夏の旅日記 禅僧の咀嚼しづかやみどり差す

「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。舟の上に生涯をうかべ、馬の口とらえて老をむかふる物は、日々旅にして旅を栖とす(松尾芭蕉/奥の細道)」
ひさしぶりの帰宅。
5、6月は日本に滞在、7月下旬にベルリンに帰着、2日後には車で南フランスに向かいベトナム出身の禅僧、ティクナットハン師の瞑想センターで1週間、その後南ドイツにある日本出身の禅僧、中川正壽老師の普門寺を訪ねた。ようやっとこの7月末にアパートに落ちついたところだ。
今にはじまったことではなくここ数年は毎日が旅のよう。備忘のため時々の感想を書きとめたメモから、ここにまとめて記しておく(長文です)。
目次
【1】映画撮影
【2】鳥取県と日本
【3】プラムビレッジと普門寺
【4】謝辞とリンク
【1】映画撮影
 今回日本に帰ったのは2015年8月に彼岸寺の杉本恭子さんから、松尾芭蕉の映画の製作を担当している柏本奈津さんを紹介頂いたのがきっかけで、もう二年も前のことになる。この映画はスイス出身の映画監督リチャード・ディンド氏の創るドキュメンタリーフィクションで、監督は松尾芭蕉とその弟子河合曾良を演じる役者としてホンモノの禅僧を探していた。
 ちょうどその翌月に東京で監督と会う機会があり話を聞くと、撮影は天気待ちがあるため二ヶ月は日本にいて欲しいという。面談の末、長期の日本滞在費用、往復の航空運賃をまかなえるだけの出演料をプロダクションが負担してくれることになり、2016年の春から日本に滞在する運びとなった。その後資金難のため撮影が延期になったが、1年後に目処が立ち、今年2017年の5月から約2ヶ月、奥の細道を辿って日本各地で撮影することになったというわけだ。

 芭蕉の映画に関わることが決まり、暫く連絡をとっていなかった俳句好きの正子おばさんに連絡をとると、甥のためにと一句を読んでくれた。

「禅僧の咀嚼しづかやみどり差す」 2017年5月14日 正子
 旅すると、あまりに多くの感動をどこかに書きとめたくなる。ところが書けば書く程書きたくなると同時に、書けば書く程書きたくなくなるという矛盾した気持ちが起こる。それは「一番写真を撮りたいその瞬間は、まさに一番写真をとりなくない瞬間である」のと似ている。
頭の中で制限なく膨らむ言葉をわずか17文字に磨き落としていく俳句のあり方が好きだ。それは「行き過ぎた資本主義社会」を好転させる鍵になるはずだ。”禅はひとつ先の未来を予言するか”
(2017.3.29 佐々涼子氏による「行き過ぎた資本主義社会」についてのインタビュー記事)
https://www.tjapan.jp/ART/zen
 撮影とは別に最も印象に残ったのは松尾芭蕉役を演じたある臨済宗の老師の存在だ。この「芭蕉老師」が映画を抜きにして素晴らしい禅僧であった。老師と同じ車で移動することが多く、少年時代のこと、お坊さんのこと、家族のこと、日本のこと、イタリアのこと、たくさん話を聞かせてもらった。おかげで撮影は毎回とても深い学びの場となった。
 老師の父親は京都の祇園にある金物屋で、家から歩いていけるところに建仁寺があり、祇園の花街があった。被差別部落もあった。生活環境の大きく異なる人達と分け隔てなく接することを学んで育った老師少年は、運命に導かれるようにして禅の修行道場に入り、お坊さんになった。今は一寺の住職かつ高位の役僧でありながらそのことを少しも感じさせない。奢るわけでも、卑屈になるわけでもない出会う人々との絶妙な接し方からは、京都の中心という「難しい立地」のお寺で禅的な生活と娑婆の生活を見事に両立させている様子が伝わってくる。老師が若かった頃、母上が老師が出家したことを心から喜んでくれたことが何より嬉しかった、と子供のように顔をほころばせながら語ってくれた。何だか私も嬉しくなった。
 当然撮影自体も素晴らしいものとなった。京都のお寺や映画村、日本海に面した漁村、奈良、飛騨高山、宮城、山形、、、日本の美しい風景を残したいという監督の意向から、たくさんの場所を歩いた。
芭蕉は出家していたとの説もあり、私が禅の旅で度々訪れる永平寺、天龍寺(http://www.tenryuji.net/)の住職とも交流があったようで奥の細道でもたずねて俳句を残している。永平寺を降りてから偶然出会ったヒップホップ少年に連れられて天龍寺と出会い、今ベルリンからこの映画のために芭蕉に再会した人生の旅路を想うと、自分が今江戸時代にも平成時代にもいるような、支えてくれる山川草木すべての存在が兄弟家族のような不思議な気持ちになる。
 監督は現在スイスに戻って編集作業中、今年秋には編集を終え、スイスでの公開、映画祭などに出展したいとと語っていた。いつかベルリン映画祭で作品を見ることができるだろうか。

