宗教のある暮らし

日々すっかり育児に追われ、早いもので息子は1歳半になりました。
これまでスクスクと成長し、体重は生まれたときの4倍近くの11キロ。
前は可愛く泣いていたものの、今は声量もアップしてうるさくワガママを言うようになり、成長のスピードにただただ驚かされています。1年前のホワホワした小さな身体、割れ物を扱うかのようにそっと抱いた感触、はじめて寝返りをした瞬間、完全燃焼したお産の経験…しっかり掴んだはずの一つ一つの大事な瞬間は指の間をスルスルと通り抜け、鮮明に記憶できていないのが正直なところ。どうにも儚いものです。

息子は毎日本堂で遊んでいる甲斐あってか、ご本尊に向かって手を合わせて頭を下げるようになりました。時には人のお数珠を奪って大人と同じように手を合わせているので、見ているこちらの方が驚かされます。ちなみに私はこの歳になって初めて「まんまんちゃん」という言葉を知ることになりました。これまで節目には両親も含めた家族全員で手を合わせる機会がありました。出産の退院後、久しぶりに家に戻り椅子に腰掛ける間もなくまず本堂とお内仏に手を合わせました。そのほか100日の節目や1歳の誕生日にも読経とお焼香をしました。そんな折に「誕生児初まいり」という案内が自宅に届きました。東別院(真宗大谷派の名古屋教区を取りまとめる寺院)で毎年行われているもので、お寺の子だけでなく、事前の申し込みで一般信徒の方も参加できるものです。もちろん主人も赤ちゃんの時に参詣したようで、私も当日まで楽しみにしていました。当日は50組以上の親子が本堂に集まり、お勤めの間に自分の名前を呼ばれたら順にお焼香をし、お土産に記念品を頂きました。1時間ほどのお参りも主役が自分だと分かっていない幼い子供たちが大勢なので、終始賑やかなお参りでした。私も初めての経験なので「お寺に生まれた子はこういう段階を経るのか」と新鮮な思いをしながら過ごしました。

一方クリスチャン家庭に生まれた私は、生後1ヶ月の時に洗礼式を受け(神父様から頭に聖水を少し掛けられクリスチャンネームを頂くものです)7歳の時に毎週日曜学校で勉強したのちに初聖体(イエスの体とされるパンを食べられるようになるためのもの)という儀式を受けました。初聖体は七五三のような喜ばしいものなので、通っていた教会では女子はウェディングドレスのような真っ白なドレス・ベール・お花の冠を被り、とても嬉しかった記憶があります。その後中学生になると堅信式(信仰告白と位置付けられています)というものを受けました。その他にも告解(いわゆる懺悔を神父様にする)を定期的にする機会があったり、夏休みに教会でお泊り会に参加したり、何より毎晩家族揃って祭壇の前でお祈りの時間があったり…と様々な経験をしてきました。

これから息子の前にはどんな経験が待っているのでしょう。
仏教のある生活、息子と一緒に初体験の連続でこれからも楽しみです。
私は親の意思でクリスチャン生活をスタートし、徐々に自分でクリスチャンだと認識していきました。息子はどんな心情でこれから歩むのでしょうか。

ひとまず次はお稚児さんをやるのかな?
いや、その前にお父さんやお爺ちゃんと一緒に「僕もお経にまわる」と言い出すのかな…?

こじま あゆみ

滋賀県出身。キリスト教(カトリック)を熱く信仰する家庭で育つ。6人兄弟の長女でクリスチャンネームはマリア。 2014年春、お坊さんと恋愛結婚しお寺に嫁ぐことに。現在名古屋市にある真宗大谷派・開闡寺(かいせんじ)の若坊守として日々奮闘中。京都の老舗木版画店「竹笹堂」の元店長。