今回は空海です。日本仏教のスーパースター。昔から「御大師さん」として国民的な人気を獲得してきた一方、その理論(仏教思想)も世界的に見て頂点的なレベルに達した、超絶の日本人です。
もちろん、真言宗の開祖としても知られます。とはいえ、狭い宗派のなかに押し込めるのはムリムリの、異様に大きな人物なのは間違いないです。まずは彼の有名な言葉からはじめましょう。
生れ生れ生れ生れて生の始めに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに冥し。
最高ですね。たぶん人類史上でもトップクラスで頭の良い人間の、圧倒的な洞察。驚異の表現力。では、その人について書いた(描いた)本を紹介していきたいと思います。
① 『空海:日本密教を改革した遍歴行者』 曾根 正人 著
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空海の人生と業績について、学問的に確かな情報をもとに書かれた、最も読みやすい本かと思います。地方豪族の父と中央氏族の母のもとに生まれ、官人出世のエリートコースを歩むかと思いきや、突如、仏道に転身。遍歴修行の道へと踏み出した異才の実態が、コンパクトなサイズの本のなかで、平易に解説されています。
修行の過程で神秘体験を得た後、唐にわたった空海は、恵果(けいか)に即座に才能を認められ、密教の奥義を授かります。その頃、恵果の弟子は1000人を超えていましたが、師から仏法の極意を授かったのは、ごくわずか。にもかかわらず、入唐まもない留学生の空海が、たった3ヶ月で法の伝授を認められた理由は、よくわからないそうです。この辺、評論やフィクションではいろいろと推測されてますが、研究者による本書では、わからないことはわからないと率直に記されています。
帰国後の空海は、真言密教が「宗派」として公認されるよう奔走します。当時の日本では、密教は「呪術」としてしか評価されておらず、一人前の「教え」とは認められていませんでした。そこで、空海は密教儀礼により国土の繁栄をもたらし、真言密教は国家に不可欠なものとの認識を広めていきます。一方で、真言の教えが仏法としても他宗に劣らないと宣伝しました。結果、宗派としての真言宗が確立します。
この宗派設立の活動に取り組む際、空海は他宗の僧侶たちとなるべくケンカしないよう、実に賢く立ち回っていたようです。これは、最澄が新たに天台宗を掲げた結果、既存の宗派との論争に明け暮れるハメになったのを、反面教師としたからとのこと。破格の宗教者というイメージとは異なる、政治的リアリストとしての空海の横顔が見えてきて、興味深いです。
ただし、他宗派との論争を続けた最澄の天台宗が、その後に豊かな学問的発展を遂げていく(それゆえ後世に鎌倉仏教のスーパースターたちを輩出する)のに対し、真言宗では空海の没後、密教儀礼に特化しがちで学問の進展は弱かった、というのは歴史の皮肉でしょうか。ともあれ、その後の空海は御大師さまとして伝説と化し、日本の不滅のアイドルとして、いまもなお「生き続けて」います。
②『空海はいかにして空海となったか』 武内 考善 著
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もう一冊、研究者による一般向けの本です。空海が恵果に弟子入りするまでの前半生を中心に、「空海」という傑僧が誕生するまでの過程を実証的に明らかにします。「空海は讃岐ではなく、母の生家であった畿内で誕生した」という新説(仮説)など、おおっ、と思わせます。
空海の母の実家である阿刀家からは、奈良時代~平安時代のはじめにかけて、当代最高峰の高僧たちが、つぎつぎと輩出されました。ゆえに、空海は幼い頃から仏教的な雰囲気が濃厚な環境で育った、と著者は想定し、早くから仏教界での立身出世を目指していたのでは、と推論します。これも若き日の空海像として、わりと斬新な見方かと思います。
空海の入唐の動機に関しても、従来よく言われていたような密教(最新の仏法や呪術)を求めて、という説とは微妙に異なる見解を示します。まず、国内で空海が「虚空蔵求聞持法」を修したときに体験した、神秘の世界があった。その世界を深めようとして唐にわたり、長安のある道場で、曼荼羅(密教の世界観を表現した絵画)と邂逅。そこに自らの神秘体験を再発見した空海は、密教こそ自分の追い求めていた「答え」だと確信します。
