『彼岸寺』の人気連載『ITビジネスマンの寺業計画書』を執筆中のお坊さん、松島靖朗さんインタビュー2回目です。今回は、松島さんがお坊さんになるまでの道のりについてを中心にお伝えしたいと思います。「お寺の子」として見られるのがイヤだった少年時代、そして出自を隠して過ごした東京生活。そして、ネットに出会いITビジネスマンとして活躍していた頃のお話をじっくり聴かせていただきました(前回のインタビューはこちら)。※トップ画像は、子どもの頃の松島靖朗さん)
お寺騒然! 少年Aの狂言誘拐事件
子どもの頃から「お寺に生まれたというヘンな環境がイヤだった」という松島さんは、お坊さんになると決めるまで「徹底的に普通」を求めました。その最初のアクションとして記憶されているのは、小学校3年生のときに起こしてしまった「少年Aの狂言誘拐事件」。うららかな日に、松島少年はふっと学校へ行く途中で踵を返し「どこでもない場所」へと逃げ込んでしまったのです。(※写真は松島さんのお寺、奈良・安養寺の境内。この屋根でお昼寝を?)
——東京に出るまで、奈良ではどんな少年時代を送られたんですか?
中学を卒業して、お寺の息子なのでと浄土宗の宗門高校に入ったんですけど、「このまま行ったら完全にお坊さんや。あかんあかん。ちゃんと自分で考えよう」とすぐに辞めたんです。それで、いわゆるレールに乗るのではなく、自分で決めることの大切さを学べたというか。
でも、それ以前にね、実はすごい大きな事件があって。小学生のころから、学校の先生もクラスのみんなも僕のことを「お寺の子」として見るのがすごくイヤで、あまり人に接したくない少年時代を送っていました。あるとき、学校に行くのが本当にイヤな日があって、集団登校の途中で「忘れ物をしたから」とお寺に戻ったんです。
学校には行きたくない、お寺にも戻りたくない。行き場がないから、近所の川の橋の下にもぐって隠れました。始業時間が過ぎた頃、僕が学校にいないとわかったのか、探している声が聴こえてきたのですが、もう出るにでられません。それに、橋の下にいる時間が周りとシャットアウトされてすごい居心地がよかったので、ずっとここにいたいと思っていました。
——大変なことになったけれど、居心地のいい橋の下にいたかった。
そう。ちょっと外に出て様子を見ると、みんなが僕を探している姿が見えました。ここにいたらそのうちバレると思ったので、今度は「ここなら絶対に大丈夫」とお寺の屋根に上って。お昼寝にちょうどいいお天気だったのでそのまま寝てしまい、気がついたら3時頃になっていました。
いよいよ大事になっているだろうし、どういう感じで出て行こうかなあと考えて「そうだ、誘拐されたことにしよう」と。「忘れ物を取りに帰ったときに、知らないおじさんに声を掛けられて車に乗せられ、いろんなところに連れて行かれて逃げて帰ってきました」と言うことにしたんです。ちょっと服を汚して、ウソ泣きをしながら帰っていってね。
そしたら、母がそれを信じて学校に連絡し、先生が「警察に届けましょう」と。警察署に連れて行かれてしまいました。パトカーに乗って「どこに連れていかれたの? どんな車だったの?」と聞かれながら、「えーと、ここから乗せられて、この道を右に曲がって……」と言っていたら、そのうち行き止まりになってね。「あ、バレたな」と思ったんです。取調室に連れていかれ、母の顔を見て泣きだしてしまったところで僕の演技は終了でした(笑)。
次の日、地元の新聞に「少年Aが狂言誘拐」という記事が載って、学校のみんなにわかってしまうし、よけいに学校に行けなくなったという(笑)。でも、それくらい「お寺の子」として見られるのがイヤだったんですよ。
お勤めは大好きなおじいちゃんと一緒にいられる時間だった
『坊主めくり』でいろんなお坊さんにお話を聴くにつけ、人によっては「お寺で育つ」のはとてもつらいものなのだと思うようになりました。私がお会いするのは「お寺からの逃走」を終えて、お坊さんとして生きる覚悟を決めた人たちばかり。すべては過去のエピソードとして語られますが、きっと今も現在進行形で「逃走中」の方もいらっしゃるだろうと思うと、何とも言えない気持ちになります。
さて、もう一度話を松島さんに戻しましょう。学校では「お寺の子に見られる」のがイヤだった松島さんは、お寺のなかでは決して「お勤め拒否」をしていたわけではありません。「お勤め」は大好きなおじいちゃんと一緒にいられる、むしろ”好きな時間”。お寺の中にいる自分と外にいる自分の間に相反する思いがあったからこそ、学校とお寺の両方から逃げ出したくなる気持ちになったのではないかと思うのです。
——子どものころは、仏さんのことをどんな風に思っておられたんですか?
