お経さんはココロの栄養

はじめまして、英月です。
アメリカで10年近く暮らしたあと、2010年の夏に日本に帰って来ました。
現在は京都にある実家の寺で副住職をしています。

よくアメリカに行った理由を聞かれるのですが、カンタンに言っちゃえば…

家出です。

モノの分別も付くであろう、イイ大人が、です。

そうして出て行った場所であり、環境なのに。
今度は、アメリカで一生懸命築いて来た、立場や環境を手放してまでも、
出て行った場所に戻って来る。
その自分の心の変化を、おもしろいなと思うと共に、不思議だなと思っちゃいます。

不思議なコトと言いましたが、実は、予兆はあったんです。

アメリカで、ちょっとしたお坊さん活動が始まっていたんです。
そもそも、お坊さんになるための儀式と言いますか、
一般に言われる「出家」のコトを、「得度」(とくど)と言うのですが、
「得度」をしたのは、アメリカに行ってからなんですね。
アメリカでは受けるコトが出来ないので、日本に一時帰国した時に受けました。

動機は、不純です。

いえ、その時のワタシにとっては、最善、最強、完璧な動機でした。

先ず、「得度」をするコトによって、実質的な問題の解決が出来ると思ったのです。
アメリカでは外国人のワタシです。
外国人がヒト様の国で暮らすには、それ相応の在留許可が必要になります。
移民の国のアメリカにはそれは多くの在留資格、ビザがあります。

それを徹底的に調べると、素晴らしいビザがあるコトが分かったんです。
お坊さんビザ、宗教者ビザです。
コレは、ワタシのために用意されたビザだわ!
と、単純なワタシは思い込み、先ず、お坊さんになるコトにしました。

次に、家族間の精神的環境改善です。
両親との関係は、決して良くありませんでした。
なんせ、イイ歳をして家出した娘ですからね。
家出する前も、家出してからも、筆舌に尽くしがたい状況でした。
コノ関係を打破するには、先ずはワタシが恭順の姿勢を最大限に見せるコト。
それには、殊勝な態度で自ら「得度します」と言うのは、効果的ではないか!

これは偶然だったのですが、たまたま一時帰国した時が、
本山で年に1度行われる「得度」シーズンと重なったんです。
コレは、千載一遇!仏はワタシに味方した!とばかりに、
ワタシはやさしく微笑んで、両親に言いました。

「得度を受けたいんだけど」と。

そうして、カタチだけのお坊さんになりました。

意気揚々とアメリカに帰ってからも、
お坊さんになったワタシの生活は、全くもって変化を見せません。

アタリマエです。

「お坊さん」はワタシにとって、一種の「資格」。
アメリカで生きていくための、家族関係を穏やかにするための、「手段」。
もしくは、ゲームで使う切り札。

そんな扱いだった「お坊さん」。
それは、明らかにワタシと隔離したモノでした。
けれどもいつしか、その「お坊さん」に包みこまれていた。
言葉は悪いケド、ミイラ取りがミイラになったキモチ。

それがいつ起こったのか、それは思い出してもわかりません。
なぜなら、モノゴトは全て繋がっているからです。
一点だけを捉えて、それだ!とは言えない。
だから、お坊さんになる前から、実は、お坊さんだったのかも知れません。
と、前置きが長くなっちゃいましたけど、アメリカで「写経」を始めたんですね。
キッカケは、友達の猫ちゃんのお葬式。
お葬式は、亡くなった人のためじゃなく、残された人たちのためにある、
って思ったワタシは、愛猫を亡くして落ち込む友達に聞いたんです。

「お葬式しようか?」。

それは、ワタシがお坊さんだったから、聞けた言葉だったと思います。
そうして、人間と同じように最初は毎週、その後は毎月、お参りに行きました。
そんなコトが1年も続いたころ。その友達が
「意味も分からないお経を聞いていて、すごく癒されるんだ。
聞いてこんなキモチになるんだったら、書いたらどうかな?」と言ったんです。
単純なワタシは、

「じゃあ、写経を始めるよ!」

と、安請け合いをしちゃったんですね。
それからが、実はタイヘンだったんですど…。

ところで、コノ「写経」。
お経の内容も、仏教についても知らない友達でさえ、カンタンに口から出て来た言葉。
それくらい、一般的になっています。お寺と言えば、写経!と言うくらい、
写経をされているお寺は多く、
ご多分に漏れず、ワタシの自坊、大行寺でもやっています。
それだけじゃなく、お寺に行かなくても写経が出来るように、
本屋さんに行けば、色々な本も出ています。

「写経」に対する受け止めも、求めているモノも人それぞれで。
ある人は、心の静寂を求め、ある人は願いを託す。
写経をする前に、身を清める意味で、手洗いうがいをする。
または、粉のお香を手に擦り込んだり、口に香料を含ませる。
そんなコトをされてから向き合う方もおられるし、何もされない方もおられる。
ちなみに大行寺では、
みなさんと短いお経さんをお勤めしてから写経をして貰っています。
それは、これからお経さんと言う仏さんの教えが書かれたモノを写すと言う、
ココロの準備運動。
それと、教えをのこして、今のワタシたちにまで届けてくれた方たちに対する感謝かな。

そもそも写経は、印刷技術のなかった昔、
書き写すしか複製をつくる方法がなくて始まったと聞きます。
では、コピーもある現在、あえて、お経さんを写す意味は何でしょうか?
ポイントとなるお経さんについては、次回、お話をさせて貰おうと思っていますが、
カンタンに言っちゃと、

お経さんには人生を生きやすくするヒントがいっぱい!詰まってます。

そのお経さんを、一文字一文字写す。
それは、その大事な内容を、ひと口ひと口、ゆっくりと咀嚼して行くのと
似ているような気がします。

そうです!
写経はお経さんを、ゆっくりと食べ、ココロを満たしていくんですね。

そう、お経さんはココロの栄養なんです。

では、どうやって食べて行くか?
どうしたら、より、栄養を吸収出来るか?
次回、お経さんについてお話した後に、
英月スタイルの写経の仕方をお伝えしたいと思います。
目からウロコの、写経方法です。タブン、ね。

英月

真宗佛光寺派大行寺住職。 銀行員生活を経て2001年に渡米。ラジオパーソナリティを務める他、TVCM、ラジオCMなどに出演。また「サンフランシスコ写経の会」を主催する。 2010年、実家の寺の跡継ぎとなるため帰国。大行寺で始めた「写経の会」「法話会」には、全国から多くの参拝者が集まる。 講演会や寺院向け講習会の講師を務めるほか、テレビで芸能人の悩みに答えるなど、その活動は多岐にわたる。 『毎日新聞』で「英月の極楽シネマ」連載中。 著書『あなたがあなたのままで輝くための ほんの少しの心がけ』(日経BP社) 共著『小さな心から抜け出す お坊さんの1日1分説法』(永岡書店)