3.地下納骨堂潜入記  ~骸骨考 in Paris~

Catacombes de Paris

みなさんは「パリ」と聞いて、何を思い浮かべますか?

ほとんどの人が「華の都パリ」=「華やかで洗練された大都会」をイメージされるのではないかと思います。わたしもこれまで度々パリに滞在しましたが、何度訪れても飽きることがない大変楽しい街です。

しかし、華やかな街には必ず影の側面が存在します。昨年、私は日本人観光者がほとんど訪れることがないパリ都心の地下にあるCatacombes(カタコンブ=納骨堂)を訪問しました。

「パリまで行って、なぜわざわざ納骨堂に・・・?」とみなさんは思うかもしれません。しかし、驚くことなかれ。この納骨堂はパリの人気観光スポットになっていて、入場まで4時間待ちなんてこともザラらしいのです。

私がこの場所に興味を持ったのは、養老孟司氏の『身体巡礼』という著書を読んだことがきっかけです。その本ではヨーロッパの様々な納骨堂を巡る様子が描かれていて、それによってヨーロッパの人々の死者に対する感覚や埋葬文化に興味を持ちました。そして、ネットで調べているうちにこのカタコンブの存在を知り、パリに行ったときにぜひ一度ここを訪問してみたいと思っていました。

わたしが訪れたのは11月下旬。寒風吹きすさぶ中、2時間以上行列に並んだ末に入場券を手に入れ、延々と続くらせん階段を降りていきました。そして、ようやく地下納骨堂の入り口までたどり着くと、そこにはフランス語で「止まれ!ここが死の帝国である」という掲示があり、その言葉の下をくぐると、骸骨の世界が果てしなく広がっていました。

納骨堂内は立ち止まらずに出口まで歩いたとしても40分くらいかかってしまうほど巨大な構造ですが、これでも現在見学できる場所は納骨堂のごく一部。あまりの広さゆえ、1793年にはこの納骨堂内で行方不明者が発生し、11年後にその人が白骨となって見つかったということが実際にあったとか・・・。


join the majority

現在ここには約600万人以上の遺骨が安置されています。まさに文字通り「死の帝国」です。もともとこの場所は1700年代まで採石場でしたが、パリ市内での深刻な墓地不足を解消するために人骨が集められ、1800年代に入って納骨堂となりました。

このとき同行してくれたパリの知り合いは毎日地下鉄でこのカタコンブのすぐ脇を通っているらしく、骸骨を見ながらパリのアンダーグラウンドの奥深さに驚愕していました。私は僧侶ですので、遺骨を見る機会は一般の人々よりも多いはずですが、これだけのお骨を見る経験はさすがに初めてでした。

ここの入場者はいつも200人と制限されているため、納骨堂内部は生者200人対死者600万人。生者が圧倒的な少数派となり、歩いているとかなり肩身の狭い思いをします。

英語では「死ぬこと」を”join the majority”(多数派へ加わる)と表現することがあるそうです。この表現を最初に聞いた時、わたしは少し違和感を覚えましたが、人類は非常に長い歴史を有しているわけですから、死者が生者に比べて多数派であることは当然のことかもしれません。納骨堂内を歩いていると、この言葉が嫌でもしっくりとしたものになります。

わたしは白骨が並ぶ薄暗い廊下を約40分間黙々と歩き、らせん階段を登って、ようやく地上の世界に戻りました。すると、地上のパリはクリスマスを間近に控えていつも以上にきらびやかに輝いていました。通りを歩いている人々はみな幸せそうで、まさか自分のすぐ足元に「髑髏だらけの世界」が広がっているなんて誰も気づいていない様子でした。

「死者がいない地上の世界」と「死者だらけの地下の世界」

地上に戻ってからしばらくの間、地下と地上のあまりのギャップに私の頭は混乱していました。「つい先ほどまで見ていた死者の世界は一体なんだったんだろうか・・・?」と。


Memento mori

リリー・フランキー氏の著書『東京タワー』の中で、母親の死後、東京タワーに登って街を眺めた際に東京都心に存在する墓の多さに驚く場面があります。確かに大都市の中で普通に生活をしていると、「死」を巧妙に覆い隠す仕組みができあがっているため、そこにあるはずの多数の「死」の存在になかなか気づくことができません。しかし、無数の「死」が存在していることは紛れのない事実です。

皆さんは、一休さんがお正月に杖の先に髑髏をつけて京都の街中を歩きまわったというエピソードをご存知でしょうか?「めでたいお正月にこんなことをするなんて・・・」と街の多くの人々から顰蹙を買ってしまったようですが、これは「髑髏(死)を強く意識することによって、諸行無常という真理を確認し、他者や自分自身の生き方を修正する」ことを目的としているといえます。

浄土真宗のお葬式や初七日などのお勤めの際には、『白骨の御文章』(本願寺第八代の蓮如上人が書かれたお手紙)を拝読します。

「朝(あした)には紅顔ありて、夕(ゆうべ)には白骨となれる身なり」

という言葉は有名ですので、ご存じの方も多いかもしれません。

『白骨の御文章』は、人生の儚さを強く自覚するとともに阿弥陀仏に深く帰依し、念仏を強く勧める内容になっています。この御文章を葬儀などで拝読することによって、そこに残された者が自分自身の死(後生)を意識し、いままでの生き方の見直しを促すというねらいがあります。

今回、掲載された髑髏の写真を見て、気持ち悪いと感じた方がたくさんいらっしゃると思います。しかし、当たり前ですが、死はどんな人間でも決して避けられないものです。わたしは「もし、毎日このカタコンブに来る機会があったら、自分の生き方がきっと違ったものになるだろうな」と感じました。なぜなら、髑髏を見つめることが、自分自身の現在の生をみつめることになるからです。

1874年にはじめてこのカタコンブが公開されて以降、常に絶えることなく多くの人々がこの場所を訪れています。もちろん、心霊スポット(お化け屋敷)のようなノリで集まっている人々が多いことは否めませんが、百数十年もの間パリの人々を強く惹きつけ、現在でも長時間行列に並んでまで人々がこの場所を訪れるのは、「髑髏(死)と直接向き合うことが自分自身の生き方になんらかの意味をもつ」ということを多くの人々が潜在的に感じとっているからなのかもしれません…。

江田智昭

浄土真宗本願寺派僧侶(布教使)。1976年 福岡県生まれ。 早稲田大学社会科学部・第一文学部東洋哲学専修卒、文学研究科(東洋哲学専攻)中退。 2007年より築地本願寺内の(社)仏教総合研究所事務局において、仏教雑誌『ジッポウ』、『親鸞の歩き方』(ダイヤモンド社)等の編集、「プロジェクトダーナ東京」の立ち上げを行う。 2011年~2017年までデュッセルドルフのドイツ惠光寺において、ヨーロッパ開教や日本文化を発信する事業に携わり、2017年7月より(公財)仏教伝道協会に勤務。