おじいちゃんが好きだから本堂もお勤めも好きで、おじいちゃんと一緒にお勤めしていました。得度は6歳のときでした。
——イヤだなあと思うようになったのは、もう少し後のことだったのでしょうか。
中学生の頃からですかね。お盆のお手伝いで同級生の家に行くのがやっぱり恥ずかしいというか。僕自身も、お経を誦んでいるようで誦んでいないのにお布施をいただいて「えらいなぁ、ありがたいなぁ」と言われたりするのに罪悪感があって。だんだん避けるようになりました。
ネットとコスメと経営と。東京で過ごした10年間
高校卒業後、松島さんは奈良を離れて大学進学のために上京。そこで出会ったのが、ちょうど日本にも普及し始めたインターネットでした。まだ、ブラウザは『NetScape』が主流だった時代、「大学生協に『NetScape』を買いに行った」という松島さんは、あることをきっかけにネットへの興味を深めることになります。
——松島さんとネットの出会いは大学生のときでしょうか。
そうですね。上京して右も左もわからない環境でネットに出会って、ふと「僕と同い年の1975年生まれのみんなは何をしているんだろう?」と気になったんですよ。「実は、僕みたいにヘンな環境で育った人はいっぱいいるんじゃないか」と思って、1975年生まれのメーリングリスト(ML)を立ち上げました。
個人のホームページを検索しては、同い年の人を見つけてMLに誘ううちに300人くらいが集まってきて。MLでいろんな話をしたり、オフ会を開いたりしていたら、2年後くらいにある参加者から「MLで出会った人と結婚します。松島くんありがとう」ってメールがきたんです。「すごいことをしてしまったなあ」と衝撃を受けました。
そのとき、「ネットは人と人をつなげるメディアである」ことにすごい興味が湧いてきたんです。この経験がきっかけになり、「人をつなげる」というテーマで仕事をするようになりました。
——それで、就職もネット業界へ。最初に勤めたNTTデータではどんなお仕事を?
NTTデータは、大企業のシステムを作るのがメイン事業なんですけども、僕はインターネットで新しいサービスを考える部署で好きなことをしていました。他の企業と共同で企画したり、サービスを立ち上げることもあって、そのなかに『アットコスメ』を運営するアイスタイルがあり、出資して一緒に事業を大きくしようというときの担当者が僕だったんですね。関わるうちに、アイスタイルに移ったほうがいろんなことができると思い転職しました。
——アイスタイルに転職したいと思った理由をもう少し聴かせてください。
アイスタイルはベンチャー企業で、働いている人たちみんなが自分ごとだと思ってすごく考えてやっているし、とにかくマインドが違う。直感的に「こっちに行きたい」と思ったんです。
——アイスタイルでは主にどんなことをされていたのですか?
『アットコスメ』は化粧品の口コミサイト。当時は、すごいアクセス数があるのに広告メニューが全然整備されていなかったんです。まずは、事業戦略を考えたり、広告収入を作ったりという仕事をして、最後は管理職として『アットコスメ』全体をどういうサイトにしていくかを開発する部隊で好きなことをやらせてもらいました。
僕がアイスタイルで働くモチベーションは、「人と人をつなぐ」とか「個人発信のコンテンツがすごく価値化される」という魅力もあったんですけど、本当はシンプルに「女性がキレイになる」ということだけやったんです。そうしたら僕もうれしいから一生懸命働いていました(笑)。
——そうなんだ(笑)。ところで、インターネット業界の仕事とお坊さんの仕事、どこかに接点はあるのでしょうか?
ネット業界で「何かと何かをつなげる」仕事をしてきて、今は「阿弥陀さんと人をつなげる」という意味で同じような仕事をしているのかなと思うし、全然違うことをしている意識はないんですよ。僕は、つなげる人でありたいですし、つなげる成果として何を数字目標にするかというと「お念仏をする人がどれだけ増えたか」ということ。そのままシンプルに、僕は浄土宗のお坊さんとして生きて行きたいと思っています(次回へ続く)。
プロフィール
松島靖朗/まつしませいろう
法性山専求院安養寺所属。1975年奈良生ま れ。早稲田大学商学部卒。新卒で株式会社NTTデータに入社。ビジネスインキュベーションセンター勤務の後、 株式会社アイスタイルでアットコスメのWEBプロデュースに従事。2008年退職後、実家のお寺を継ぐべく奈良で修行生活を送る。2010年12月伝宗伝 戒道場成満。
法性山専求院安養寺
奈良県磯城郡田原本町八尾四十
寛 永十年(1633年)創立の浄土宗寺院。本堂・地蔵堂・鐘楼などの伽藍は当時からのもので、地元の檀信徒のための檀家寺として護持されている。昭和六十年 (1985年)に安置されていた阿弥陀如来像が鎌倉時代の仏師快慶作のものであることが判明し、国・重要文化財の指定を受ける。以来、檀信徒のみならず全 国より参拝者が訪れるお寺に。
檀信徒向け法要の他に、一般の方も参加可能な写経会、阿弥陀堂参拝、念仏会などを開催中。予約が必要ですので電話等でお問い合わせ下さい。(0744-33-0753)
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