4.ダライ・ラマとドイツの難民問題

・ドイツへの難民流入

みなさんは「ドイツ政府がどのくらい難民を受け入れたか」を知っていますか?

ドイツ政府は2015年に約89万人、2016年に約28万人の難民を受け入れたと言われています。(これらの数字を足すと、約117万人になります)

ドイツの人口が約8000万人ですので、ここ2~3年の間に難民の影響で人口が1パーセント以上増えたことになります。日本でもこの話題はニュースで頻繁にとりあげられていたようですので、ご存じの方も多いのではないでしょうか。

私は2011年からデュッセルドルフに住んでいます。しかし、来た当時と今とでは街の雰囲気がかなり変わりました。たとえば地下鉄に乗っても、以前は車内でほぼドイツ語しか聞こえてきませんでしたが、現在はドイツ語以外のよくわからない言語を聞く機会が非常に多くなりました。

デュッセルドルフでは市内のそれぞれの地域によって難民の受け入れ人数が決まっています。その関係で私が住んでいる通りには難民の方々が約数十名生活をしています。また今年のはじめ、家から徒歩20分ほどの場所に約四百人の難民が生活する大きな施設が完成しました。

 

・難民への複雑な思い

ちょうど昨年の秋ごろ、その新しい難民施設のすぐ近くに住む知り合いのドイツ人と話をしていて、その施設の話題になりました。

「確かに難民の人たちは非常にかわいそうだし、個人的に難民の受け入れには賛成なんだけど、こんな田舎に400人も受け入れるのはさすがに多すぎるよね・・・」

そう言いながら、彼の表情が曇っていきました。自然が非常に豊かで、そこに漂う牧歌的な雰囲気が私も大好きだったので、「知り合いの表情が曇ってしまうのも無理はないな・・・」とそのとき少し感じました。

私が見る限り、ドイツ政府が大量の難民受け入れを表明した直後(2015年ごろ)、大半のドイツ人たちは難民を大歓迎という雰囲気で受け入れていました。駅に到着した難民の人々をドイツ市民たちが暖かく出迎える映像が連日テレビで流れていたことをわたしはいまでもよく憶えています。

しかし、2015年の大晦日にケルンで発生した集団性暴行事件を契機にドイツ国内の雰囲気がガラッと変わってしまいました。それ以後、諸手を挙げて難民を歓迎するといったニュースが聞かれなくなりましたし、実際にドイツ政府は難民の受け入れを大幅に縮小していきました。

 

・ダライ・ラマのインタビュー

そんな状況の中、昨年ドイツの新聞『フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング』(Frankfurter Allgemeine Zeitung)にダライ・ラマのインタビュー記事が掲載されました。その中で、「難民の人々は最終的には祖国に帰り、自分たちで祖国を再建すべき」と答えたことが大きな波紋を呼びました。

このインタビューはアメリカの『ワシントンポスト』やイギリスの『インデペンデント』でも取り上げられ、「ダライ・ラマは難民に対して排外的ではないのか?」という批判的な記事が掲載されました。

わたしの拙い翻訳で恐縮ですが、ドイツの新聞紙上でダライ・ラマは「現在のヨーロッパの難民危機」に関する質問に対して以下のように答えていました。

「それぞれの難民の顔をみると、特に子供や女性に対して非常に気の毒に思います。ある程度豊かな人々は彼らを助ける責任があります。その反面で、ヨーロッパにはこれまでに多すぎる人が入ってきました。ドイツはアラブの国になることはできません。ドイツはドイツです(笑)。実行するにあたって、困難なことは非常にたくさんあります。道徳的な観点から一時的に難民の人々が受けいれられることが大事ですが、目的は祖国へ戻り、祖国を再建させることです」

私自身はこれを読んで、そこまで大きな問題になるような受け答えとは感じなかったのですが、最後の部分が大きく取り上げられてしまったようです。

ヨーロッパ内でのダライ・ラマの影響力は絶大であり、仏教=ダライ・ラマといっても良いほどです。ですから、この発言は仏教界全体の考えとして多くの人々に受け取られました。