【2】鳥取県と日本

 旅の他に二つの栖があるとしたら、それはドイツと山陰だ。私にとってそこでの暮らしはコインの裏表のようでお互いなくてはならない。ドイツに住むようになってますます山陰でのご縁が増えた。今回の滞在でも兵庫県の安泰寺(http://antaiji.org/ja/)、鳥取県智頭町の友人宅、名パン屋さんタルマーリー(https://www.talmary.com/)を訪ねて寝食を共にさせてもらった。
またそこでの出会いがきっかけで地元米子市が抱える産業廃棄物最終処分場の建設計画の問題を知り、関わることになったのは大きな出来事だった。ゴミ問題については以下の雲水喫茶ブログ記事に記載
“【告知】水と暮らし”
“フリーペーパー “MADO BERLIN”
 結局6月24日に鳥取県米子市で開催されたパレードに加わり、多くの人々と米子駅前を歩くことになった。最初は行かないと言っていた両親が参加してくれたこと、ベルリンからベンジャミンさんがパレードに加わってくれたこと、これをきっかけに高校時代からの友人と会って故郷について話せたことは感無量だ。
 当地だからこそ、隔地だからこそ、できることがある。
 今後の日本の行く末に不安を抱いている人は少なくないと想像するが、独立した温故知新の暮らし方をコミュニティで実践することでのりこえることができるはずだ。そのためには数百人規模の小家族視点と数億人規模の大家族視点を併せ持つことが必要だと感じた。

【3】プラムビレッジと普門寺

 2ヶ月の日本滞在を終え、ベルリンに戻って二日後に9人乗りのレンタカーを借りてプラムビレッジへと旅立った。

 プラムビレッジはベトナム出身の禅僧、ティクナットハン師が30年程前に開いた瞑想の為のコミュニティで、男性僧侶のためのUpperHamlet, 女性僧侶のためのNewHamlet, 一般の家族のためのLowerHamlet、ベトナム出身の人々が滞在するMiddle Hamletなどいくつかの村からなっている。

 プラムビレッジの概要や、そこで行なわれている行事の詳細はプラムビレッジのウェブサイトに詳しい。
“ティク・ナット・ハン マインドフルネスの教え” (プラムビレッジ)
また専門用語や背景からリトリートの様子まで非常にわかりやすくまとめた滞在記も検索されたのでこちらも参照されたい。
“プラムヴィレッジ滞在記”(コマメディア ー史上最弱の仏弟子 コマメー)
 ここでは人との出会いを中心にごくごく個人的にプラムビレッジで感じたことを書きとめておく。

 旅のきっかけとなった出会いはプラムビレッジの僧侶であるチャイさん(Trai Nghiem師)がベルリンの道場を尋ねて下さったことだった。チャイさんのまとうなんともいえない清澄な空気に衝撃を受け、是非またこのような方の暮らすサンガを訪ね、その生活の様子を知りたいと思った。

