臨済宗妙心寺派・退蔵院の副住職、松山大耕さんにお招きいただき、
お彼岸にお檀家さんの前で対談をさせていただきました。
思えばこれまでいろんなお寺で貴重なご縁をたくさんいただきながら、
音声記録を残して来なかったことを悔やみつつ、今年からはできるだけ
マメにメモをして共有していきたいと思います。
ーーー
【松山大耕さん(以下、大耕)】
今回のお彼岸の対談相手は松本紹圭さん。
本願寺派の和尚さんです。
私の大学の1年後輩でもあり、東大の哲学科を卒業されました。
もともと松本さんはお坊さんのお生まれじゃないんですね。
一般の在家のご出身ですが、そこからお坊さんになられました。
その後、インドに留学され、MBAという経営学修士号をとられて。
それから日本に帰ってきて、未来の住職塾という、お坊さん向けの塾をされています。
いろんな活動が認められまして、
去年は世界経済フォーラム(ダボス会議)のYoung Global Leadersという、
40歳以下のさまざまな分野で世界のリーダーになられるであろう人、
日本では年に5〜6人が選ばれる、その一人に選ばれました。
きょうはそういうお話しを含めながら、お寺の未来について考えていきたいです。
まず自己紹介も兼ねて、なんでお坊さんになられたのか?
そこからお伺いしたいと思います。
【松本紹圭(以下、紹圭)】
皆さん、今日はありがとうございます。
松本紹圭と申します。私がお坊さんになぜなったか?
もともと北海道の小樽というところ、
札幌の隣の町になりますが、そこの生まれです。
観光で行かれたことのある方もいらっしゃるかもしれませんね。
私はお寺の生まれではないんですが、祖父が住職をしておりました。
私の家はふつうの一軒屋で、
両親もお寺とはまったく関係のない仕事をしていましたけれど、
その家のすぐ裏に、祖父が住職をしている真宗大谷派のお寺がありました。 ですから、お寺にはいつも出入りしていて、
半分お寺の子のような感覚もあります。
でもそうは言っても家は寺じゃないですから、
お寺とはナナメの関係というんでしょうか。
内側から見る視点もあれば、外側から見る視点も持っている、
そんな環境で育ちました。
跡継ぎではないので、お坊さんになりなさいよと誰に頼まれたこともなく、
でもお寺には親しみはあったわけです。
住職であった祖父から仏教の本を借りることもあり、
もともと宗教とか思想にも興味が強かったので、大学は哲学科にいきました。
でも卒業後、いきなりお坊さんになろうなんていうことは
これっぽっちも考えていませんでした。
ひとつ経験として大きかったのは、大耕さんもそうかもしれませんけど、
オウムの事件です。
私は宗教的なものに興味はありました。
人はどこから来て、死んだらどこへ行くんだろうという素朴な疑問は
子どもの頃から自分なりに持ち続けていました。
しかし、オウム事件があってから、
「一歩間違うと宗教っていうのはこんなことも起こしてしまうんだな」
と危険性も感じるようになりました。
その後、オウムの人がインタビューで
「なぜオウムだったのか? なぜ伝統仏教に行かなかったのか?」
という問いに
「私にとってお寺は風景に過ぎなかった」
と答えました。
宗教、生きる道として伝統仏教が
その人の問いに答えてくれるものではなかったということです。
少しお寺に厳しい言い方かもしれませんが、
もうちょっとお寺ががんばっていればあんな事件も起きなかったかもしれない、
と感じました。
それでだんだんと、お寺がもっと開かれて本当に人の支えになってほしいなと。
たまたま大学の同じクラスに
小池龍之介さんという友だちがいたことも影響があります。
今、本屋さんには小池コーナーがあるようなお坊さんになられました。
彼とはよくお茶などしながら
「日本仏教、もっと頑張れるよね」「お寺、変えたいよね」
という話をしていました。
そして気づけば、お坊さんになっていました。
【大耕】
なるほど。そこからインドに行かれて勉強されて。
そして今、未来の住職塾です。
今のお寺に足りないものや、こうしたらいいんじゃないかということを、
まずはお坊さん同士が一緒に考えてお寺の未来について活動していこうと。
そこに至る過程をご紹介いただきたいと思います。
【紹圭】
はい。
今お話ししたような経緯で私は、ご縁あって東京の本願寺派のお寺、
光明寺にお世話になることになりました。
なぜお坊さんになるのか?
