きかんしゃトーマス

石川県では、北陸新幹線が金沢まで開通したことが話題ですが、我が家では新幹線よりも、「きかんしゃトーマス」ブームがきています。というのも、最近息子が「きかんしゃトーマス」をいたく気に入ったからで、私もテレビで一緒に見たり、本を読んだりするようになりました。

そんな中で、息子と「きかんしゃトーマス」を見ていると、あることに気づきました。それは、彼らは毎回トラブルを起こすということ。頼まれた仕事を忘れて遊んだり、時間に遅れたり、荷物をひっくり返したり……かわいいキャラクターが登場し、ほのぼのとした雰囲気で描かれていながら、かなりの重大なトラブルを引き起こすこともしばしばです。

特に、機関車たちは自分のことを「自分が一番」だと思っているフシがあります。ですから、自分以外の機関車が自分よりも評価されると気に入りません。自分の方がすごいとばかりに言い争いをしたり、自分の力以上のことをしようとして、結局失敗してしまいます。また彼らは「特別」という言葉にもとても弱く、鉄道の経営者であるトップハム・ハット卿から、「特別な仕事」をもらうことを、とても喜びます。ところが、特別な仕事をもらうと、今度は張り切りすぎてスピードを出してしまったり、慌て過ぎて仕事内容をきちんと聞かないまま出発したりして、結果として失敗します。あるいは「特別な仕事」がもらえずにいると、普段のルーティーンを嫌がって、遊んだりサボったりして、またいろんなところに混乱をもたらします。

だいたい毎回このようなパターンで、何かしらのトラブルを起こしながらも、最後には反省して、仕事をキチンとやり遂げる、というのが、ストーリーの流れなのですが、もしあれが現実に起こったとしたら……と考えると、ゾッとするほど彼らはトラブルメーカーです。

しかし、そんなトーマスたちの姿を見続けていると、それは決して他人事ではないのかもしれない、と感じるようにもなりました。よくよく思えば、私にも「自分が一番」とまではいかないまでも、自惚れの心があります。あるいは、「一番」と評価されることは、やはり嬉しいと感じるでしょう。そして「特別」という言葉にも、弱い部分があります。誰かの特別になりたい、特別扱いをされたい、人とは違う特別な何かを持ちたい、などなど、「特別」ということに強いあこがれを感じるのも、私の姿です。

そしてトーマスたちと同じように、「自分が一番」とか、「特別」を求める心によって、失敗したり、辛い思いをしたりすることもしばしばです。一番になりたい、特別な存在でありたいと思いつつも、理想と自分の凡庸さのギャップに悩むこともあります。そして、人のことを妬んだり、怒りの心を起こしたり、自分の思い通りにならない事に苦しみます。トーマスたちの危なっかしい姿は、まさに私の姿そのものなのです。

けれど、一つトーマスたちに見習わなければならないところがあります。それは、彼らは自分が失敗したことに気づくと、それを認めてすぐに反省するところ。私などは、自分の非を認めたがらず、言い訳したり、なんとか誤魔化そうとしたりして、自分は間違っていない、自分は悪くない、という態度をとってしまいがちです。その点は、トーマスたちに見習って、改めなければならないなあと、つくづく感じることです。

そしてもう一つ、トーマスたちの鉄道の経営者、トップハム・ハット卿の姿を見ていると、まるで仏さまのように感じることもあります。トーマスたちのミスに厳しく叱ることもありますが、それは、彼らが大変な目に合わないようにいつも心配し、大切な存在だと思う愛情からでしょう。そして、いくつもの機関車を分け隔てなく大切にし、あれだけ失敗が多いにもかかわらず、決して見放さなず、温かい眼差しで見守る姿。まさに仏さまの在り方を体現したような人物です。

子ども向けで、キャラクターばかりに目が行きがちな物語ですが、いろんなことを教えてくれるこの作品。みなさんも、機会があれば今一度ご覧ください。

日下 賢裕

不思議なご縁で彼岸寺の代表を務めています。念仏推しのお坊さんです。