映画鑑賞前に必読!『ボクは坊さん。』の続編『坊さん、父になる。』をレビュー

2015年10月24日(土)の全国ロードショーが待ちきれない映画『ボクは坊さん。』。原作は人気ウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」の連載をもとにしたエッセイ『ボクは坊さん。』(2010年、ミシマ社)。著者は弘法大師空海の四国八十八ヶ所霊場・第57番札所である栄福寺の住職、つまり正真正銘の坊さん、白川密成さんです。

「坊さん」ばかり連呼してしまいましたが、そんな説明はもはや不要でしょうか。しかしまた、密成さんが映画公開を前に上梓された続編は『坊さん、父になる。』というタイトル……。もう「坊さん」が頭の中をリフレインして離れなくさせる作戦ですね。

そんな気になる『坊さん、父になる。』を、密生さんと同じ真言宗の坊さんで、「未来の住職塾」で一緒に学んだ仲間である長野市・長谷寺の岡澤慶澄さんがブックレビューしてくださいました。岡澤さんは真言宗智山派、密成さんは高野山真言宗と派は違ってもそこは同じ真言宗、同じく弘法大師の教えを受け継ぐ者同士。そしてお寺の未来、日本の未来を共に考える「未来の住職塾」の同期生として親交を温めているお二人ですから、相通じるところも多いでしょう。

そんな岡澤さんならではの、本と密生さんの雰囲気が伝わるレビュー、どうぞご覧ください。そしてもちろん、映画もお見逃しなく!


【ブックレビュー】白川密成『坊さん、父になる。』(ミシマ社)

この力の抜け具合、いいよな〜、と読み進めながら何度も思う。そして、読んでいる自分自身も力が抜けてくる。でも、それはだらけてしまう力の抜け具合ではなくて、ほどよい感じ、昔あったCMのコピーでいうなら「何も足さない、何も引かない」というようなニュートラルな感覚を与えてくれる上に、さてもう一仕事頑張ろう、みたいな気持ちも涌いてくる。毎日、知らず知らずのうちに、心にコリと疲れがたまっている人におススメしたい一冊が、この白川密成さんの『坊さん、父になる。』。

思うに、山ほどの坊さん本がある中で、ミッセイさんみたいに「僕」を主語にして仏教を語った本がこれまであっただろうか。言いかえれば、「僕」を主語にして、仏教を語る文体をもった坊さんがいただろうか。坊さん本を片っ端から読んだわけではないし、もしかしたらそんな坊さんもいるのかもしれないけれど、さまざまな意味で「らしさ」を求められる坊さんの書く文章や振る舞いというものは、その「らしさ」が文章や振る舞いにまとわりついてしまう。結局、コリも疲れも取れなくて、逆に肩が凝ったりして、その「らしさ」が、かえって読者と仏教を遠ざけてしまう。そのような意味で、ミッセイさんの「僕」は、そんな「らしさ」をさらりと降ろしていて、読者である私たちをとても素直に釈尊や弘法大師の言葉の前に立たせてくれる。素直、きっとミッセイさんの魅力は、読者である私たちを仏教に対して素直な気持ちにしてくれるところなのだろう。

前作『ボクは坊さん。』がそうであったように、軽やかな文体によって描き出される「僕」の現実が順風で軽やかなのかというと、それだけじゃない。著書が売れたり、映画化が決まったり、年来の願いであった建物(「仏教を今の時代にやる」というミッセイさんの思いから「演仏堂」と名づけられた)を建設したりと、傍から見たら順風な出来事が続く日々の中で、心身に不調をきたして死を思ったり、尼僧さんと恋したり、「しょぼい」シチュエーションの中でプロポーズしたり(私はここで思わず涙)、結婚したり、父になったり、そんな折々の戸惑いや思索が釈尊や弘法大師の言葉に導かれて深められていく。

この本の魅力の一つは、そんなミッセイさんの日々の思索によって導かれた気づきが「密成訓」にまとめられているところだけれど、それらもいい具合に力が抜けていて、素直な気持ちで受け止めることが出来る。きっとミッセイさん自身が、釈尊や弘法大師の言葉を、どうやって受けとめたら一番響くかなとか、一番気持ちがいいかなとか、どんなふうに伝えたら読む人に心地よく伝わるかなとか、いつもいつも考えているのだろう。そうやって導き出された「密成訓」の中で特に私がいいなと思ったものに、「日々、同じようなものの中に『そこにはまだある』という視点を持つ」というものがある。見慣れた景色や、繰り返される日常の「今、ここ」に焦点を合わせると、見えなかった、気づかなかった面白さの「すきま」が見えてくる、とミッセイさんは言う。「そこにはまだある」、そう思うと、見慣れた風景もワクワクしてくる。

そんな本書は、いい力の抜け具合だし、かなり笑っちゃうし、とてもリラックス効果があるけれど、しっかりと「こんな時代にいかに生きるか」という私たち一人ひとりの大切なテーマに寄り添ってくれる。それは、ミッセイさんが四国遍路のお寺の住職であるからかもしれない。遍路道に生きる合言葉は「同行二人」、弘法大師がいつも一緒。ドタバタで、だめだめで、でもそれぞれ一生懸命生きている私たちにそっと寄り添う弘法大師。というか、仏教っていうのは、そんなふうに私たちの日々の暮らしのそばに感じながら、人生の杖にしたり、ナビにしたり、ミッセイさんの言うように「今の時代にやって」みたりしていい。そう、この本は気づかせてくれる。

この『坊さん、父になる。』が、仏教との最初の出会いになる人はとても幸福。私みたいに、坊さん歴が長くなった人や、かなり仏教に親しんでなんとなく新鮮な気持ちを忘れがちなになっている人が手にとるなら、もっと幸福。だって「そこにはまだある」のだから。ミッセイさん、すてきな本をありがとう!

寄稿:岡澤慶澄

未来の住職塾・第3期卒業(東京クラス)

1967年長野県生れ。平成4年、真言宗智山派総本山智積院智山専修学院卒業。平成13〜18年まで総本山智積院に勤務。平成19年より長谷寺住職。

本尊十一面観音の本願である大悲(観音性・同悲同苦・思いやり・愛)を、「祈り・学び・遊び」というキーワードを通じて地域檀信徒と共有し、育み、未来に伝え、寺が「泣いていい場所、祈っていい場所」であり続けるよう願い、活動している。

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