私の思いとしてはもちろんひとつには、
自分の生きる道として取り組んでいくということがあります。
でももうひとつは、お寺を変えていきたいということ。
住職についてお葬式とか法事とか僧侶として
お寺のことをお手伝いさせていただきながら、
もっと人や社会に開かれたお寺作りをしたいといつも考えていました。
たまたま光明寺は東京のかなり都心のお寺でしたので、
お寺カフェ「神谷町オープンテラス」をまずはじめました。
神谷町という街、日比谷線でいうと片側は霞ヶ関、六本木ということで、
かなり都心です。そこでどんなことができるかなと。
お寺の周りを見渡してみると、たくさん人はいらっしゃるわけですね。
でも、お寺の境内はすごく空いている。
住職は
「いつもお寺を開けて、いつでもお参りできるようにしています」
と仰るんですけど、本堂を開けているだけでは人は来て下さらない。
お寺という場は、ふつうの人にとっては敷居が高い。
だから、場作りのコンセプトとしてのお寺カフェだったわけです。
同じように、どうやったらお寺の敷居を下げることができるかなと、
神谷町オープンテラスに限らずいろいろと取り組んできました。
ただ、あるときハタと気がついたのは、
お寺を開く取り組みを光明寺で試みてきたわけですが、
これは点に過ぎないということ。
全国にお寺は7万以上もあります。
コンビニの数よりもずいぶん多いわけです。
本願寺派だけでも1万ありますから、コンビニチェーンの1つくらいある。
でもどうでしょう、
近所のあそことあそこにコンビニがあるというのは分かりますが、
お寺はあまり目立っていません。
社会にお寺が開かれていく取り組みを私が縁のあるお寺でだけやっても、
全体の7万分の1に過ぎない。
ではどうやってそれを広げていくことができるかというと、
私に足りなかったものは、それを展開していく方法論。
「お寺は何か?」といえば、
ふつう皆さんがイメージするのは伽藍かもしれませんが、
「お寺は何のためにあるのか」といえば、
お寺を支える人・求める人があり、コミュニティがある。
それをどういうふうに適切に管理運営・発展させていくのかという方法論が必要です。
私はそれをMBAで学んで、持って帰ってきました。
【大耕】
私もこのお寺(退蔵院)で副住職をさせていただいていて、
妙心寺派の本山としては宗派の中に3,400ある
いろんなお寺の事情を拝見させていただいています。
中には私たちお寺の人から見ても、これちょっとあかんのちゃうかという
私物化がされているようなところもあって。
会社だったら法律もビシッと決まっていて、株主がいてという、
ある程度の枠組みの中でやらなければいけないですけど、
お寺っていうのは会社と違ってそういう型みたいなものがない。
いわばお手本とするべきものは何かというと、先代の住職なんですよね。
先代さんが大変立派できっちりされていれば、それを手本とすればいいですが、
お手本がそもそも間違っていれば、とんでもないことになる。
それが正しいですよとか間違ってますよとか言ってくれるところがあればいいけれど、
なかなかそういう人はいない。
宗派の本山もあるんですけど、一つひとつのお寺まで査察が入るわけでもないですし。
それで結局、お寺が何を求められていてどういう姿があるべきなのかという指針がない。
そこをまさに松本さんが、ひとつのお寺の将来像を提供されていると。
そういう理解でよろしいでしょうか。
【紹圭】
はい。
私は僧籍としてご縁があったのは本願寺派ですが、
いろんな宗派の方と交流するようになって話を聞いてみると、
どこの宗派においても「お寺をどう運営するのか」というテーマの教育は
ほぼないといっていい。
もちろん、妙心寺でも花園大学があり、他派もいろんな宗門大学があります。
でも、今の多くのお坊さんが、お寺に生まれて、宗門系の大学に行って、
一定期間修行をしてお寺に帰って来て、
副住職になってある程度の年齢になったら住職に就任するという流れの中で、
「仏教とは何か」を学ぶ機会はあふれていますが、
「お寺をどうするか」ということがほとんどない。
それで大耕さんが仰られたように、
何を参考にするかというと「親父の背中」ということになる。