そして、恵果のもとに弟子入り。恵果という僧侶の人柄は当時、「虚往実帰」と語られたようです。空っぽの人間が、彼とコミュニケーションすれば精神的なリア充となるような、優れた人物ということです。その恵果から空海は、密教をまるまる受け取り、かねてより探し続けていた「実」を得ます。恵果は空海に密教を伝授したのち、数ヶ月後に亡くなりますが、まさに恵果の「実」のすべてが空海にインストールされた、ように思えます。
つまり、空海は密教を求めて海外留学したのではなく、自己の体験の意味を考究する求道の先に、海を越え、そして密教を発見した、というわけです。微妙な違いですが、しかし空海にとって密教とは何だったのかと考える上では、重要な違いでしょう。
③『空海の夢〈新版〉』 松岡 正剛 著
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空海をとおして仏教や宗教とは何かを鮮明に示してくれる傑作です。背景にある学識や教養は分厚くとも、文章はかなり軽快で読みやすく、そこに著者の知性の奥深さと色気を感じます。著者は、現代日本の書き手のなかで最も空海に近い人物の一人ではないかと。
空海の生涯をたどりながら彼の思想を論じるのが基本線ですが、その際にたびたび行われる、仏教(密教)に関する説明が見事です。仏教の本質は、人類が生命進化の過程で獲得した「我」を取り除くことだが、個人がいざ「前意識状況」を達成してみると、当然のことながら生活が成立しなくなる。そこで再び「生命の海」へのダイブが試みられ、「我」が回帰してくる。「仏教史とは、つねに生命と意識の対立をどのように解消するかという一点をめぐる世界最大の思想史劇なのである」。
密教に関しては、曼荼羅へのコメントがふるっています。「我」の除去のためのシンプル・ライフを志向したはずの仏教から、なぜあのようなビビットで情報量満載な空想世界のビジョンが生まれてくるのか? それは、人間の直観力を鍛えるためだと著者は指摘します。すなわち「密教はあえて空想の場所を儀軌に導入し、直観がその宮殿に立入ることを指示したのだった。いやむしろ、人々が想像もつかないような場所や場面を導入することによって、想像力と直観力を試したといったほうがいい」。
あるいは、瞑想とは何か? それは「我」へと展開した人類史を逆行させる試みです。言語を止めるのみならず、両目を半眼に閉じて立体的な空間認識を封じ、そして「直立二足歩行によって自由になった両手を、もう一度ゆっくり結びなおし(印契)」さえする。瞑想というのは、実は人類史上のものすごい発明であったことが、著者の説明を読むと、よくわかります。
空海のビジョンに、自らのビジョンを重ね合わせ、仏教や宗教とは何かを問い続けた探究の終わりに、著者は一つの結論に達します。空海≓著者が追求したのは、「想像力と因果律の宥和」であったと。人間は想像力の生き物で、仏教は因果律を見通す宗教です。その両者が交わるところを見つめ続け、己の身体をとおして考えたのが、空海ではなかったか、と。これは非常に魅力的な「思想家」空海の肖像です。
④『空海の風景』 司馬 遼太郎 著
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国民的な作家による空海論です(1975年刊)。ある程度は史実に基づきながら、それ以上に作家の想像力を駆使して、空海が見たはずの「風景」の数々を描きます。①や②のような最近の研究者の本などから知識を得ていると、本書の記述はいろいろ間違ってる感はありますが、けれど、フィクション風の空海論としては十分に楽しめます。
司馬が描く空海は、妙に性的です。「常人よりもさらに巨大な肉欲のもちぬしとして生まれついている」などと、ちょっと大丈夫かというような空海像を示します。たとえば、山林修行の果てに空海は何を見出したか。
かれがみずから感得した密教世界というのは、光線の当てられぐあいによってはそのまま性欲を思想化した世界でもあった。さらにいえば性欲がなおも思想化されきらずに粘膜をなまなましく分泌させている世界であり、そういう思想化されきらぬ分泌腺をも宇宙の真の実存として肯定しようとする世界でもあった。
密教のとらえ方として必ずしも誤解とは言い切れませんが、かなりつっこんだ密教/空海の描き方かなと思います。むしろ、司馬の性的なものに対する執心のほうが気になるところです。
そんな感じなので、一緒に唐を歩んだ橘逸勢とのやり取りについても、司馬はこんな印象的なシーンを空想します。
逸勢が踏みこんで、女が欲しくはないか、ときく場面も挿入せねばならない。空海が、あたりまえではないか、とはじめて声を大きくし、
――だから仏法を志したのだ。
という場面が、ありありと見えるような気がする。
