Redesign Night! テーマ”開発” 〜仏教の智慧から立ち現れる21世紀の開発観〜

はじめまして。フリーでイベントデザインやワークショップデザイン、アート・コレクティブのプロデュース等を行なっています、三浦祥敬と申します。
実は、私はお寺の生まれです。ですが、これまでできるだけお寺の世界や仏教とは触れず、むしろ距離を置くようにして生きてきました。しかし面白いことに、最近になって仏教の智慧の断片断片に触れる機会が増えてきています。

去る8月8日(火)、東京の神谷町・光明寺にて、彼岸寺の開祖でもある僧侶・松本紹圭さんをゲストにお招きして「Redesign Night! テーマ”開発” 〜仏教の智慧から立ち現れる21世紀の開発観〜」というイベントを開催したところ、彼岸寺から寄稿のお誘いをいただきました。

今回のイベントで取り上げた”開発” も、まさに仏教に関わる言葉でした。まずはイベントを立ち上げた背景からお話させてください。

宇宙や衝突をイメージした画像を使いました

Redesign :固定観念を崩す、新しい定義を創り出す

イベントタイトルのRedesign という言葉には、「つい何気なく使っている言葉や慣例を問い直し、より人が豊かになれるような新しい定義を創り出すこと」という意味を込めています。

自己、他者、社会、国家、技術、人類など、世の中にはありとあらゆる概念と固定観念が存在しています。いや、存在しているという仮定の中で成り立っているだけかもしれません。私は、そういった人が縛られている固定観念をどのように外すことができるのかということに強い興味を持ち、自分のテーマとしています。人の心に無数のように張り巡らされているしがらみや思い込み、固定観念を外していくことで、ふっと心が自由になるような……心理的な解放ともいうのでしょうか、そういう瞬間を創り出すことの重要性を感じています。

上記が自分のテーマとなったのは、海外留学、そして実はお寺に生まれたことも影響しているのです。私は、九州の佐賀に生まれてから固定観念にまみれるようにして生きてきたので、それによって思考や行動が制限されてしまうこと、ただ亡霊のように動かされてしまうことへの恐ろしさを感じています。特に私に強く影響している社会システムがお寺の世界です。皮肉なことに、その世界に生まれて、その固定観念にまみれていたため、私にとっての仏教は”自分の可能性を制限するもの”とも認識していたように思います。

固定観念を意識するためによく使うのは、「ある言葉を設定し、具体的にそれに関わる人たちを集め、議論し、新しい意味を更新する」という方法です。何となく意味はわかって何気なく使っている言葉でも、よくよく考えてみるとわかったと思い込んでいるだけで、本当は意味をわかっていないことも多くあります。人は、言葉に対して独自の定義や解釈をおこなっています。人が集まって議論すると当然、それぞれの定義のズレからモヤモヤすることや賛同できないところが出てきます。そういったコミュニケーションを続けていく中で、自分の物事の見方をより意識できたり、新しい定義を創り出すこと——Redesign ができるのです。

開発(かいはつ)とは何かに興味を持ち、開発(かいほつ)という言葉に出会った

今回はそのRedesignの対象として、日常的に使われる”開発”という言葉を取り上げました。

「“開発”とは何なのか?」という素朴な疑問が生まれたのは、今回のイベントの共同主催者の1人である鈴井豪さん(現在アメリカのカリフォルニア大学バークレー校にて国際開発を研究中)と話している中でした。“開発”というと、たとえば自分は発展途上国のアフリカの子供たちを想像してしまいます。「“開発”という現象や働きかけ方は、そもそも何を表しているのだろうか」……インターネットで調べてみると、“開発”の語源は、仏教の文脈における個人の可能性や潜在能力の開花を意味している「開発(かいほつ)」であるというのです。

現在、“開発”の対象はヒト以外のモノやサービス、空間等にどんどん広がり、その言葉の意味も多様化しています。さまざまな業界で“開発”という言葉の問い直しは行われてきたものの、業界をまたいだ共通の見解は作られていないように思います。そんな今だからこそ、歴史的に紡ぎあげられた仏教の「開発(かいほつ)」の意味を知り、原義に立ち戻った上で“開発”について考えることで、普段の仕事での開発業務やそもそもの「開発とは何なのか(=開発観)」を更新することができるように思いました。

そして、「Redesign Night! テーマ”開発” 」の夜

今回のイベントで、崩すべきは「開発」という言葉。

そして、自分たちの開発観を考え直すものさしとして原義である「開発(かいほつ)」の意味を押さえるべく——仏教の智慧をいただくべく——ゲストに松本紹圭さんをお呼びすることになりました。

当日、会場には多様な社会人・学生さんたち、商品開発・キャリア開発・都市計画・アーバンデザイン・システム開発・ロボットの開発・ワークショップ開発・事業開発など、多岐にわたる分野の30名のほどの方々が集まりました。

イベント中に話されたことは即興的ニビジュアル化していきました

前半はゲストと主催側を交えたトーク、後半はイベントの中で気づいたことやどうにも言葉にしにくい感覚を「粘土を使って形にしてもらう」ワークショップ、という2部構成で行いました。

