仏前結婚式(前編)

結婚して早くも1年を迎える前に、自分の結婚式の話をします。

当日はとびきり桜が美しい季節でした。
それまでの結婚準備は目まぐるしく進み、中でも日取りについて即決だったのが印象的でした。お坊さんである彼は親戚・友人にもお坊さんやお寺関係者が多いのです。同日に開いた2次会パーティも出席者の約半数が僧侶でした。(宗派的に頭のツルっとした人が少ないので、私の友人たちは気付いていない)そんな事から結婚式の日程は「友引」の日を選びました。というのもお坊さんにとって「友引」は急なお葬式の予定が入ることが少ないからです。(友を引き連れるという迷信で避ける方が多い)そうなると結婚式の日取りは「友引の土日」に選択肢は絞られ、あっという間にスケジュールが決定しました。

当日の朝、私は近くのホテルで白無垢姿の支度をし、母親と共に花嫁ハイヤーでお寺へ。お寺に到着すると彼の親戚に出迎えられ、私は玄関からはじめに仏間へ通されました。そう、まずはお仏壇に手を合わす。個人的にはこれに驚きました。今日から永くお世話になるこの家のお内仏にまずご挨拶を済ませるのです。それから私の親戚が待つ書院へと移動しました。

部屋に入ると親戚一同緊張の面持ち。というのも、私の親戚は全員がクリスチャンで、未知の世界であるお寺の、しかも奥の部屋へ通され、そして目の前のお抹茶のおもてなしに一層緊張が高まっていたのです。そこへ彼の両親が現れ、ご挨拶と一緒にお数珠の配布がありました。私の親戚は自分の数珠を持っていないどころか、生まれてこの方ロザリオしか握ったことがなかったのです。なので「数珠って葬式に使うものじゃないの?」という叔父さんがいたほど。頂いた数珠を皆一斉に握り、彼の両親から持ち方などの説明を受けました。

その後本堂へ移動し、式のスタート。彼の親族と私の親族が向いあう形で座り、私たちはその間を雅楽の演奏隊とともに入堂しました。とても厳かな雰囲気。この日の彼の衣装はいつもの黒いお坊さんスタイルと打って変わって真っ白な法衣。そして薄ピンク色の五条袈裟でした。この衣装は彼の祖父・父が使い、日の目を見たのは今回で3度目。人生でこの日しか使わないレアものだそうです。

仏前結婚式は司婚者(しこんしゃ)というお坊さんが進行を勤めます。
一番の特徴は式の途中に「念珠授与」があること。てっきり指輪交換のように、新郎新婦がお念珠を渡し合うのかと思っていたら大間違い。入堂から私はお数珠を手にかけていたのですが、それとは別の尊前にあった記念念珠を司婚者から(合掌した手に掛けて)もらいました。この念珠授与は「2人の愛を誓う」というより、2人の出会いと結婚に至ったご縁を仏様に感謝する意味があるのだと思います。

そのほかには新郎新婦がお焼香をし、神社の結婚式と同じように三々九度(仏前式では交杯と言う)がありました。式の締めくくりは讃歌があるのですが、私の親戚は仏教でも歌を歌うことに驚いていました。特別結婚式で歌う曲ではなく、普段の法要の締めくくりでも歌われる「恩徳讃(おんどくさん)」という曲ですが、作詞が宗祖・親鸞聖人と初めて知ったときは驚きました。

無事に式が勤まり退堂すると、本堂の外には噂を聞きつけたご近所さんやお檀家さんが沢山いらっしゃいました。式が終わるタイミングを見計ったかのように人が集まっていたのには驚きです。知らない人にカメラを向けられたり、オメデトー!と声を掛けられたりして、「あぁ、お寺に嫁いだんだな」とやっと実感が湧いたのを覚えています。

(続き)

こじま あゆみ

滋賀県出身。キリスト教(カトリック)を熱く信仰する家庭で育つ。6人兄弟の長女でクリスチャンネームはマリア。 2014年春、お坊さんと恋愛結婚しお寺に嫁ぐことに。現在名古屋市にある真宗大谷派・開闡寺(かいせんじ)の若坊守として日々奮闘中。京都の老舗木版画店「竹笹堂」の元店長。