殺すことなく生きることを伝える人/彌光庵 釈 彌光さん

京都の町のど真ん中、四条寺町を南へ一筋下ってすぐ西側ある小さな路地が、夜になるとほのかな灯りとともに口を開く。まるで、暗闇のなかを手探りであるく「胎道めぐり」のような暗い路地をくぐり抜けると、ごく普通の一軒家のような建物の窓には猫が顔を見せる。初めて訪れる人は、たいていおっかなびっくりでドアを開けるのに、帰るときは自分の家から出かけるような気持ちで路地をぬけだしていく。「彌光庵」は、そんなちょっと不思議なマジックのある場所です。あまたある京都のお寺の中でも、明らかに異色な「お寺」の庵主、釈彌光さんのインタビューです。

精進料理とお茶とお酒のある「お寺」

彌光庵の入り口は細い路地

彌光庵は、精進料理を通して仏教の基本的な考えのひとつである「不殺生」を体現する「お店」であり、一般の方と同じ目線で仏法を語る「お寺」でもあります。「不殺生」は、人間だけでなく動物についても「命を殺してはいけないよ」という教え。お野菜だけのごはんを食べてもらって「おいしいなあ」と思うだけでもいいですし、「お野菜だけでもおいしいのになぜお肉を食べるのか」と考えていくうちに、命を大切にすることについて考えてもらえるならそれもいいかな、と思います。でも、こちらから押しつけることはしませんね。

はじめは、「お寺」というコンセプトに合わせて、メニューには値段をつけないで全部「お布施」にしようと思っていました。「お布施」は自由な志でされること。お金のない若い子がごはんを食べたときには「今日は300円しかないんです」というのもアリのお店にしたかったんです。でも、お客さんたちに「いくらでもいいと言われるとかえって困る」と言われますし、お坊さんたちは「見栄を張って高く払いすぎてしまいそう」なんて言うので、ふつうに値段をつけることになりました。

お客さんは、外国人のベジタリアンの方が多いかな。学生からおじいちゃん、おばあちゃんまで、年齢層は幅広いです。お坊さんやご門徒さんも多いですね。地方のお寺に布教使として呼ばれてお話した後に、本山に来るついでに寄ってくださったり。また、私は非戦を中心としたさまざまな市民運動に参加していますので、その関係の人たちが集まることもあります。

市民運動のなかで出会った仏教

私が仏教に出会ったのは東京にいた20代の頃。成田空港建設反対のための三里塚闘争や死刑制度反対運動、原発反対運動などのまっただなかにいたときでした。そういった運動をする市民団体は人の入れ替わりが激しいのですが、お坊さんや牧師さんはずっと継続して取り組まれているんですね。学生たちとは違い、彼らは「命に関わること」だと思って運動しているので、基礎がしっかりしているなと感じました。冗談ひとつにしても、仏教の専門用語で気の利いたことを言って笑っているのを見ると何だか悔しくて。仏教のことをどんどん知りたくなってしまったんです(笑)。

29歳のとき、お釈迦さんや親鸞がどんなことを言っているのかをちゃんと勉強しようと、京都の大谷専修学院に入りました。市民運動で出会うお坊さんには真宗大谷派の方が多かったですし、Tシャツとジーパンでどこにでも行くみたいな雰囲気の方ばかり。大谷派がいちばん私の性格にも合うと思ったんでしょうね。

大谷派のお坊さんは、社会に対してどう行動するかについてお話する方が多いんじゃないかなと思います。今の世の中の大変さを通り越して「お浄土ではこうだ」と説かれてもしょうがないでしょ? 仕事がないとか、景気が悪いとか、今であれば労働者の派遣切りの問題に対して、いったい私たちは何ができるのかというところからでないと、せっかくの教えも伝わらないと思うんです。

女のお坊さんなんかいらない!?