良くも悪くも、いろんな背中がありますが。
それで子弟教育が十分にまわっていた時代もあるんだろうと思います。
でも、これだけ社会環境が急激に変化してくると、
一昔前だったら「先代がやっていたことをきっちりそのままやるんだ」ということが、
お寺を護持するということとそのままイコールでありえたけど、
今はそうはいかない。
もちろん先代住職からの学びも大事にしながらも、
お寺の周囲で何が起こっているのかとか、
他所のお寺で何をやっているんだろうということに目を向けていくことが
すごく大切です。
未来の住職塾は、
宗派や地域を超えて学びの場を作っているのがひとつの特徴。
そしてもうひとつは、
私は塾長ですが、その塾長が住職でも副住職でもないということ。
未来の住職塾の塾長ではありますが、私が先生というより、
集まってくるお一人おひとりがそれぞれのお寺を背負ってくる先生です。
私としては、住職のための学びのコミュニティを作っている気持ちです。
【大耕】
とはいえ、私はいろんな機会をいただいて海外に行くことがありますが、
行く度に、日本のお寺ってぜんぜんましやなって思うんです。
キリスト教もイスラム教も、宗教離れっていうのはすさまじくて。
日本のお寺のほうがよほど状況がいいんじゃないかと。
それこそ先日、ダボス会議というスイスで行われた会議に
全日本仏教会の代表ということで参加させていただきましたが、
一番印象的だったのは、
日本の仏教は国内よりも海外のほうがよっぽど期待値が高いなということ。
日本国内ではいまいち知られていないんですけど、
日本の仏教は意外と世界平和に貢献していたりする。
スリランカの和平交渉について、
現地ではできないから日本のお坊さんが活躍していたりする。
最近ではイスラム教国の内戦に関して、
当該国では和平交渉ができないので、しかも東京でやったら目立つから、
妙心寺の中でやらせてくれと依頼があったりとか。
第三国的な立ち位置に日本の仏教が立てるということで、非常に評価が高い。
ダボス会議で印象的だったのは、日本の宗教に期待しているのは
いわゆる今のリーダー層である50代・60代ではなく、
20代・30代の若い人たちであるということ。
彼らがものすごく期待している。
ダボス会議の中で、会議っていうのはものすごい大部屋でやるのもあれば、
バイナリーミーティングといって一対一でやるものもあります。
私と一緒に東大寺の長老様も行かれたのですが、
長老様の話を聞きたいと来られた人は、ほとんどが20代・30代。
特に、今は日中関係の緊張感が高まっていますが、
中国の人がとても多かったです。
中国は文化大革命で寺社仏閣もほとんど壊されてしまいましたが、
今までは高度成長でよかったけれども、その後の若い人たちがこれでいいのかと。
そう考えたときに、やっぱり仏教なんじゃないかというわけです。
その仏教の正しい教えを若い人たちに伝えたいと。
今までの中国は、
とにかく金儲けしていればいいという世界でしたが、
それはなかなか続かない。
このあいだ話を聞いたところ、
お金持ちの中国人のステータスは今なにかといえば、
日本はバブルの頃はええクルマ買うとかええ時計とかだったかもしれませんが、
中国はあまりにも経済成長が早くてそんなもの皆もう持っている。
それで、なんでもライオンと獰猛な犬を掛け合わせた
めちゃくちゃ凶暴な動物がいるらしいんですが、
それを何頭飼っているかということがステータスらしいです。
これ、終わってるなと思いました。
そういう状況に対して、「これじゃあかん」と気づく人がいるんですね。
そのとき、中国では廃れてしまったけど日本には残っているものとして、
仏教がある。
皆さん実際にビジネスをやっているわけだから、
仏教の思想を持ち込んだら会社がつぶれちゃうんじゃないかという
不安はあるんだけれども、
それを拠り所として中国の人たちはアジアに仏教を再興して
地域に貢献したいという人が少数ながらいる。
今までは、そういう人はゼロでした。
私は、これは悪くないなと思います。
世界的には日本の仏教が試されることはたくさんあります。
今、松本さんは日本の仏教が一番優先的に何をやるべきと思いますか?
