入れられてるんです。人を相手に何をどう伝えれば効果的かを考えている人が、きっと昔からいたんでしょうね。それを今、広告屋が商売のために使っているということがわかったのも、両方見れたからかなと思います。

絵本『Happy Birthday Mr.B!』は描けてよかった

絵本『Happy Birthday Mr.B!(以下、Mr.B)』は、描けて良かったなと思えるものの一つです。あまりないんですけども(笑)。最初に、ロビン・ロイドさんに「この詩に絵を描いてください」と言われて読んだときには、こんなのに絵を描けないなという感じだったんです。すごくかわいそうな話もあれば、楽しい話もあったんですけども、僕自身も祖父と祖母がぼけたのを見ていましたから、キレイごとは描けない。今の自分で描けるかなぁ? と思ったので、断ろうかとも思いました。でも、お坊さんだし、もしかしてこれは僕がやらなきゃいけない使命なのかな、と。阿弥陀さまに「ちょっとやりなさい」って言われてるのかなと思って引き受けたんです。「え? やるんすか?」みたいなね(笑)。
生老病死は、お釈迦さんが最初に修行したきっかけでもあり、仏教のテーマですよね。お年寄りには、体が動かなくなって悲しんでいる人もいるし、本当にぼけちゃう人もいる。でも、それをどう理解するかということは仏教のことなのかな、と。ロビン・ロイドさんの詩には、歳を取っていくことやぼけていくことは、世間一般で言われているほど嫌じゃないかもしれないという可能性があって、彼の目線に仏教的な温かさみたいなものも感じましたし。

周囲から見ると変なことでも、”ぼける”ということは、次の段階に行くためのステップで、要らない感覚は無くなってもいいし、違う次元に行くから変なことも言ったり見えちゃったりするだけで、ひょっとしたらその人の中ではすごいことになってるかもしれない。歳を取っていくということをそういう風に見なきゃいけないよ、というのが仏教的な目線だと思うんです。普通の見方で限定しないで、違うところから見たら歳を取ることも含めて生き物のすばらしいところだということが見えるようになりなさいよ、というのがお釈迦さんが最初に言ったことだと思うんですよね。『Mr.B』では、それを伝えることができるかなと思って描きました。

描き終わって、僕は「これはキレイごとに見えちゃうな」と思いましたし、今お年寄りを介護している家族の方から「こんな生やさしいものじゃない」と言われることも覚悟していたんですが、案外「いやされる」みたいなことを言って喜んでくれるんですね。とてもいい仕事をさせていただいたと思います。

お寺は”そこにあること”が大事

瑞泉寺は、豊臣秀次公とその妻妾と子どもたちが三条河原で処刑された場所で、彼らの菩提を弔うために作られたお寺です。そういう悲惨な事件のあった場所だし、秀次公も”殺生関白”と言われた時代が長かったので、先代まではあまりオープンにせずひっそり守ってきたようです。でも、そうするとみんな本当に気づかないし忘れていってしまうので、今の住職になってから資料を用意して見てもらえるようにしたり、誰でも気楽に入ってもらえるようにしています。

僕も、気楽にみんなが来れるお寺が一番いいかなと思うので、なるべくこのまま遺していきたいと思います。門を開けているといろんな人がお参りに来ているみたいで、境内の小さい石仏やお地蔵さんに足しげく通ってお賽銭を置いていかれたりする人もいるんですよ。こちらに挨拶されるわけではないので、どういうことで来られるのかはわからないんですけども。木屋町の飲み屋のおにいちゃんが「お参り行ってますよ!」って言ったりね。

でも、お寺ってそういうところなんだろうなと思います。お坊さんをやっていると、つい「お寺はうちの宗派の……」とか思ってしまうけれども、そうじゃない部分が世間に求められていると思います。お寺を維持していくことは、お金もかかるし難しい時代なのかもしれませんが、仏教は大丈夫な気がします。好きな人も増えていますし、こんな取材もしに来られますし(笑)。僕の友達でも、自分の菩提寺を知らない人も多いですよ。でも、そういう人のほうが逆に関心があったりします。たぶん、いっぺん忘れて更地になってると思うんです。だからこそ、日本人の昔の生活に興味を持って、農業や仏教のある暮らしをしてみたい人が増えていると思うんです。それは、つらい部分を忘れていて、いいとこばかり見えている段階だと思うんですけども、見え方が変わるということも大事です。ずっと続けていくことも大事ですが、入り込んでいると見えないこともありますから。

 