ネットの記事のコメント欄には多数の意見が寄せられ、もちろんダライ・ラマ(仏教)に対してがっかりしたなどという批判的なものもありましたが、私が読む限りではダライ・ラマに賛成する意見も多いようでした。

ヨーロッパ、特にドイツでは難民に対して意見が言えない空気が存在していることは事実です。50年以上難民生活を強いられているダライ・ラマだからこそ、このように踏み込んだ発言をしたのではないか・・・と個人的には推測します。

また、この発言の背景にはダライ・ラマ自身が西洋社会を回りながら、「キリスト教徒(大半のドイツ人)とイスラム教徒(大半の難民の人々)の共存が非常に難しい」という認識をはっきり持っていることが関係しているのではないかとわたしは思います。

 

・キリスト教とイスラム教

日本ではキリスト教とイスラム教の相違や対立のようなものを肌で感じることはまったくないかもしれません。しかし、ドイツにいるとたまにそれを感じることがあります。

例えばわたしの身近な経験としては、イスラム教の女性が身に着けているヒジャブ(頭にまくスカーフ)に強い抵抗感を示すドイツ人をたびたび目撃し、それに違和感を覚えることが過去にありました。

確かいまから4年ほど前のこと。惠光寺にヒジャブをまとった人たちが入ってきて、近くにいたドイツ人たちから「ヒジャブを身に着けたままお寺に入ってよいのか?」と質問されました。そのとき、わたしは「信教の自由があるので、ヒジャブを脱いでくれとは言えない」と答えました。

「この答えが正解だったのか?」-正直なところいまでもよくわかりません。しかし、参観に来ていたドイツ人たちがそのあと冷ややかな目でヒジャブをかぶったイスラム教徒をじっとにらんでいたのを今でもよく覚えています。(その後もこれと同じようなことを何度か経験しました)

私が住むノルトラインヴェストファーレン州では過去にこのヒジャブをめぐって一度騒動が起こりました。州内では法律的に学校教員の宗教的シンボル着用が禁止されているため、2007年にヒジャブを着用していた学校教員(イスラム教徒)がそれを理由に解雇されるという事件が起こり、大きな波紋を呼びました。

また、ヒジャブ以外でもいまから約4年ほど前、イスラム教のコーランをサラフィスト(イスラム教の過激派の一派)の関係者がドイツの都市で大量配布し、大きな社会問題に発展することがありました。

ドイツは当然のことながらキリスト教の社会です。「宗教同士仲良く共存しよう!」と言うことは実に簡単なことですが、どうしても摩擦がおこってしまいます。ダライ・ラマの言葉を借りると、結局、「ドイツはアラブではなく、やはりドイツなのです」。

 

・一外国人としての想い

正直なところ、「今回難民を大量に受け入れたことがドイツ社会にとって良かったのかどうか?」、また、「難民のひとたちが今後ドイツにとどまるのか?それとも、祖国に戻るのか?」-それは数十年経ってみないとわかりません。

しかし、現在多くの国が自国ファーストの立場をとる中で、人道的な立場に立って多くの難民を受け入れたドイツ政府の姿勢は素晴らしいことだと個人的には思います。

わたしも外国人としてドイツ国内で6年間生活をしました。嫌な事ももちろん少しはありましたが、基本的にはドイツの人々や社会に非常に暖かく受け入れてもらいました。

ドイツで生活した一外国人として、また一仏教者として「さまざまなものに対して寛容なドイツ社会であり続けてほしい」とただただ望むばかりです・・・。

江田智昭

浄土真宗本願寺派僧侶(布教使)。1976年 福岡県生まれ。 早稲田大学社会科学部・第一文学部東洋哲学専修卒、文学研究科(東洋哲学専攻)中退。 2007年より築地本願寺内の(社)仏教総合研究所事務局において、仏教雑誌『ジッポウ』、『親鸞の歩き方』(ダイヤモンド社)等の編集、「プロジェクトダーナ東京」の立ち上げを行う。 2011年~2017年までデュッセルドルフのドイツ惠光寺において、ヨーロッパ開教や日本文化を発信する事業に携わり、2017年7月より(公財)仏教伝道協会に勤務。