たぶんこんな「場面」はなかったと思いますが、司馬には「ありありと」見えたのでしょう。そして、とても楽しい場面です。優れた作家のイマジネーションに、心からおそれいります。
あるいは、最澄への空海の嫌悪や苛立ちを際立たせているのも、本作の特徴でしょうか。唐から帰国後の空海は、確かに最澄を上から目線で批判しました。天台とかは表面的な教えで、真言密教こそ真理のありのままの表現だ、といったように。
しかし、司馬は若い頃からすでに、空海は最澄のことを、こころよく思っていなかったはずだ、と想像します。「最澄に対する無用の軽侮や、度を越した悪感情というものはすでにこの時期から、空海の腸を黒く燻していたに相違なかった」といったように。
この辺は、⑤の本(↓)が描く最澄×空海のイメージとはまったく異なっています。天才どうし、お互いをリスペクトしあう仲、という設定です。虚構のなかの高僧の描き方は、いろいろとありえ、何なら正反対の像もつくりうる、という事実がよくわかるケースと言えるでしょう。
⑤『阿・吽』 おかざき 真里 著
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最後に、現代のマンガ作品をご紹介します(これはすでに読んでいる方も多いかと思いますが)。既存の空海像を塗り替えるような意欲作であり、絵も物語もとにかく素晴らしいです。現在も連載中で、単行本は7巻まで出てます。『HUNTER×HUNTER』などと同様、最新刊を心待ちにしている作品の一つです。
基本的には、最澄と空海をダブル主演にした歴史マンガで、両者の人生や思いが「阿吽」の呼吸のように重なりあう部分に注目しながら、二人の天才の生涯を描きます。最澄は涙もろい超真面目人間で、ありとあらゆる人間を救うため――男に虐げられる女性たちから、ゲスの極みのような悪僧まで――、最高の仏法を求めて一人歩みます。
他方、空海は頭が良すぎて何も面白く感ぜず、死への接近すら退屈に思えたが、仏法を知って世界の楽しさを知った、ちょっとヤバめの人気者として描かれています。『デスノート』のLの僧侶版(?)のような印象でしょうか。現存する人物では、落合陽一さんに似てるかもしれません。
平安時代のヒーローたちをめぐる人間ドラマとして良作で、あるいは唐でのストーリーは冒険活劇のような面白さがありますが、それ以上に、登場人物の語るセリフなどが、とても含蓄に満ちており、著者の思考の冴えを強く感じます。たとえば、虚空蔵求聞持法の修行に取り組む空海を思いながら、ある僧侶(勤操)が言う次のセリフです(3巻)。
複雑なもののほうが安定するのだよ。
なので人は沢山持ちたがるのだ。
仕事、家族、仲間、金、名前、そうして安定を手に入れていく。
その支えを全てとっ払うのが修行だ。
あるいは、これも同じ僧侶のセリフですが、仏教よくわかってるな、と思いました(5巻)。
業のない人間が、僧になぞなるか!
自らの中の重い重いものに、自らの内側のドロリとしたものに、名をつけるために、
見えない相手を組み伏すには、まず名をつける。
「愛別離」「怨憎会」「求不得」・・・・・・
別れ、執着、嫉妬・・・
そのために文字を学び経を学び、修行をくり返し
あるいは、仏教が想定する人間の根源にある意識=「阿頼耶識」のビジュアル化が、すごく刺激的です。空海が最澄の阿頼耶識にアクセスして、そこに欠けた部分があるのに気づき、その欠けた部分を埋めるためにこそ、最澄は海を渡るのだと理解する描写(4巻)とか、マンガでないと難しい表現だなと思います。これは仏教(宗教)関連のアートに関心のある方は必見。
それから、脇役にフィーチャーした話もよくて、日本人で唯一の三蔵法師である霊仙を中心にした回(6巻)は、たんたんと要領よく生きて来た人間の、実は内に秘めたる情熱が巧みに描かれていて、不覚にも涙してしまいました。この人、このあと日本に帰るのを許されず、しかも毒殺されちゃうんだよなー、とか思いながら読むと、なおさら切ない。
本作の魅力はほかにもいろいろありますが、何にせよまだ完結してません。今後、唐から帰国後の最澄と空海の「阿吽」が次第に失われ、反目しあう過程が語られていくはずですが、どのように表現するのか。楽しみ過ぎます。
以上、空海を扱った本をいくつか見てきました。空海は仏教史的に重要なのはもちろん、その業績が伝説化されるほど、超人的なイメージが日本人を魅了してやみません。おそらくは今後も、学術関係の専門書から、さまざまなフィクションまで、多種多様なかたちで、空海の人生と思想が語られていくことでしょう。