実体験に勝る説得力はありません。英月さんの半生はそれだけで一冊の本になるほど波瀾万丈ですが、それを単なる変わった経歴とするのではなく、自らの信仰の土台としています。英月さんの初の書籍『あなたがあなたのままで輝くためのほんの少しの心がけ』が持つ説得力、ならびに親しみやすさはその点にあります。
今や自坊である大行寺の写経の会や法話会には全国から参詣者が集まり、講演活動やテレビ出演など華々しく活躍されている英月さんですが、以前は弟が継ぐ予定だったのでお寺や仏教に関心はなく、お見合いから逃げ出すように家出(寺出?)したほど。その後、紆余曲折を経てお寺を継ぐことになり、本人も両親もお釈迦さまも驚きとのこと。
本書は副題「親鸞聖人『正信偈』に学ぶ、肯定する生き方」にあるように、すごく大雑把に言えば「ポジティブ思考のススメ」でしょうか。しかし単なるポジティブ思考ではなく、究極のポジティブ思考とも呼ぶべき「肯定する生き方」。いま流行りの「ありの〜ままの〜」という感じです。ただし、ハウツー本が説くような無理矢理にプラスのイメージを自己暗示するようなポジティブ思考ではなく、自分自身の現状や弱さを認めた上での肯定感に気づかせてくれます。
「あるがままの自分を肯定する」と言えば、これもまた街角の詩人のようなセリフで、ありきたりに感じるかもしれません。でも英月さんから発せられるその言葉はすべて実体験に裏打ちされていて、やわらかい説得力を持っています。
そんな実体験のほとんどは異国の地・アメリカでの経験が中心。アメリカ生活の経験(主に悪戦苦闘!)が英月さんの価値観に影響し、はからずもお寺から離れた英月さんを仏教へと導くこととなりました。なにもアメリカナイズされたわけでも西洋かぶれしたわけでもなく、日本人としてアメリカにぶつかって、悩んで、培われた強さから生まれる英月さんの言葉の数々。たとえば、お釈迦さまから親鸞聖人へと続く七高僧(龍樹菩薩・天親菩薩・曇鸞大師・道綽禅師・善導大師・源信僧都・法然上人)を、「くん」付けで呼んじゃうところにも現れているのではないでしょうか。
インドから2人、中国から3人、日本から2人。中には菩薩と呼ばれる方たちもいますが、失礼を承知で、ここでは親しみを込めて「くん」と呼ばせていただきます。それはみなさんに、自分とは関係ない偉い人だと思ってほしくないからです。菩薩と呼ばれた人たちも、迷い、苦しみ、悲しむ中で阿弥陀さまの教えと出遇いました。私たちと同じなんです。そうです。阿弥陀さまの教えは、今も、私たちに、はたらきかけているのです。
七高僧を敬いつつも、昔の偉人をどこか身近に感じてほしい。尊敬するからこそ、アメリカ映画のように堂々と握手するような、対等に語り合えるような関係をイメージしているのかもしれませんね。(私にアメリカ文化を語れるほどの経験はありませんが…)
というように、英月さんによる正信偈の解説は、一見するとわかりにくい漢字だらけの正信偈をグッと親しみやすくしてくれます。というか、まるでエッセイを読むかのようにストンと心に落ちてくることでしょう。慌ただしい毎日に自分を見失ってしまいそうなとき、この一冊をお勧めします。 合掌
(桂浄薫)