【レポート】人類学×音楽×仏教 – スクール・ナーランダ Vol.1 京都 (授業編2)

京都・西本願寺で開催された、新しい学びの場、「スクール・ナーランダ」。レポートの最後は2月5日(二日目)の授業編です。( 本願寺ツアー編・授業編1)

■わけへだてる社会から – 映像人類学者・川瀬 慈さん

二日目のトップバッターは、国立民族学博物館助教の川瀬慈さん。映像人類学という言葉は聞き慣れませんが、映像を使った研究手法で、川瀬さんは音楽・芸能といった無形文化に関する人類学研究を行っておられます。

もともと音楽に興味があり、長いことバンド活動も行っていたという川瀬さん。文化人類学と出会い、そしてアフリカの研究に携わることとなります。ご自身が音楽が好きだったこともあり、エチオピアの音楽を生業とする職能集団の存在を知り、参与観察を行っていかれます。

エチオピアという国は、多民族・多言語の国で、様々な文化が溶け合っている国で、音楽もまた人々の生活に欠かせないものとして存在しています。その音楽の一つはゼファンと呼ばれる唄と踊りで、専業の音楽家たちによって担われます。しかしその音楽家たちは、現在の日本などで認知されるような、アーティスト・表現者としての存在ではなく、職能集団であり、そしてまた被差別の集団でもあるのだとか。

その音楽集団にも、アズマリとラリベロッチという大きく二つの集団があり、どちらも人々の生活に必要とされながらも差別を受けるという中に存在しています。特にラリベロッチは、一人や夫婦を単位として家々を巡り、玄関先でその家族を讃え、幸せを祈る唄を歌い、お金をもらうという生活を送っています。しかし単なる物乞いではなく、彼らはハンセン病を避けるために歌い続けているという伝説を外部から一方的に付与され、その伝説を巧みに利用しながら在り続けています。被差別的でありながらも、どこか畏怖の感情のようなものを抱かれ、中には彼らを温かく迎える家があったりと、「差別=良くないものである」という平面的な理解を超えた文化の中に生きる人々がいる。そんなことを知らされ、考えさせられる学びの時間でした。

講義の最後には、実家が浄土真宗のお寺であるという川瀬さんが、「一々のはなのなかよりは 三十六百千億の 光明てらしてほがらかに いたらぬところはさらになし」という親鸞聖人の和讃の一つを紹介してくださいました。浄土というさとりの世界で、蓮の花々がそれぞれの色を持ちながらも、互いに打ち消し合うことなく、むしろ美しさを引き立たせ合いながら全てを照らすというこの和讃。私たちの世界にも、様々な異文化があるけれども、それらが互いに作用し合って存在しているということを教えてくれるものとして、大切にしておられるとお話くださいました。

■伝えること 違いを想像すること – ラッパー、音楽家・環ROYさん

次に登壇されたのは、ラッパーとして知られる環ROYさん。環さんが登場される前から、お寺の学びの場で、一体どんなことが語られるのか、誰もが興味津々で、それまでとはまた違った期待と緊張感が会場から感じられました。

それまでの講師とはまさに異質の存在である環さん。講義の始まりも流石ラッパー、という独特のスタイルで、身体を自由に動かしながら、参加者の周りを巡りつつ、徐々に言葉をリズムにのせていきます。いつの間にかそれはラップになり、とめどなく言葉が溢れ、会場に漂う緊張感も解きほぐされていきました。

雰囲気が変わったところで、トークも始まります。環さんとラップの出会いや、これまでの経験、そして今私達が聞いている「音楽」や「ラップ」とは一体どんなものか、ということを話されました。それに続いて、今回のテーマである「わけへだての共感」ということについて、環さん独特のリズムで話をしてくださいました。

言葉や国家、食べ物や文化や習慣、宗教や儀礼、私たちをとりまく物事は、環境によって、様々な「違い」があります。環境が違えば、そこから生まれてくる「物語」も変わってきます。環さんはいろんな文化や宗教について、いろんな事例を提示しながら、それらは「どうして違うの?」という疑問をどんどんと突きつけ、想像力をはたらかせ、問い続けていきながら、話を進めていかました。文化や宗教の「違い」というものは、時に異質なものとして排除しがちですが、異なる文化についても考え続け、理解していこうとする環さんの姿勢というものは、とても大切なものであると感じさせられました。

そして最後に「生きることは伝達すること」という環さんの大切にされていることを教えて下さいました。言葉が違っても、文化が違っても、様々な方法を使って伝えようとすること。それは他者を想うことでもあり、「共有」・「共感」を生み出せるものである。そんなことをラップに込めて届けてくださいました。参加者の皆さんも、環さんのリズムにのせられるように、その考えを吸収しようとしている様子でした。

■私と仏さまの在り方 – 小池秀章さん

最後の授業は、本願寺派の僧侶・小池秀章さん。小池さんは中学、高校で宗教の授業を担当した経験もお持ちで、『高校生からの仏教入門』という本を書かれるなど、若い人にもわかりやすく仏教や浄土真宗の教えを伝えようと取り組まれているお坊さんです。