お袈裟姿がりりしい彌光さん

専修学院で1年間勉強して僧侶の資格を得た後、先生たちに「私はお寺の役僧になりたいのですが、いいところがあれば紹介してください」と相談したんです。すると「女のお坊さんなんて誰もありがたがらないし、そんなものは必要ない」って言うんですよ。「男の子ならいくらでも紹介するけど、女のお坊さんの就職なんかない」と。「えー?」と思っていたら、友人のお寺でお父さんが亡くなって大変だというので、お手伝いに行くことになりました。

でも、月参りでお檀家さんの家に行くと「ああ、女のお坊さんが来てくれるなんてありがたいわぁ」って言われるんです。平日の昼間、家にいるのはお嫁さんかおばあさんが1人でしょう? やっぱり、男のごついお坊さんが家に入ってくると怖いっておっしゃるんですよ。そして、法事のしきたりやお仏壇の決まりについて「おじゅっさん(ご住職)には聞けないから、いろいろ聞いてもいい?」と質問されたりしてね。「先生たちの言うことと違うやん!」と思いましたね(笑)。

私の父が亡くなったときには、友達にお願いして女性僧侶3人でお葬式をしたんです。そしたら、近所のおじさんたちが感激しちゃってね。「女のお坊さんのお葬式ってええなぁ。俺もあれでやってほしいわ」って(笑)。奥さんが「あんた、バカね。あんたのお葬式ではあんたは死んでるんだからいないのよ」とツッコむと、「そうか。そしたら生前葬でもするかなぁ」なんて言ってました。女のお坊さんというのは、潜在的にはけっこう求められているんじゃないかなと思いますね。

「坊主バー」から「彌光庵」へ

彌光庵の人気者、やさしくミャァと鳴きます

彌光庵をオープンする少し前に、当時心斎橋にあった『坊主バー』で日替わりホストとして月に1?2回出勤していた時期がありました。でも、『坊主バー』ではフードは乾きものだけ。お酒が飲めない人や、学生さん、おじいちゃん、おばあちゃんにも来れるように、精進料理のごはんを出す『坊主バー』ができたらいいなと思っていたら、交通事故に遭ったんですよ。幸い、打撲とムチ打ちだけですみましたが、正座ができなくてリハビリに通っているときに、突然「いい物件があるんですけど」という話が降ってわいたんです。

そこは、食堂だったところに車が突っ込んでぐしゃぐしゃになってしまい、その後に建てたビルに入った会社は倒産したあげくにまた車が突っ込んだという物件。誰も借りたがらなかったんです。内見に行くとまだめちゃめちゃな状態で、入口には「家内安全」と「商売繁盛」のお札がコロッと倒れていました(笑)。大家さんには「いやぁ、お寺さんが入ってくれるなら安心ですわ」なんて言われてね。

私が事故に遭ったのが12月、物件のお話がきたのが3月。「4月8日の花まつりにオープンを間に合わせよう」と、大急ぎで突貫工事をやってオープンにこぎつけました。初日は、メニューもない、何も間に合っていない状態でしたね。そこに5年間いて、今の場所に移ってからは10年、今年の花まつりでもう15周年を迎えます。

精進料理と「非戦」であること

フリーダムな空間、彌光庵内のようす

仏教の「不殺生」の教えは、必然的に非戦という態度につながると思います。無量寿経には「国豊民安 兵戈無用(こくふみんあん ひょうがむよう)」というフレーズがあります。「国が富み、民が安らかであるためには、兵隊も武器も用いない」という意味です。戦争すると一般人が貧しくなるということを、2500年前からお釈迦さんが言っているわけですよ。

たしかに今、日本は直接的には戦争していないかもしれません。でも、沖縄の米軍基地からは戦闘機が飛んで行きますし、日本のお金でどれだけたくさんの武器が作られているかを考えると、気づかないうちに参戦しているに等しいと思います。国の方向がそうなっていると、特に意志表示をしなければ無意識のうちに戦争を賛成していることになってしまうんです。彌光庵では、非戦のメッセージをちゃんと伝えていきたいですね。

もちろん、精進料理のごはんを作ることも、「不殺生の教え」に基づいています。人間だけでなく、動物の命も大切にしなければいけませんから。お肉を1キロ生産するために、豆やとうもろこしが10数キロ必要だと言われています。その穀類をみんなで分けて食べれば、食糧危機だってずいぶん良くなるんじゃないかと思います。精進料理って、身近にあるものを生かせばおいしく食べられるじゃないの、という料理なんですよ。彌光庵のごはんを食べてもらうことで、そういうことも伝わるといいなと思います。

親鸞さんは正直で頑固な人?

