釈徹宗さん「住職論」インタビュー(松本紹圭)中編

釈徹宗さんへのインタビュー、続きです。
グループホーム「むつみ庵」について、かなり具体的に突っ込んでいます。
これからのお寺のあり方に、ひとつの方向性を示すお話しが伺えました。

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【松本】 形態を守ること以外に、新しく取り組まれていることはありますか。

【釈】 ひとつは、認知症高齢者のグルームホームである「むつみ庵」をやり出したことが挙げられます。公的な社会活動をしようと思ってNPOにしたんです。宗教的色合いが薄い社会活動です。仏教や真宗の伝道・布教には直結していません。また、この活動は地域雇用も視野に入っています。スタッフはほとんど近所の人なんです。それまでお寺とあまりつながりがなかったけど、「むつみ庵」のスタッフとして働くことでお寺と接点が密になったという人もいますね。これは予期していなかったことです。お寺のアウトプットとインプットの窓口がもうひとつできたみたいな感じですね。

【松本】 事業としてはどうですか。軌道に乗っておられるんですか。

【釈】 現行の介護保険制度が崩れなければ大丈夫ですね。運営側にそれほど儲ける気がなければスタッフにきちんと給料を払っていけます。事業を拡大するのが目的ではないので、今のところこの調子で継続していくつもりです。

【松本】 これからグループホームに取り組むお寺も増えるようですが、住職自身の生計も含め、お寺の事業創出という点でずばりおすすめできますか?

【釈】 おすすめです。住職自身の給料ももらっていけます。もともとグループホームは市民参加型福祉形態なんです。そしてお寺は地域の事情に精通しています。これが大きい。また檀信徒の協力も期待できます。古民家改修型なら、空き家を使えば始められます。どんな地域でも空き家のひとつやふたつはありますからね。お寺のほうで収入が確保できなくても、福祉事業のほうで一定程度確保できます。お寺と福祉は親和性も高い。

ただ、法改正で空き家を使った介護事業所が難しくなりました。建物の認可が下りないんです。グループホームの火災がニュースになるたび認可が厳しくなる感じです。かつてはもう少し自由度が高かったのですが、今は建物の防火・防災基準が厳しくて古民家改修型そのものが困難になっています。

【松本】 お寺がグループホームに取り組む意味はどこにあると思われますか。

【釈】 もちろんお寺じゃなくてもできることですし、お寺が付加価値を出せるかというとそうでもないです。お寺の独自性を出せるわけではありません。しかし、お寺が運営している安心感って、やっぱりあるらしいですね。お寺さんがやってるなら、あまり悪どいことはしないだろうとか。入居者の家族の人もお寺に来るんです。ちょっとした苦情とかが寄せられることもあります。

また、スタッフもお寺が運営しているという信頼感がある。利用者と、その家族と、スタッフの三角関係において、お寺が緩衝地帯になっている。

お寺への信頼感や安心感というのは、日本仏教が何百年かけて培ってきたものですね。この関係性は、なかなかお寺以外にはない独特のものです。たとえば、毎月の逮夜参りなんかでも、家の鍵をあずかっているお寺もありますからね。

とにかく、利用者と家族とスタッフの3つを行ったり来たりするのは役目のひとつです。「これは意外とお坊さんのする仕事かもしれないな」、などと思ったりもします。

【松本】 「お坊さんの仕事」にお話しが及びましたので、釈先生の目から見てそもそも僧侶の仕事とは何なのか、僧侶は何のプロなのかという点についてお聞かせいただけますか。

【釈】 本来、僧侶というのは「職業」ではなく「生き方」なのですが、日本仏教の場合は職業になってしまっている面がありますね。良し悪しは別にして、それがひとつの特徴。

【松本】 これまではおそらく職業としての僧侶はひとことで言えば「お経を読む人」だったんでしょうけど、これからはもう少し変わって来るかと思います。たとえば「むつみ庵」の三角関係の真ん中に立たれる釈先生の役割は、今風に言えばファシリテーターですね。これからの僧侶にはどういったスキルが必要だと思われますか。

【釈】 うちのお寺の地域では住職は公的役職と看做されていて、自治会長や民生委員には当たらないんです。住職はそもそも地域の調整役ということでしょう。地域事情に詳しいことが「むつみ庵」の仕事に役立っているのはありますね。どこそこの家庭はうまくいっていないとか、誰が入院しているとか、あの家の娘さんが婚約したとか、そんなことも知っている。

