【お坊さんブックレビュー】人間の抱える苦悩を描く。漫画版『風の谷のナウシカ』(松崎智海)

私がおススメする本は漫画「風の谷のナウシカ」全7巻です。

ナウシカと言えばアニメ映画を思い浮かべる方も多いと思いますが、原作は映画版の監督でもある宮崎駿氏自身の漫画で、アニメージュというアニメ雑誌に連載されていました。映画版の制作時期に原作の進行がストップしていますが、その時点で全7巻中3巻のあたりでした。そのため映画版は2巻の途中までの話を無理やり完結させています。そのため原作の漫画とはかなりの違いがあります。この辺のことを語りだすと止まらないのでこれ以上は申しませんが、とにかく漫画版と映画版は大きく違い、私がおススメするのは漫画版の方です。

私がこの作品に出会ったのは大学生の頃でした。4度の連載休止を経ながらも12年の歳月をかけて完結したことが話題になり、友人の勧めで読んでみたのが初めてです。今では考えられないことですが、当時、いわゆる「オタク」は迫害の対象でした(笑)高校の漫画研究部にはヤンキーすら近づかないアンタッチャブルな世界というのが当時の認識でしたので、アニメ映画(私が小学校の頃に上映されました)の原作なんて…と思ったのが最初の印象です。ジャンプにマガジン、時々サンデーな私には大きな衝撃となりました。(その衝撃のおかげでオタク道を歩むことになりますが…)

ココからは少し原作の内容に触れますのでご注意を。

この作品を一言で表せといわれたら、おそらく私は「混沌」と答えるでしょう。

映画版にあったような「人間と自然」のような二項対立ではなく、様々な思惑と要素が絡まりあいながら物語が進んでいきます。そして、その要素の一つに「宗教」というものが取り上げられているのは魅力的でした。原作にしか出てこない国家「ドルク(土鬼)」は、神聖皇帝とその下の官僚機構である僧会が国政を担っている政教一致の国家です。漫画などで宗教教団が登場する場合、多くがカルト的な悪の元凶のように表現されることが多いように思います。このドルク(土鬼)も民衆を統治するために為政者が宗教を利用している側面もあるのですが、そんな一面だけでなく人が本来的に持つ宗教性についても表現されています。

私が一番好きなチヤルカ(二番目はクシャナですが日によっては一番になります)もその一人です。彼は僧会の幹部(高僧)として敵国トルメキアとの戦争を指揮しますが、広い知識と視野、柔軟な考え方で真実を模索していきます。政治的な能力が高いだけではなく、主人公ナウシカの下着姿を見た時は、「わしは僧だぞ」と言ってあわてて目を背けるなど戒律に対する真摯な姿勢も見られます。位の低い僧官からのたたき上げでこの地位までたどり着いたということはよほどの才能の持ち主だったのでしょう。主君の暴走と民衆を救いたいという願いの間で板挟みになりながらも、できる限りのことを尽くそうとする姿は現代の中間管理職的な悲哀も感じられますし……すみません、本題から外れました。

閑話休題。とにかく宗教が多面的に捉えられているところがいいのです。宗教が持つ狂気性だけでなく、自然と生まれてくる聖性についても表現されています。私は「宗教は混沌たる人間そのもの」だと思っていますので、本作品を好きな要素のひとつになっています。

物語は進み、主人公ナウシカは旅の終わりに世界の秘密を知ります。そして彼女が選んだのは「苦しみや悲しみ、そして死も人間の一部であることを受け入れ、汚濁と共に生きてゆくこと」でした。この辺のことは完全に漫画のオチですので説明はしませんが、ただの予定調和的な大団円にはならないのです。人間が生まれながらにして持つ業を背負い、そのままの姿でこれからも苦悩しながら生きていくことを選んだ主人公に、私は人間的な愛着を感じるのです。

主人公のナウシカは友愛と慈悲の塊のような人物です。敵味方を分け隔てなく愛し、異形の蟲たちですら心開く存在です。しかし、そんな他者から見れば聖者のようなナウシカもまた生きていくことにおいて無意識的(時には意識的に)に罪を重ねていかざるをえない。そして、そんな自らに恐れおののくのです。

こんなこと言うと教学警察の方々に怒られるかもしれませんが、私が信仰する浄土真宗の開祖・親鸞聖人に重なる気がするのです。親鸞聖人は私たちから見れば菩薩様のような方ですが、ご自身はそうは思われなかった。自らを煩悩具足と嘆き、生涯揺れ動きながらお念仏の道を歩まれた方でした。そして、浄土真宗の教えは人生の「混沌」を揺れ動く者たちのための教えだと思うのです。

さて、この漫画の最後は決定的な結論は出ません。主人公が苦悩を続ける姿で終わります。新型コロナウイルスで巣籠りを余儀なくされる昨今ですが、人類とウイルスとの関係もまた人が人である限り続く苦悩です。ナウシカと共に苦悩する時間を共にしてみてはいかがでしょうか。答えのない答えを求めるのも人生には必要な時間だと思います。と、まぁ色々申しましたがとにかく漫画としてとても面白い作品です。「風の谷のナウシカ」全7巻おすすめですよ。

余談ですが、私の初恋の女性の下敷きがナウシカだったのは甘酸っぱい思い出です。

松崎智海

北九州にある浄土真宗本願寺派「永明寺」住職です。1975年生まれ。札幌龍谷学園高校に5年間、敬愛高校に9年間宗教科教員として勤めておりました。最近は老眼がひどくてつらいです(^^)