 彼女は日本人の両親を持ち、ベルリンにある世界的なオーケストラでバイオリニストをつとめる一流のアーティストでありながら、2009年にプラムビレッジで出家した。当初は南フランスの田舎にあるプラムビレッジで静かな生活を送るものかと思っていたが、タイ(ベトナム語で「先生」の意味で、プラムビレッジでは皆がティクナットハン師のことを敬愛を込めて「タイ」と読んでいる)に「君はこれからツアーに行きなさい」と言われ、再び教えを広める旅に出るようになり、ここ数年では日本でのリトリートのためにも来日されている。
(チャイさんについてはこちらのウェブサイトのインタビューに詳しい)
 チャイさんのお心遣いで彼女が常住するNew Hamletで開催される、ドイツ語を話す家族向けのリトリート(合宿のようなもの)に日本語通訳つきで参加できることに。
東京から友人の荻野淳也さんとその家族、ベルリンから先述のベンジャミンさんが加わってくれることになり、結局ベルリンハウスから大人2名、子供3名を併せた合計9人での賑やかな旅となった。淳也さん、ベンジャミンさんと交替で運転した車の走行距離は4500キロに及んだ。この二人の協力なしにはプラムビレッジ訪問は叶わなかった。
 7月22日のお昼頃、滞在するNew Hamletに到着した私たちがまず圧倒されたのは尼僧さん達の遊戯三昧な笑顔であった。
 「自由」なのだ。
 「自由」といわれると昨今では堕落したり自分勝手になりがちだが、ここでは違った。
なぜなのか。
 尋ねていくとまずプラムヴィレッジでは僧侶達が二週間に一度集まって戒律を守っているかどうかお互いにチェックをしていることがわかった。一人一人が「自発的に」工夫しながら戒律を守っているためか(勿論小さい問題は多くあることは想像に難くないが)大きな問題は起きず「自由」がうまく機能しているようだ。

 ここでは「戒律」と書いたがそれらは僧侶向けのもので、リトリートに来た在家一般の人達には以下5つの「マインドフルネストレーニング」として親しまれている。以下サイトから抜粋引用する。

“5つのマインドフルネストレーニング”
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1、いのちを敬う
いのちを破壊することから生まれる苦しみに気づき、相互存在を洞察する眼と慈悲とを養い、人間、動物、植物、鉱物のいのちを守る方法を学ぶことを誓います。
2、真の幸福
搾取、社会的不正義、略奪、抑圧による苦しみに気づき、自分の心、発言、行動をもって寛容さを実行することを誓います。
3、真実の愛
性的な過ちによる苦しみに気づき、責任感を育て、個人、カップル、家族、社会の安全と誠実さを守る方法を学ぶことを誓います。
4、愛を込めて話し、深く聞く
気づきのない話し方と、人の話を聴けないことが生む苦しみに気づき、愛をこめて話し、慈悲をもって聴く力を育てます。
5、心と身体の健康と癒し
気づきのない消費によって生じる苦しみに気づき、マインドフルに食べ、飲み、消費することを通して、自分と家族と社会に心身両面の健やかさを育てていくことを誓います。
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これらは一般に日本でいう五戒、すなわち
1、不殺生戒(殺さない)
2、不偸盗戒(盗まない)
3、不貪婬戒(淫らな行ないをしない)
4、不妄語戒(誤ったことをいわない)
5、不酤酒戒(酒に溺れない)

に対応するものだが、否定文ではなく肯定的な表現でこれらを守るよう促したものが「5つのマインドフルネストレーニング」といえる。

このトレーニングを実践するために、お寺でのいわゆる「在家得度式」と同じような儀式を誰でも受けることができる。

 驚いたのはリトリートに参加した人は5項(うち任意の1項でも可)を守るための誓約書を書くだけで、最終日に行なわれる「得度式」を受けることができる点だ。式への参加は無料で希望者には法名ももらえる(リトリートの参加費は有料。今回はテントに泊まって大人1人7日間で300ユーロだった)。

 5つの項目を読んで頂ければわかる通り、これらは在家の人達であっても守るべきもので、ましてや僧侶としてはごく自然に守りたいものばかりだ。この5つを厳格に守っていれば数百に及ぶという僧侶向けの「ホンモノの戒律」も守ることになるだろう。

  さらに驚いたのは参加者の中でこの「得度式」を受ける人の割合の多さだ。日本でも例えば永平寺の御受戒会では同じようなことが行なわれているが、善し悪しではなく規模と頻度が全く違う。このリトリートはプラムビレッジそれぞれの村で年中繰り返し行なわれているのだ。Upper Hamletだけでもこれだけたくさんの老若男女が「得度式」を受けたいと思わさせる力。

 ちなみに「5つのマインドフルネストレーニング」は少なくとも月に1回は5つの項目を声に出して読むことが求められる。そうしなければこの得度式は無効になる。「気軽に仏弟子」になれる反面、本気で継続して実践しないと歩めない道であることも伝えるよく練られた仕組みだと思った。鎌倉は円覚寺の横田南嶺老師が、戒と言うのは本来「よい習慣をつける」意味だとおっしゃっていたことを思い出した。