【紹圭】
大耕さんが今おっしゃられたような期待感は、
日本の中でも一部の方、
逆にお寺とふだんあまり接していないような方から、高い。
海外もそうですけど。
ふだんお寺に接していないような人からの期待値がとても高いのは、
私も感じます。
それは何に期待しているかというと、
お寺という場と組織の力、
そして仏教の思想としての可能性ですよね。
日本仏教というものが、
いろんな方面から見て可能性を秘めているポジションにあるということは確かです。
そして、そういうことに敏感な人ほど最近、
ビジネスの世界じゃなくて社会貢献系の組織で働こうという機運が
世界的に高まっていますが、
ソーシャルデザインなどというキーワードとも重なるものとして
お寺に注目が集まっている。期待値は高いです。
問題は、皆さんからの期待に本当に応えられるかどうか。
私はこの期待に応える今がお寺のラストチャンスなんじゃないかと思います。
ここで応えられなかったら、日本仏教、終わるんじゃないかと。
では、それにどう応えるかといったとき、
まずひとつにはお坊さんが全部背負わないということが重要です。
お寺はお坊さんの修行道場という面もありますが、
こうやってお彼岸には檀家さんが大勢来られてお墓参りをされる、
そのお墓をお守りするのも大事な立ち位置です。
お寺はみんなが支えてきたものであり、今も支えているものでありますが、
では何を支えているかというと、お坊さんの生活を支えているんじゃなくて、
今まで先祖代々が大事にしてきたもの、その思いを大事にしていこうということ。
それを、理念の部分だけじゃなくて、仕組みとしても整えていく必要があると。
先ほど、会社みたいにお寺はかたちが整っていないという話もありましたが、
本当は宗教法人法もありますし、
宗教法人という枠組みの中できちっとやらなくちゃいけないはずなんですよね。
しかし、政教分離という考え方もあり、
行政からお寺が「大目に見てもらっている」というのが社会の中での現状です。
もしここがきちっと出来ていれば、
「坊主まるもうけ」なんていう言葉はとうてい生まれないはずです。
この、法人組織としての基礎中の基礎の部分を
みんなで支え合って取り組みながら、全体の仕組みとしても整えていく。
企業ではコンプライアンスと呼ばれる部分です。
今まで、お寺の信頼感って住職の人柄依存だったんですよね。
もちろんこれからも、住職やお寺の人たちみんなの人となりによって
信頼感を得るのは間違いありません。
それに加えて仕組みの面も整えていきたいですね。
そうすれば、みんなが期待している現状から、
単なる期待に留まらず自分ももっと積極的にお寺に関わってみようという
一歩先が出てくると思う。
【大耕】
そうですね、仕組みも大事ですね。
また私が思うのは、日本のお坊さんって自信のない人が多いなと。
もっと自信を持ってやればいいのにと思うんですが。
海外のお寺に行くと確かに、
日本のお坊さんは酒は飲むし、肉は食べるし、妻帯はする。
どうやって落とし前つけんねん、ていう感じを持ちました。
そういう疑問を抱えながら修行道場に行ったんですけど、
あるとき中国のお坊さんたちと中国の修行道場で修行する機会がありました。
そこでしばらく生活させてもらったときに、
「ああこれか」と。
確かに中国とかタイとかミャンマーとかのお坊さんは、
お酒は飲まない、結婚はしない、お肉やお魚は食べないという、ルールは厳しい。
でも、そういうルールは厳しいけど、
ディシプリンというか規範というか、それが非常にゆるいんです。
例えば坐禅する間、めっちゃ寝てる。
