彼岸寺をお参りの皆様お久しぶりです。寺社フェス「向源」代表の友光雅臣(ともみつがしん)です。
この秋、10月7~8日の土日に京都の少し奥の方、里山の風景が美しい大原の地で「向源」を開催します。
この記事では、「向源」7年目にして初となる京都開催に向けた思いや、僕の思いと、オススメのコンテンツをお伝えさせていただきたいと思います。
今の思い
東日本大震災の半年後に向源を立ち上げて7年が経ちました。これまでの事を語ってもキリがないので過去のことは大きく省いて、今思っていることに焦点を当てます。
先週の9月3日まで、僕はアメリカのネバダ州の砂漠(正しくは乾湖)で開催されているアートイベント「burningman2017」に参加してきました。今年で3回目になります。お金を使わず、ギブアンドテイクから離れて7万人の参加者でギブアンドギブをし合うという、これまた一言では伝えきれない美しいコミュニティへの旅でした。
僕はそこでの6日間で19時間にわたりDJをしました。袈裟を着て会場内を歩き回り、仏教や宗教観について語り合うこともありました。その中で当たり前で、でも大事なことに気づきました。それは
「みんな、みんなのもの」
ということです。
どういうことかというと、例えば僕はどこでDJをするときにも機材を全て持ち込みます。クラブでもバーでも、海外の砂漠であろうと、機材のせいでミスをしたくないしストレスも感じたくないので僕は大きな機材を全て持ち込みます。逆に言うと、僕が持ち込む機材は必ずコンディションが良いです。なので僕のパソコンと機材を使わせて欲しいと言われることがあります。
過去の僕だったら絶対に断ります。それで機材が壊れたり、設定がめちゃくちゃになってしまったら、わざわざ持ち込んでいる意味が無くなるからです。
でもふと気づいたんです。
このDJブースは誰が作ったんだっけ?このスピーカーは?このミラーボールは?あぁ、っていうかあの太陽も、水も、この曲も、みんな(全部)みんな(僕以外)のものじゃないか。
そして僕の機材も、DJプレイも、僕と言う存在も、あの笑顔も、本当はみんなで使いあう、みんなで遊ぶ、みんなのものだって。
たまに聞く話だけど、急に世界全体からそれを感じ取りました。
それからはみんなに機材を開放して、自分がDJブースの近くに居る限り、全てのDJを温かく迎え入れ、機材の配線や使い方、なによりその人が素晴らしいDJであることを常に伝え信頼し、自分の持てる全てで彼らをサポートしました。それは自分が良い音を出すことと同じくらい大事な僕なりのコミュニティへの貢献でした。みんな、みんなのものだってわかったから。
するとたくさんの人々と密接なリスペクトが生まれました。言葉が通じなくても、信頼も、安心も、高まりも生まれました。僕個人だけでなく、場全体としても。これはすごいことだって身震いしました。
シェアの時代。シェアリングエコノミーという言葉が数年前から出てきました。
たとえば株式会社DeNAの原田氏はこう定義づけています。
「使われていない資産、リソース(中略)を有効活用することで新しい価値を生むもの」
お互い使ってないけど価値があるものを持っているよね、それをお互いに有効活用しあおうよ、と。
でも僕が気づいたこととは少しだけ違う。”使われてない資産”じゃなくていい。むしろ失っても痛くもかゆくもないものではなくて、自分にとって一番大切なものを笑顔でそのまま差し出しあえたら、もっと新しい価値が生まれるよっていう感覚。
それに少し近いのがプロボノってやつです。プロボノ(Pro bono)は、各分野の専門家が、職業上持っている知識・スキルや経験を活かして社会貢献するボランティア活動全般。また、それに参加する専門家自身(wikiより)
近い近い。自分にとって一番価値のあるもの、食っていくためのスキル、大事なものをさし出そう。でも、僕はこの言葉が嫌いです。あの言葉と同じ感じがするのです。
「イクメン」 (子育てする男性(メンズ)の略)イクメンって言葉は、育児をする男性が珍しいから存在している言葉じゃないですか。プロボノもそれに近いと思うんです。お金になるスキルをボランタリーに捧げてやっているぞ!すごいだろ!っていう感じ。
僕がバーニングマンで感じた「みんなみんなのもの」はシェアリングエコノミーともプロボノとも違う。ギブアンドテイクや価値の大小の比較を捨てて信頼し合えた景色です。
「向源」京都開催について
話は京都に戻って。
京都向源を立ち上げるとき、最初は僕が主催をするつもりでした。だけど大原の実光院の住職である天納さんに『主催はうちでいいですか?』って言われたときのことを思い出しました。
「もちろんいいですよ。最高です。」
そうだ、そういえば僕は向源って看板も笑顔で差し出せたんだったって。
一番大事なものを笑顔で差し出し合う。
そもそも、大原は三千院を中心とした皇族ゆかりの門跡寺院です。
なかでも勝林院は歌のように音階をつけてお経を唱える魚山声明(ぎょざんしょうみょう)の聖地です。天台宗以外のお坊さんでも多くの人が知る声明とそれに続く日本音楽の中心地です。一言で言うと、物凄い格式と、由緒のある屈指のお寺です。そのお寺を天納さんや他の住職さんが差し出してくれました。
僕にではなく、みんなに。
当たり前の話ですが、大原は僕のものではないし、会場となる実光院や勝林院も住職である天納さんのものではありません。住職といえどもお寺は代々の預かりものです。仏教も、あらゆる伝統も、僕らの命も、みんなのものであり、過去現在未来にわたる預かりものです。
というとなんかフワっとした話ですが、「みんなみんなのもの」にはいくつか義務というか、管理責任みたいなものがあります。