戒律は本来人々を拘束するものではなく、自由にしていくものだからだ。初めて仏教に触れる人も迷わないように、自発的、積極的に戒律を守れるように、コミュニティ全体で深く配慮されていると感じた。何より実際にプラムビレッジに集った人々が老いも若きもこの戒律をもって自由に活き活きと暮らしている様をみると、日本の僧侶も

「戒律を守り、また実際に守ることができているか定期的にチェックする」

ことをとりいれるとよいのではないか、と思った、まずは自分から。今後受戒が世界にどのような影響を与えるのかとても楽しみになる。

 さて、チャイさんは今回唯一子供連れ、初参加、かつ日本人である私たち(他にも数名日本出身の参加者に出会った)のために色々と便宜を図ってくださった。彼女はドイツ語を話す主にドイツから来た20名程の参加者グループのまとめ役を勤め、一人一人の話に深く耳を傾けながら、同時に日本の子供達のために数カ国後が飛び交う法話や各イベントでも丁寧に日本語通訳をし、また4日目の「休息日」には子供達を近くのお城に連れていき遊んで下さった。底知れぬエネルギーは並々ならぬ慈悲の力か。彼女への感謝は言葉では表現しきれない。
 また子供達のお世話のお手伝いにと昨年出家した日本出身の二人の僧侶を紹介してもらったことも大きい。その二人とは男性の徳本天師と女性の梅田月師。徳本、梅田、と書くと日本の名字のようだがベトナム語、英語にするとそれぞれドゥックバン/マイディエン、Sky of Original Virtue/Moon over Field of Plum Blossomsという意味でとても情緒深い。
 姐さん(チャイさん)、徳さん、梅さん、日本からプラムビレッジで出家した3人の兄弟姉妹。3日目にはUpper Hamletから徳さんがNew Hamletに1日滞在して下さり、草の上に円座してお茶を淹れてくれた。日本ではお茶農園で長く仕事をしていた徳さんの日本茶は格別だ。ゆっくりと遊びながら、彼らの飾らない話しが聞けたのは心躍る出来事だった。
 New Hamletは尼僧さんの村であるため、徳さんは泊まることができない(本来はセカンドバディシステムというものがあって戒律を守るため僧侶は単独では出歩くこともできないが、今回は私が一緒であるためよいことになったようだ)日が暮れる前に彼の部屋のあるUpper Hamletまで車で送らせてもらった。片道小一時間かかる車内でたくさん話を聞き、竹林の向こうにあるタイが昔住んでいた家屋や、開山堂、坐禅堂、仏殿を一緒に拝登した。どの場も質素で温かさに溢れていた。
 タイはコミュニティ(サンガ)を何より大切にしているという。コミュニティは家族のようであるべきだとして、様々な言語、文化的背景を持った人々がひとつのコミュニティとして暮らしていけるように多くの工夫がなされている。
食事後の片付けのシステム、掃除のシステムも非常によくまわっている印象を受けた。具体的な仕組みは今回聞くことができなかったが、おそらく1人1人が「自律的に」なおかつ互いを尊重しながら生活を工夫するバランス感覚が際立っていることが大きな要因だろう。
徳さん曰く、
例えばベトナム出身の女性の僧侶が多いニューハムレットはどちらかというとSeniority(年功序列)が強く、欧米出身の男性が多いアッパーハムレットはdemocratic(民主的)で自由な雰囲気が強い。democracyとseniority、どちらにかたよってもいけない、どちらも重要である。年配の人を敬うベトナムの伝統に加えて欧米風のdemocracyも融合し、年少の人も声をもっていることがうまく機能している。2015年にタイが病気で重体になったのを契機に、サンガの僧侶達の目が覚めた。強力なリーダーがいなくても一人一人がサンガの調和を保てるように繰り返し議論された。タイは奇跡的な回復を見せ、結果サンガの状態はよりよいものになったのだ。と。熱く語っていたのに胸を打たれた。