彌光さんが手作りする「おしゃかさま人形」

親鸞はね、日本で初めて天皇さんにきちっと逆らった人だと思うんですよ。「承元の法難」事件で越後に流罪になりましたが、「法に背き、間違ったことをしたのは後鳥羽上皇だ」と批判しているんですよ。天皇さんであれ、上司や親であれ、間違っていることは間違っていると言っていいんだと示した人なんですね。さらに彼は、「教行信証」に「主上臣下法背違義」と文書として書き残しています。天皇さんも貴族たちも、真実の教えに背き間違ったことをしたのだ、と。

日本の社会は、目上の人に「それは違う、間違っている」と言ってはいけないという暗黙の了解があるでしょ。だからおかしくなっちゃうんだと思います。親鸞があの時代に生きて、天皇さんに向かってさえ批判すべきときはひるまなかったということに、私は尊敬を感じるとともに誇りにも思っています。今の浄土真宗も、政府に対してもおかしいことはおかしいときちっと言ってほしいなと思います。親鸞みたいに強い言葉でね。

親鸞は、とても正直で頑固な人だったんじゃないかな。もちろん、なんでもかんでもワガママを言うのはいけませんが、筋の通った話であれば六親眷属(ろくしんけんぞく)誰に対しても、言いたいことをきちんと伝えていいというのは、親鸞が残した大切な教えだと思いますね。

お経も仏教も生きてる人のためのもの

東京にいた頃、山下洋輔さんのマネジメントをしている事務所で働いていたことがあって、今度の4月8日の彌光庵15周年記念ライブは、山下さんに来ていただくことになっています。音楽は今でもずっと好きですね。仏教もまた、ある意味音楽だと思っています。お葬式の儀式なんかもそうですね。

一番最初に金をかーんかーんって叩く音はいわばドラム。全員にお経をよむ早さが伝えられるんです。お経では、人の声にあわせていく「唱和」が一番大切です。人の声に合わせて、みんなでひとつにしていく気持ちがなければいけません。また、浄土真宗の声明では、ゆっくりはっきりと何を言っているのかがわかるように、すべて聞きとれるようにするのが基本なんです。

法事やお葬式でのお経は、死んだ人に対する呪文として唱えているのではなくて、死んだ人を縁として集まってきた生きている人たちに「私たちはどういう風に生きて行ったらいいか」を考えさせる、生き方を教えるものです。だから、本当は生きている人に聴いてもらいたいわけです。儀式としては漢文で読むのがカッコいいしありがたいと思う人が多いですけど、私はできれば「お釈迦さまはこう言っておられます」というように現代語でよみたいですね。

もし、私が楽に生きているように見えるのなら

のんびり猫「トロちゃん」の予約席

料理はもともと好きでしたけど、腕を磨いたのはお寺のお手伝いをしていた時期ですね。夏になると、あちこちの檀家さんからきゅうりやナスをいただくんですけど、「これをいかに腐らせず別な料理で食べるか」と工夫していたのが原点です。保存食にしたり、炒めたり、蒸したりしてね。そのうち「店でもできるんじゃないか」と思っていたら、お店を持つようになりましたね(笑)。

振り返れば、いろいろな良いご縁に導かれて今に至っています。もし「どうしたらそんな楽な生き方ができるの?」と聞かれたら、「こういう風にしたら楽な生き方ができるよ」と教えてあげることはできるかな。たとえば、精進料理も「楽な生き方」のひとつなんですよ。お肉やお魚を消化するよりも、玄米菜食するほうが消化のエネルギーが少なくて済みますし。すると、他に力を蓄えられるから、風邪も引きにくいし病気になりにくい体になっていきます。

苦しみを楽にするのが仏教の教えです。でも、楽になるためにはいろんな苦労がありますよね。戦争で殺し合わないためには、まず話し合ってわかりあわなければいけません。それは時間もかかるでしょうし非常に難しいかもしれません。でも、いっぱい話しあって、いっぱい苦労をすれば少しずつ楽になっていけると思います。戦争がなくなればきっとほんとうに「楽」になるでしょうから。

坊主めくりアンケート


1)好きな音楽(ミュージシャン)を教えてください。特定のアルバムなどがあれば、そのタイトルもお願いします。

JAZZが好きです。

2)好きな映画があれば教えてください。特に好きなシーンなどがあれば、かんたんな説明をお願いします。

(無回答)

3)影響を受けたと思われる本、好きな本があれば教えてください。

歎異抄
4)好きなスポーツはありますか? またスポーツされることはありますか?