掃除の時間とか、掃いてるのか撫でてるのか何なのかよう分からん(笑)
【紹圭】
とりあえずやっておけばいい、と。
【大耕】
そう。「とりあえず」なんです。
瞑想していて、ちょっと飽きたから、本でも読みにいくか〜という感じで、
とにかくだらだらしている。
ルールは厳しいかもしれないけど、これってええんかいな、と。
また、中国のお坊さんというのは、日本のお坊さんよりもある種もっと保護されていて、
社会貢献とかをあまり期待されていない側面がある。
たとえばタイだと、お坊さんに参政権はありません。投票にいけない。
そういうことからも、とにかくお寺の中で修行しましょうという
社会の姿勢が感じられます。
もともとのインドの仏教を原点として、忠実にという仕方で守られている方が多い。
一方、日本のお坊さんはもっと社会に貢献することが求められています。
仮に日本の僧侶がタイみたいにルールは厳しいけど
社会貢献しないということになったら、たぶん、まわりの人から
「あのおっさん、何してはるんやろ。なんで昼間っから働かはらへんやろ」
というふうに、昼間っから本ばかり読んでだらだらしてと、たぶん言われる。
これはなぜそうなったかというと、国民がそれがいいと思っているからそうなっている、
というところもあると思います。好きか嫌いかの問題です。
だからこそ、日本のお坊さんにしかできていないこともあるはずで。
私たちにしかできない型に自信を持ってやったらいいと思うんです。
で、それをどう皆さんに分かってもらえるかなと。
【紹圭】
それは未来の住職塾で、私も力を入れているところです。
よく「なんで日本のお坊さんはこんなにダメなんだろう」と
言われる語りが定番としてあって、
そういう言説の中で若手のお坊さんも育っているので、
僧侶であることに自信が持てない。
タイとかの黄色い袈裟をつけているお坊さんたちが
皆ものすごくちゃんとしているようなイメージを抱いています。
見たことないだけなんじゃないかとも思うんですけどね。
タイ人に聞くと「いや〜タイのお坊さんは本当にダメだよ」なんていう話も
してたりするんですけど。
やっぱり、海外仏教と日本仏教の立ち位置の違いって、
日本仏教が大乗仏教であるっていうのもすごく大きいと思います。
民衆に直接働きかけて救うんだと。
お寺の立ち位置も、人里離れた聖なる場所ですよというより、人に近いですよね。
娑婆のど真ん中にありながら、お寺がお寺としてやるべきことをやるという、
それを試される立場にあります。
なかなか自信の持てない若手のお坊さんが、
忙しい寺の法務(法事や葬儀)の合間に
社会貢献団体へボランティアに行ったりします。
確かにそれも大事なことですけれど、私がよく申し上げるのは、もっと自信を持って、
ふだんから自分たちがやっていることそのものを社会貢献と捉えていくこと、
本業ど真ん中で社会貢献することが大事なんじゃないですかということです。
分かりやすく言うと、葬式仏教と言われますけど、
お寺が葬式をやることはまったく悪いことではありません。
むしろ、まだまだ葬式仏教自体もやりきれていいないんじゃないかと。
最近、グリーフケアなども注目されていますが、
その視点からも葬儀や法事の意義は大きい。
別に今、社会の仕組みの中で檀家「制度」があるわけではなく、
菩提寺を持つことも、法事をやることもルールとしてあるわけではありません。
皆さんやらされてやっているのではない。
それ自体に意味を見いだして法事をお勤めされているわけです。
その意味っていうのを、もっとお坊さん自身が深く自覚していくことが大事だと思います。