小池さんがまずお話くださったのは、仏教を学ぶことは、仏教に自分自身のことを学ぶことである、ということと、仏教の教えの基本となる「縁起」について。仏教の教えを通して自分の在り方を学ぶこと、そして私は私以外によって成り立たされている、あらゆるいのちの中に私がおさまっているというお話は、とても印象的でした。

そして次にお話されたのは、浄土について。浄土というのは、どこかに空間として存在する世界ではなく、大人の世界や子どもの世界というものがあるように、その立場、つまりさとりによって開けてくる世界である。そしてその世界は、さとりの立場にいないものにはわからないけれど、わかる人=お釈迦様から教わることができるものであるとお話をいただきました。そして浄土はすべての命がそれぞれに光り輝き、かけがえのない尊いものとして在ることのできる、「わけへだて」のない世界、そしてすべてのものと「共感」できる世界であるともお話いただきました。

その浄土というわけへだてない、仏のさとりの世界に触れた時、私の世界は「穢土(えど)」であったと明らかにされます。「穢土」とは、迷いの世界であり、私の自己中心の心(煩悩)によって創られた、わけへだてる世界です。ただ、私たちに「共感」というものがあることも間違いありません。しかしそれもまた、自己中心の心を基準として、特定の人や集団にのみ向けられるものであり、都合に悪いものは拒絶することにも繋がり、完全なる「共感」とは言えません。全てのものと共感できる仏さまの心、その仏さまの心によって、私の不完全な心が知らされ、その不完全な私が仏さまの世界、浄土という世界へと導かれ、向かわせてもらう。不完全ながらも、なんとか仏さまのような、わけへだてのない在り方を目指すことが大切である。そんなお話をいただきました。

■鼎談

二日目も登壇者と林口さんの鼎談が行われ、交わることのなかった分野の事柄が、しっかりとクロスすることが実感されました。その中で「違いがある私たちが、どう違いを乗り越えていけばよいのか」という問いが生まれ、それに対して川瀬さんは、ギャップがあることをまず受け入れ、そのギャップを埋めることを急がない、ギャップに佇むということの大切さをお話されました。それを受けて環さんはギャップに絶望しないこと、わかってもらえることを期待しない、それでも伝える、「伝わったらラッキー」というスタンスに自分は立っているということを話してくださいました。

さらに小池さんは、完全に「共感」できない私の在り方を見つめながら、わけへだてに納得してしまうのではなく、知ろうとすること、対話すること、わかり合う努力をすることが、仏さまから見た世界を聞かせてもらうという生き方につながっていくということをお話くださいました。

人と人とは、それぞれが自分の世界を生き、それぞれが異なる文化をを持っていると言っても過言ではありません。けれどもそれぞれの「異文化」を生きる中で、対立・分断するのではなく、認めあっていけるように間をつないでいけるのが、仏教の可能性でもある。そんなお話も聞かせていただきました。

■まとめ

今回二日間に渡る「スクール・ナーランダ Vol.1 京都」に参加させていただきましたが、どのご講師のお話も大変興味深いものであり、参加者の皆さんも、たくさんの刺激を受けている様子でした。滅多にない学びの場でより多くのことを吸収しようと、誰もがノートやメモを一生懸命にとっていたり、グループディスカッションで、参加者それぞれが、講義を受けて感じたこと、考えたことをしっかりと言葉にしようとし、互いに語り合おうとする姿から、本当に良い学びの場となっていたことがありありと感じられました。

そして仏教を含め、いろんな分野に触れ、異なる方向性のお話を聞くことによって、これまで考えなかったことを考えたり、これまで自分になかった視点から物事を見つめるきっかけとなる、そんな学びの場が「スクール・ナーランダ」のねらいの一つであったと感じられました。また、感じたこと、考えたことを共に語り合えるということの楽しさも得られる場ともなっていて、若い人たちに、このような学びの場が今後も開かれるというのは、本当に有意義なことです。

また今回、多くの学生スタッフが関わっており、講師紹介や、各グループのまとめ役としてキビキビと動いている様子が見られ、本当に感心させられました。企画に携わったお坊さんやスタッフだけでは出てこなかったアイデアを出したり、しっかりと参加者をサポートした学生スタッフの存在が、今回の「スクール・ナーランダ」の成功の大きな要因の一つであったことでしょう。

3月には富山県・高岡市にて「スクール・ナーランダ Vol.2 富山」が開催されます。〈「土徳 – 土地からのいただきもの」が育むものづくり〉をテーマとして、富山のお寺を舞台に、また違った角度からの学びの場が設けられます。今と未来を生きるための学び場に、皆さまどうぞご参加くださいませ!

◆スクール・ナーランダ
本願寺ホームページ
http://www.hongwanji.or.jp
スクール・ナーランダFacebookページ
https://www.facebook.com/HonguanjiNalanda/

主 催:浄土真宗本願寺派 子ども・若者ご縁づくり推進室
協 力:本願寺/飛鳥山善興寺/浄土真宗本願寺派 高岡教区
企画・運営:子ども・若者ご縁づくり推進室/
有限会社エピファニーワークス/
株式会社モーフィング/学生メンバー
アートディレクション&デザイン:株式会社オバケ、mem

日下 賢裕

不思議なご縁で彼岸寺の代表を務めています。念仏推しのお坊さんです。