■坊主めくりアンケート


1)好きな音楽(ミュージシャン)を教えてください。
細野晴臣「omini Sight Seeing」
大瀧詠一「ナイアガラ カレンダー」

2)好きな映画があれば教えてください。
「崖の上のポニョ」の嵐の海をポニョが追いかけてくるシーン

3)影響を受けたと思われる本、好きな本があれば教えてください。
千松信也さん「ぼくは猟師になった」

4)好きなスポーツはありますか? またスポーツされることはありますか?
スポーツはきらいです。

5)好きな料理・食べ物はなんですか?
スパゲッティ

6)趣味・特技があれば教えてください。
きれいなもの見つけてながめること

7)苦手だなぁと思われることはなんですか?
算数

8)旅行してみたい場所、国があれば教えてください。
モンゴル高原

9)子供のころの夢、なりたかった職業があれば教えてください。
アニメの監督

10)尊敬している人がいれば教えてください。
細野晴臣さん、大瀧詠一さん

11)学生時代のクラブ・サークル活動では何をされていましたか?
中学/バスケ 高校/スキー 大学/漫画研究会

12)アルバイトされたことはありますか? あればその内容も教えてください。
小学校の夜勤、フランス料理屋のウエイター、居酒屋の店員ほか

13)(お坊さんなのに)どうしてもやめられないことがあればこっそり教えてください。
いっぱいあります。

14)休みの日はありますか? もしあれば、休みの日はどんな風に過ごされていますか?
家族サービス

15)1ヶ月以上の長いお休みが取れたら何をしたいですか?
まず部屋の掃除、本を読む、ぼーっとする

16)座右の銘にしている言葉があれば教えてください。
人は何とも言わば言え、我がなすことは、我のみぞ知る

17)前世では何をしていたと思われますか? また生まれ変わったら何になりたいですか?
江戸時代の浮世絵師になりたい

18)他のお坊さんに聞いてみたい質問があれば教えてください
「お坊さんになってよかったことは?」

19)前のお坊さんからの質問です。「お坊さんになってなかったら、何になっていましたか?」
イラストレーター

プロフィール
中川龍学さん/なかがわ りゅうがく

1966年5月31日生。小学校3年生に得度、高校2年生の春休みに西山禅林寺(永観堂)にて加行。仏教大学文学部にて『当麻曼荼羅』など仏教美術を学んだのち、1990年株式会社リクルート入社。求人広告制作部のコピーライターとして7年間勤め、1996年『アトリエこぼうず』を立ち上げてイラストレーターとして独立。お寺をアトリエにイラストレーター+僧侶(瑞泉寺副住職)の二足のワラジ生活を開始する。2002年、関西を中心に活躍する挿絵師集団『七人の筆侍』を結成。2005年、ドイツの美術出版社TASCHEN発行の『ILLUSTRATION NOW!』に選出・掲載されるなど、国内外で高く評価される。瑞泉寺や京阪神を中心とするギャラリーなどで個展も多数開催している。
kobouzu.net|Gaku Nakagawa http://www.kobouzu.net/
瑞泉寺
浄土宗西山禅林寺派 慈舟山瑞泉寺。文禄4年(1595)に豊臣秀吉が養子(甥)であり、当時の関白・秀次が謀反の疑いで切腹を命じ、秀次の子女と妻妾30余名が処刑された『秀次事件』の起きた三条河原の刑場に位置し、慶長16年(1611)高瀬川を開削した角倉了以が彼らの菩提を弔うために創建した。寺名は、秀次の戒名『瑞泉寺殿高厳一峰道意』の法名に由来する。境内には秀次公とその一族の墓があり、「若くして亡くなった女性たちのために」と四季折々の花が植えられている。

京都市中京区木屋町三条下る石屋町114-1
075-221-5741
開門時間:8時?5時(境内自由)
地下鉄 京都市役所前駅下車 徒歩約4分
京阪電車 三条下車 徒歩約3分
阪急電車 河原町駅下車 徒歩約10分
市バス 河原町三条 徒歩約3分

kobouzu.net
http://www.kobouzu.net/
中川さんのウェブサイト。過去の仕事作品やイラストレーション作品、ブログなどがあります。『イラストレーション』のページには、ポップな仏像イラストシリーズ『pop*n Buddha』や、妖怪などの図案があり、中川さんのしなやかな想像力とおちゃめな横顔をチラリと垣間見ることができます。

お坊さん、地域で生きる人、職人さん、企業経営者、研究者など、人の話をありのままに聴くインタビューに取り組むライター。彼岸寺には2009年に参加。お坊さんインタビュー連載「坊主めくり」(2009~2014)他、いろんな記事を書きました。あたらしい言葉で仏教を語る場を開きたいと願い、彼岸寺のリニューアルに参加。著書に『京大的文化事典 自由とカオスの生態系』(フィルムアート社)がある。