Q. なぜ、法事は3回忌、7、13、17、23、27・・・と3と7のつく年に勤めることが多いのですか?

A. 諸説あります。

日本における年忌法要が、亡くなってから「3」「7」のつく年忌の年に行なわれる理由には諸説ありますが、この風習は日本で始まったもので、仏教もともとの風習ではないようです。

では、なぜ日本では「3」「7」のつく年なのかということですが、一つには十三仏信仰というのが関係しているようです。ただこれに関しては、私はあまりピンときていませんので、もう一つ私が受け取っている説を紹介させていただきます。

年忌法要というのは、その名の通り、毎年の故人のご命日にその方を偲び、仏法に触れる機会とする行事であります。ですから本来は、毎年行なうべきことであるはずです。

しかし、なかなか毎年毎年、お坊さんや親戚一同を集めて法要を行なうというのは大変ですから、法事を行なう年を決めていったのだと思います。

その年の決め方も、ただ適当にではなく仏教で大切にする数字になぞらえたと考えられます。その仏教で大切にする数字が、「3」と「7」だそうです。

「7」は、お釈迦様がお生まれになったとき七歩歩いたという伝説も有名ですが、これは、私たちの迷いの姿である「六道」の世界を超えて悟りに至る、ということを暗示しており、そこから「6」を超える=「7」という数字が、迷いを超えるという意味で大切にされると言われます。

「3」も同じく、「2」を超えるという意味だそうです。「2」を超えるといいますのは、「有・無」「勝・負」「損・得」というような両極端に偏った考え方を離れ、中道の生き方をするということを意味します。中道と言うのは、仏教でさとりを目指す上で大切な考え方であり、お釈迦様も息子のラゴラ尊者に、「二を超える生き方をせよ」とおっしゃっておられます。そういう意味で「3」という数字も大切にされるそうです。

そこから、毎年は法要を勤められなくても、せめて仏教で大切にする数字のついた年忌だけはお勤めしようということが習慣化し、「3」と「7」のつく年忌が行なわれるようになった、ということです。

年忌法要で大切なのは、「3」や「7」と言った数字にこだわることではなく、その数字に込められた「迷いを離れる道を歩む」ということです。亡き方のことを大切に偲ばせていただきつつ、私たちもそれを機縁として、普段なかなか触れられない仏法に触れ、自らの命や生き方について、深く見つめていくことが大事だと思いますので、私にはこの考えがしっくりと来ます。

不思議なご縁で彼岸寺の代表を務めています。念仏推しのお坊さんです。