【大耕】
ちょっと話は変わりますが、
私もうちの住職の世代やおじいさんの世代から
「わしらの修行の時代はもっと厳しかった」とよく言われます。
もっと寒かったし、坐禅の時間も長かった。
修行期間中、ちょっとうちのお寺に帰るようなこともなかった、と。
でも、修行中に指導者でいらっしゃる老師さまがあるとき
「君たちは偉い」
と言ってくだったんです。
「私たちのときは修行は確かに厳しかった。
でも、道場の中も外もあまり変わらへんかった。
食べるものはないし、テレビもなければ、車もなかった。
お寺の中の世界も外の世界もあまり変わらない。
もちろん修行だから、外の世界より厳しくなるのは当たり前であって。
今の世の中は、家の中に暖房もあって、
炊飯器も、テレビ、パソコン、携帯、インターネットもある中で、
君たちは朝3時に起きて、薪でごはんを焚いて、朝から晩おそくまで坐禅をやって、
そのほうがよっぽど立派や。
君たちはしっかり自信を持ってやりなさい」と。
人里離れたところで厳しい生活をしろというのと違って、
都会の真ん中でそういうものを維持して、
お寺ってやっぱり違うな、お寺に行って良かったな、
と思っていただくほうが重要だし、難しいけど価値がある。
そういうところにみんな自信を持ってほしい。
昔と今とは、比べる比較対象が違う。価値を見いだして欲しい。
【紹圭】
そうですね。世の中の流れに迎合していくことが、
お寺のあるべき姿ではないと思います。
未来の住職塾もお寺360度診断といって、
檀家さんはもちろんのこと、地域社会の人や関連の業者さんなど、
有縁のあらゆる立場の人からうちのお寺が今どういうふうに見られているのか、
診断します。
厳しい意見もありますが、そのように、
今うちのお寺がどういう位置にあるのかを確かめることは大事です。
そしてまた、周囲の社会の変化に目を向けて把握することも必要。
でもそれは、自分が今どこにいるのか、
どこに向かうのか確かめてぶれないためにやるのであって、
変化に振り回されて右往左往するようになってはいけない。
変化を知った上で、ぶれない軸を作ることが重要です。
【大耕】
ここで宮本武蔵が修行していた時代から、
退蔵院も400年が経ちました。
よく私たちの世代は10年後の自分を想像して
やっていきましょうなんて言われるけど、
このお寺は400年前に作られたから400年後には何か残さなくちゃとか、
そういう時間軸で考えることが大事。
自分が死んでから評価されるような仕事をしなければあかんな、と。
たとえば、石庭があるじゃないですか。
私も石を引くんですが、手元の近いところばかり見ていたら、ぜったい曲がる。
遠いところを見ながら引くと、まっすぐいく。
それも示唆的です。
3年後や5年後にどうしようじゃなくて、数百年の未来を見ると、
なんとなくうまくいく。
お寺の視野はそういうところにあります。
【紹圭】
そうですね。
お寺は関わる立場に関わらず、
たとえば子ども達にどんな100年後の未来を
残しましょうかという話をすれば、
ああそうだなというイメージが湧きますが、
企業の会議室だとせいぜいイメージできるのは5年、10年が限界です。
お寺には、場の力がすごくある。
そのこと自体がお寺という場に身を置くひとつの意味ですし、
住職がそういうお寺の価値を自覚して、もっと発信していくといいですね。
【大耕】
そろそろ、ええ時間になりました。
松本紹圭さん、ありがとうございました。
【紹圭】
今日はお彼岸の日の貴重なご縁をありがとうございました。