【松本】 場づくりっていうのも大きいですよね。

【釈】 そうですね。それは自分自身のテーマでもありますね。「むつみ庵」は、最近やっといい場になってきたなと思います。今までに何度か危機もあったんです。一番苦労したのは二年ほど前で、その時はもうやめようかなと思いました。はじめて「むつみ庵」で人が亡くなった時です。

それまでよく見えなかった「むつみ庵が抱えている問題」が、一人の人の死で露出したというか、噴出した感じでした。立て直すのに苦労しましたね。
その時に実感したのは、どんなによい活動だと思われることでも次第に偏っていく、ということです。始めた時は、大半の人が介護の初心者で、家庭的な雰囲気でした。スタッフの多くは、まるで自分の親の面倒を見ているようなつもりでやってたんです。だから互いに感情が出たりもする。時には掴み合いのけんかをするようなこともあったりして。僕はそれがいいことだと思っていたんです。ところが、気がつくと、偏ってしまっていて。プロとしてのドライさが必要な場面でもすごく感情移入してしまっていたりする。その温度差が、介護の勉強をきちんとした若手と自分の親を看取った古参の間で大きくなり、崩壊の危機を迎えたんです。方向修正に一年ぐらいかかりました。つまり、今までとは逆の方向性が必要となったのです。プロとしての介護事業所といった方向ですね。

そして、いずれまた逆の方向に引っ張らないといけない時期も来るに違いありません。こうして揺れながらバランスをとっていくことが大事だと思います。
今はなかなかよいバランスを保っています。一昨年はここで亡くなった方のお葬式をむつみ庵でしたんですけど、その時、ほんとにいい場になってきたなと感じましたね。

考えてみれば、本当の家族だって、揺れながらバランスとっているわけです。だからそのあたりの見きわめが調整型リーダーの役目ですね。必要な能力でしょう。今まで言ってたことと全く逆のことを言わなければならない時があるんですね、特に「場」がテーマである場合、調整が重要になります。宗教者の場合は哀しみや喜びに寄り添うという姿勢が大切ですが、施設運営はもっとテクニカルになります。うちはほとんどメンバーが変わらないんですけど、それでもときどきスタッフが退職したり新しく入ったりすることもあります。ですから、こちらの現状と方針を的確に伝えていくために役職者ミーティングを始めたりしました。また意識的に外部の人や第三者の視点を入れたりもしました。

【松本】 おそらくグループホームやNPOもそうですが、きっとお寺本体も、外部者というか外の方の力を上手に入れていくことが大事だと思うのですが、いかがでしょうか。

【釈】 そうですね。それは重要なポイントでしょう。お寺も家内制手工業みたいに家族で運営していく場所になりがちですからね。うちの場合は責任役員がお寺の内部にまで関わりますので、地域のカテゴリー内ではありますが、ある種外部への回路が担保されています。でも、都市部のお寺ではかなり意識的に外部の視点や力を取り入れる必要があるのでしょうね。

ところで、現代社会には「仏教には興味あるけどお寺には興味ないという人」は多いと思うんですけど、松本さんご自身は「お寺の役割に期待している人」が増えてる感じはありますか。

【松本】 私と接するような人だからそういう傾向があるのかもしれませんが、面白い傾向としては、今までこんな人はお寺に興味なかっただろうなという都市部の第一線で仕事をされている方々が、個人としての仏教への関心と共に、社会資本(ソーシャルキャピタル)としてのお寺に注目しているようです。

【釈】 日本仏教を駄目にした諸悪の根源みたいに言われてきた「寺檀制度」が社会資本として注目される日が来ようとは、思わなかったですね。

【松本】 とあるコンサルティング会社の社長さんとお話ししたときに、目に見えない資本、つまりバランスシートに載ってこないような資本があるんじゃないかと。関係性資本や人的資本など目には見えない資本が企業経営の世界でも注目されていますが、お寺はその点では非常に優れたものを持っています。未来の住職塾では、それを「無形の価値」と呼んでいます。それを良い意味で可視化することができたらいいなと思い、「お寺360度診断」などのプログラムを開発しました。

【釈】 なるほど。その文脈で私が今考えているのは、地域にはけっこう医療資源が眠っているんじゃないかということです。地域にリタイアした医師や看護師さんなんかがいらっしゃいますよね。そしてお寺は地域や家庭内のことにすごく詳しいです。それらを組み合わせて地域医療・在宅医療を何とかできるモデルが作れないかなと考えているんです。

(次回へ続く)

→釈徹宗さん「住職論」インタビュー(松本紹圭)前編はこちら
→釈徹宗さん「住職論」インタビュー(松本紹圭)後編はこちら

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