テニス。今はジョギングくらい。

5)好きな料理・食べ物はなんですか?

豆腐。冷奴、湯豆腐。

6)趣味・特技があれば教えてください。

オートバイ。ツーリング。

7)苦手だなぁと思われることはなんですか?

おしゃれ

8)旅行してみたい場所、国があれば教えてください。

イタリア(ローマ、ヴァチカン)

9)子供のころの夢、なりたかった職業があれば教えてください。

獣医になりたかったです。しかし、病気の動物を平気で殺さなければなれないと言われて断念。

10)尊敬している人がいれば教えてください。

土井たか子さん。女性なのに男前でカッコイーです。

11)学生時代のクラブ・サークル活動では何をされていましたか?

中学ではテニス、陸上で走り高跳びをしていました(県大会3位)
高校以上は音楽。

12)アルバイトされたことはありますか? あればその内容も教えてください。

新聞配達、ガソリンスタンド、24時間スーパー、食堂、道路工事、ラウンジのピアノ弾き。

13)(お坊さんなのに)どうしてもやめられないことがあればこっそり教えてください。

酒呑みです。

14)休みの日はありますか? もしあれば、休みの日はどんな風に過ごされていますか?

ありません。

15)1ヶ月以上の長いお休みが取れたら何をしたいですか?

ヨーロッパを旅したいですが、ネコがいるので無理です。よって、ゆっくり休んで読書をしたい。

16)座右の銘にしている言葉があれば教えてください。

因果応報。

17)前世では何をしていたと思われますか? また生まれ変わったら何になりたいですか?

真宗では前世も生まれ変わりもありません。でも猫になりたい。

18)他のお坊さんに聞いてみたい質問があれば教えてください。(次のインタビューで聞いてみます)

「今の仏教(自分の教団等)に満足していますか?」

19)前のお坊さんからの質問です。「『フリースタイルな僧侶たち』をどう思いますか?」

いまいち何を伝えたいのかよくわからないフリペですね。

プロフィール

釈 彌光さん/しゃく みこう
 1960年3月3日仙台生まれ。大学入学とともに上京。さまざまな市民運動に参加したのち、89年に大谷専修学院へ。95年、彌光庵を川端二条にオープン。00年より、「もっとたくさんの人が集まれる場所が欲しくて」寺町四条へ移転。毎年2月に「非戦平和音楽法要」を行うほか、「反戦・反貧困・反差別共同行動」などの市民運動にも参加し、非戦のメッセージを発し続ける。

彌光庵

600-8032 京都市下京区寺町通四条下ル中之町570  TEL/FAX 075-361-2200 http://mikoan.com/

精進料理とお茶とお酒を楽しめる店。無農薬の安全な野菜を使い、そのときそのときあるものを工夫しておいしく料理する。学生のお財布にもやさしい価格設定で、ノンアルコールのベジタリアンから酒好きまで受け入れる幅広くメニューを構成。諸行無常カレー(800円)や精進の定食・みやこごぜん(1000円)などのごはんものから、からだにやさしいお茶各種、日本酒・ビール・洋酒まで揃う。おっとりした3匹の看板猫たちも人気者だ。

お坊さん、地域で生きる人、職人さん、企業経営者、研究者など、人の話をありのままに聴くインタビューに取り組むライター。彼岸寺には2009年に参加。お坊さんインタビュー連載「坊主めくり」(2009~2014)他、いろんな記事を書きました。あたらしい言葉で仏教を語る場を開きたいと願い、彼岸寺のリニューアルに参加。著書に『京大的文化事典 自由とカオスの生態系』(フィルムアート社)がある。