イベントの中で見えてきた「開発(かいほつ)」とは

共同主催者である鈴井さんが提示してくれた“開発”は、国際開発という主に西洋的なバックグラウンドの中で語られてきた内容でした。その特徴を短くまとめるなら、「主体(開発する者)と客体(開発される者)という世界を区切ることにより、客体がより経済的にもしくは環境的に豊かになるような働きかけを行う」、これが西洋的な“開発”の表していることかもしれません。

1. 人の可能性が開かれるように、個人に直接的に働きかけること(直接的アプローチ)
2. 人の可能性を制限する「外の環境」に働きかけること(外部要因を抑えるアプローチ)

この2つの切り口で話は進みました。鈴井さんは現在この2つ目のアプローチを実践に移すためにビックデータの分析を行うデータサイエンスの分野を学んでいるとのことです。

それに対して松本さんの“開発”の話は、見方自体が異なっていました。

本来無限のポテンシャルのある1人1人の命がその人個人という殻の中に閉じ込められている。それを解き放っていく。それが仏性開発と言ってもいいのかなと思います

“開発”という語には、誰が誰を開発するのかという主体と客体が想定されますが、「開発(かいほつ)」はするもされるもない、やってくるものだと思っています。「開発(かいほつ)」は自然になされるもの。日本仏教には山川草木悉有仏性という考え方があります。あらゆるものに仏性が宿っていて、それが開かれていくのが「開発(かいほつ)」なのではないでしょうか。今日も、お寺という場でワークをやったり議論をする中で、自然と“開発”されたもの、それぞれの中で感じたこととか、発見したこととかがあったのではないかなと思います。私もありました。集団的開発。この空間を共有できたことが素晴らしいことです

つまり、松本さんがおっしゃる「開発(かいほつ)」は、開発する・されるという主体・客体の関係ではないところにあるようです。それはすべてのものが仏性をもっているという前提のもと、仏性が開かれ(悟りを求め)、可能性が覆い隠されることなく開かれることを意味しているのではないかと思います。松本さんによると、「人の可能性が開かれるために私ができることは、主客分離した他者に対して働きかけるような仕方ではなく、開かれていくものをお手伝いすること、あるいは、お手伝いでもなく、ただ寄り添うことしかできない」ということが仏教の、特に他力の歴史の中で紡ぎあげられてきた「開発(かいほつ)」といえるのではないかとのことでした。

移り変わりを受け入れ、手放すことを可能にする仏教というフレーム

今回のイベントでは現代の“開発”という言葉を切り口に、仏教・歴史を意識しつつ「開発(かいほつ)」へと接続し、参加者、そして主催者を含めた集団的な“開発”の問い直しができたのではないかと思います。

私個人にとって収穫だったのは、仏教というフレーム自体が人の固定観念や思い込みをゆるやかにほどいていくのに有効だと、やっと気づけたことです。仏教の目指す一側面「あらゆるものの可能性が覆い隠されることなく、開かれていくこと(仏性開発)」を感じることができました。そして、万物は移り変わり変化し続ける(諸行無常)という考えのもと、固定観念や思い込みをほどいていく役割を、小さいながらも担っていきたいと改めて感じました。不安や恐怖で変化しないことにしがみつくよりも、自然と移り変わっていくことを楽しむ。移り変わりを受け入れていく生き方ができればと思います。

ちなみに、今回ゲストでお呼びした松本紹圭さんとは今後も一緒に企画を行っていくことになりました。神谷町・光明寺を舞台にして、「自己、他者、社会、国家、技術、人類などあらゆる存在のレベルの手放しが起こり、絶え間なく移り変わっていく世界が立ち上がっていく」機会を作っていく予定です。ぜひ楽しみにしていてくださいね。

Redesign Night! テーマ”開発” 〜仏教の智慧から立ち現れる21世紀の開発観〜(開催概要)

日時 2017年8月8日(火)
会場 神谷町・光明寺
ゲスト 松本紹圭(光明寺所属僧侶)
主催 三浦祥敬・鈴井豪・岡部玲奈
Facebook
イベントページ
https://www.facebook.com/events/1983829955230519/


三浦祥敬(みうらよしたか)

京大卒。佐賀の曹洞宗のお寺出身。東京のデザインコンサルティングファームに在籍後、フリーのラーニングデザイナーとして活動。Art Network Feast 共同代表。クリエイティブコレクティブ「DAYDREAM THEATER」のプロデューサー。「クリエイティブアウォード関西」2016年度審査員。現在、仏教的世界観をベースにした世の中の移り変わり(Transition)を促すイベントを企画中。

1991年お寺生まれ。京都大学卒。持続可能な世界へのトランジション(移り変わり)をリサーチするインデペンデント・リサーチャー。特に人の内面の世界が移り変わることへの興味から、内的なトランジションをサポートする 1on1 セッションの実施やプログラムの実施、哲学をはじめとした領域とのコラボレーションをおこなう。文化を継いでいく人たちがゆるやかな連帯を紡ぎ、ともに持続可能な継承を探求・実践するコミュニティ「Sustainable Succession Samgha」を運営している。共著に『トランジション 何があっても生きていける方法』(春秋社)。