さっきのバーニングマンの話で言えば僕の機材はみんなのものだけど、みんなが気持ちよく使えるようにちゃんと管理する必要が僕にはあります。同様に向源はみんなのものだし、大原もお寺もみんなのものだけど、向源の代表である僕や、住職である天納さんには管理責任があります。
みんな、みんなのものであり続けるため。
向源はお寺や神社が神仏の空間であると同時に、みんなのものであるということ、そしてどんな伝統や過去よりも、いまを生きるみんなの実感こそがなにより大切であり、それこそが未来だと感じ合うために開催しています。
僕は去年の向源を終えて以来、向源をやる意味を一年半のあいだ見失っていました。今、少しだけおぼろげにそれが見えています。
仏教や多くの伝統は、あなたは素敵だと言っている。安心して、自分と世界を信じてと言っている。僕はそれをそのまま実感してもらえるように、フェスを作っているんだ。
そしてそれは僕だけの役割、僕だけの楽しみじゃないから、京都を作るのは天納さんに任せて、今回はサポートに回ろう。そうして、みんながもっと楽しく、自由に自分自身と向き合い、この世界を喜ぶ。そんな向源が作れるようにしていこう。
抽象的で、実感が先走った文章になってしまいました。伝わるかな、ちょっと自信がないです。でも、この僕の言葉をみんなが自分自身に立ち返って受け止めてくれるのが楽しみです。僕の言葉を僕の実感の通りに解釈してくれなくていい。あなたが受け止めたそれこそが、それです。それが、伝える、伝わると言うことだと思っています。ぴったりとした相互理解と、少しのすれ違い。それが関係性、お互いが居る面白さです。
だから僕は場を作ります。そして今回は、その場をゆだねます。新しい感覚、新しい喜びです。
ここが見どころ!「向源」@京都
10月7、8日の実施に向けて、チケットの発売が始まっています。
京都の仲間に任せきっていたら、「お坊さんと話そう」を除く14ものコンテンツが新作で出てきました。その中でも特に特にオススメなものをいくつかピックアップしていきます。もし良いなって思ったら、ぜひ公式HPから全部見てみてください。どれも素敵です。
声明の聖地で行われる声明公演は言うまでもなく今年の目玉です。東京とは全く違う形式です。僕もすごく楽しみ。
(https://kadunoko.jp/activity/ongakuibento/kansai-kinki/kyoutofu/kyoutoshisakyouku/30 )
さらになんと大原のお坊さんから声明を習って、声明公演に一緒に出演して唱える事が出来るワークショップもあります。写真はそのお経の譜面です。
( https://kadunoko.jp/activity/ongakuibento/kansai-kinki/kyoutofu/kyoutoshisakyouku/37 )
「なりたい顔」とはどのような顔でしょうか?という問いかけから始まる化粧の歴史ワークショップ
(https://kadunoko.jp/activity/gakushuu/kansai-kinki/kyoutofu/kyoutoshisakyouku/38 )
茶道で使うスプーン、茶杓(ちゃしゃく)を3時間半かけてじっくり削り出して、その茶杓を使っていれたお茶を味わえるワークショップ
( https://kadunoko.jp/activity/sadou/kansai-kinki/kyoutofu/kyoutoshisakyouku/28 )
などなど、緩急織り交ぜられたワクワクするワークショップが他にもたくさんあります。
最後に僕の個人的な売り込みをすると、本堂をキラキラにプロジェクションマッピングしてテクノアレンジでお経を読む「テクノ法要」で有名な照恩寺の朝倉住職と「儀式、法要との根幹にあるコアはなんなのか?時代に合わせながらコアを伝えること」を語るトークショーに出させていただきます。(https://kadunoko.jp/activity/gakushuu/kansai-kinki/kyoutofu/kyoutoshisakyouku/40)
どれも絶対面白いし、なにより大原をのんびり散歩するのが気持ちいいです。大原を訪れるきっかけに、京都の深みに触れるきっかけに。
自分自身を、より深く味わっていきませんか?
向源京都2017 ~京都へ、ようこそ。
■向源京都2017
日 時 | 2017年10月7日(土)、8日(日) 10時~16時30分 |
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会 場 | 三千院・勝林院・実光院・宝泉院(京都市左京区大原) |
料 金 | 1,000~5,000円 ※コンテンツ会場寺院の拝観料を含みます。 拝観受付でチケット提示すると再入場して拝観することができます。 ※実光院・宝泉院の場合、抹茶接待の料金は含みません。 ※チケットの購入をした方は、ほかの寺院の参拝料が割引されます。 (三千院・宝泉院・実光院の三院。勝林院は無料開放) |
チケット購入 | 向源ホームページから、お寺・神社の体験予約サイト「kadunoko」を通じてご購入いただけます。 |
アクセス |
JR、地下鉄、バスを利用してお越しの方 |
今日の一曲
僕が今年のバーニングマンで水曜の朝から昼にかけてプレイしたミックスです。緩やかに始まり、じっくりと3時間かけて優しく世界を構築していきます。何も予定がない朝9時から聴き始めてもらえると、気持ちよく12時が迎えられるはずです。他にも腰を据えて作業をするときとか、友達とゆっくりお茶をするときとか、デートのドライブとか。