ブッダハイクvol.5 ボクが情熱を感じるお坊さん 平井俊圭(ひらいしゅんけい)さん

会いたいお坊さんに会う企画、ブッダハイク。ボクの暮らす伊賀の街に暮らすお坊さんをに、ブッダハイクしたい!だって、ここはボクの生きる地域だからだ。

生まれ育った伊賀から離れて18年。実は、自分の街のことも、お寺のことも何も知らなかったのだ。それだけでなく、中学・高校と宗門の中学・高校に通うのに、片道2時間かけていたので、地元のことにあまりに疎い。

昨年、Uターンしてきた時に、伊賀のお寺リサーチをした。たまたま見つけた浄土宗 浄久寺の平井俊圭さん。絶対、この人には何かある。ボクの新庄さん並みの勘ピューターが働いた。

早速、平井さんを知っているか両親に聞いてみた。すると、母は一緒に仕事をしていたというではないか。おーーー、これは縁をびんびん感じる!

NPO法人を運営している母によると、平井さんは社会福祉協議会の事務局長で、人格者であり、優秀なソーシャルワーカーだそうだ。

肩書きだけで、不真面目なボクは緊張してきた。とはいえ、ソーシャルな家庭で育ち、ソーシャルな寺子屋を運営しようと思っていたボクは、すぐにメールを送った。

「お話がしたいです。伊賀のことを教えてください・・・」

37歳のおっさんが、小学生に戻った気分だ。

返信は、堤上人から始まっていた!上人!!上人!!ボクが!?

というか上人ってどういう意味?最初から舞い上がってしまった。内容は、いつでも会いましょう的なことだったと思う。

緊張しながら社会福祉協議会へ向かう。

初めてお会いする平井さんは、徳の高い感じの人だった。伊賀の福祉のことも教えてくださり、人も紹介してくれた。こうやって人を繋げられる人であることがすごいなぁって思った。しかも事務局長なのに腰が低い。只者じゃない!!そう直感した。

それからも寺子屋を見にきてくださったり、寺葬の相談に乗ってもらったり、お世話になってきた。その度に、そのお人柄、そしてソーシャルワーカーとしての専門性、僧侶としての懐の深さを感じた。

一度、ゆっくり平井さんのルーツを聞いてみたい。そして、実現した今回のブッダハイク。今回は、三重県伊賀市 浄土宗 浄久寺 住職 平井俊圭さんにブッダハイク。

「人は地域で過ごすから、生き生きするんですよね。」

平井さんのソーシャルワーカーとしての、軸足はいつも地域だ。

大学時代、障がいをもった方達が働く作業所や、一時保護施設でボランティアをしていた時の経験が彼の原体験になっている。

「作業所の方々の目が輝いている。」

そう感じたそうだ。それは、地域に生きているからなのだと直感した。

地域福祉の仕事がしたい!その勢いで社会福祉協議会に電話をして、「働かせてほしい」と懇願。残念ながら採用はなかった・・・

大学卒業と同時に、普通に就職をする。しかし、半年後に社会福祉協議会の求人を見つける。

「アルバイトを募集しています。」

平井さんは、これに心動かされた。安定した職を捨て、アルバイトから社会福祉協議会へ。

入社後は、地域にはなかった地域作業所の開設に奔走する。前例の無い取り組みは、なかなか理解を得られないことがあったが、作業所で働く人たちが生き生きとしている姿から少しずつ輪が広がっていった。

いつも当事者の立場に立って考えようとする姿が、言葉の端々から感じられる。

ソーシャルワーカーとしての仕事が、そのまま僧侶としての平井さんを形作っていったんじゃないかという気がしてくる。

僧侶としての平井さんの姿と被るのだ。それは、いつも相手の立場に立つという姿だ。

一度、平井さんのお寺の葬儀に参加させていただいた。いわゆる寺葬というものだ。小さな小さな寺葬だった。でも、そこにはなんともいえない温かさがあった。亡くなった方を弔う感動を覚える葬儀だった。

平井さん自身の人生が醸成してきた温かさなんだと思う。

結局は、最後は人。

人を大事に、つながりを大事にしてきているからこその僧侶の佇まいを感じるのだ。

平井さんが近くにいてほんと良かった。憧れる先輩がいて、ボクもまた育つ。

アバター

三重県 伊賀市 浄土真宗 高田派 大仙寺 副住職/てらこや大仙寺 主宰 横浜国立大学卒業後、国際協力、11年間の小学校教諭の道を経て現在に至る。現在は自坊で寺子屋を開設。30人の子ども達と遊んだり学んだりの日々。