 こういった一つ一つの空気感が多くの人の心に響き、「マインドフルネストレーニング」を実践したいと想えるようにする。また来年も来たいね、と皆でいわざるをえない素晴らしさ。
 私たち僧侶は坐禅堂に坐っている時だけでなく、いつどこにいても身体と人と環境を調和させるよう益々精進しなければいけない。プラムビレッジの兄弟姉妹の暮らしはそう強く想わせるに十分であった。
 最終夜のセレモニーでは大きなホールに参加者全員が集う。ホールから少し離れた屋外で、泣く子をあやしていると、美しいアリアを風が運んで来てくれた。チャイさんのバイオリンと夏来さんのピアノだろうか。
やがて陽はとっぷり暮れ、蓮の池に広がる空には月が浮かんでいる。星で埋め尽くされた真っ暗闇を子供達が踊り回っている。もっと星が見えるところにという男の子に手を引かれ、暗がりのラズベリーの木の側に向かった。ぎゅっとにぎってくる手が温かい。子供の頃父親に手をひかれて見上げた山陰の夏夜空が、今こことつながった気がした。
子供達が寝静まった後夜23時を過ぎてテントをたたみ始め、25時半までかかって荷物をまとめた。チャイさんが用意してくれた部屋で仮眠をとった。

 翌朝は5時に飛び起きて出発。梅さんがお弁当を作ってくれた。59歳でありながら率先して行動してくれるベンジャミンさんの二十歳のような若さにあらためて驚嘆する。

休憩をはさみながら1400キロを走り、夜遅くドイツにある普門寺に到着した。
“普門寺の歴史”

http://doitsufumonji.com/history

翌朝は普門寺の暁天坐禅二炷、朝課に参加させてもらった。美しい境内で中川正壽老師とお弟子さん、リトリートに参加していた人達と一緒に朝食を頂いた。
大先輩でありながら優しく謙虚な声。老師のもの静かでかつ力強い姿に日本の僧侶の魅力を発見し、なんだか誇らしい気持ちになった。

 普門寺は伽藍、庭園は勿論、台所、トイレ、棚や下駄箱や窓枠の細部にいたるまで、美しく磨き上げられていた。日本の美というのか、永平寺のよい所を抽出して凝縮してまとめたような、本当に心洗われる場が広がっていた。長い時間をかけてこういったサンガをつくってきた先輩がいることを心から嬉しく想う。
 中川老師の部屋にはタイと二人で撮った写真が飾ってあった。随分前、老師が欧州に来たばかりの頃にまだ有名になる前のタイに出会った。一瞬でこの人は師となるべき人だと衝撃をうけ、教えを請うて以来、親しくさせてもらっている。普門寺の仕組みの多くもプラムビレッジを参考にさせてもらっているのだという。二人が知音とはここに来るまで全く知らなかった。そういえば「中川老師の師匠」が「私の師匠の師匠」である酒井得元老師であることも、ドイツに来てから知った。不思議なご縁はつながる。
 普門寺について、中川老師について、まだまだ書ききれないことがあるのだが、この辺りでとめておく。
 実はこの日記はもっと早く、簡単にまとめたかった。ベルリンに戻ったのが7月30日、それから既に5日が経ちながら散乱する荷物を横目にMacBookを広げている。
一週間以上まったく「光を放つ板」に向かっていなかった身体は、たった30分でもディスプレイを凝視することがいかに不自然な運動であるかを思い出しているのだ。
昨日も一昨日も数時間、今日は慣れてしまってもう10時間ほどかがみ込んで液晶に向かっている。人間の身体はそのような暮らしには対応しきれないのかもしれない。
 帰路の車中、ベンジャミンさんと話したことが思い出される。
一週間のテント生活では額にとまった蚊一匹、殺さないように暮らしていた。私たちも、草も、木も、小石も、空も、湖も、虫も、動物達も、子供達も、全てつながっているひとつの生命であるという事実を、皆、心のどこかで実感できていたからだろうか。
ところがその翌日には、時速160キロで虫を何匹も轢き殺しながら私たちはアウトバーンを疾走しているのだ。コントのような矛盾。
同じように滑稽な過ちが日常生活にないだろうか。
 私たちは今、ここから生活を変えていくことができる。それ以上のことはできない。今まで出会った、この旅で出会った、これから出会う、全ての存在への伝えきれない感謝を体現したく、今はここでキーボードを閉じることにする。
 祈諸縁吉祥福壽無量 2017年8月5日          星覚九拝
>殊謝:
前田和之氏、栄子氏、つたがわのりこ氏、岩元宏輔氏、友里氏、
樋口直樹氏、順子氏、川本博明師、柏本奈津氏、Richard Dindo氏、
堀之内礼二郎氏、真理恵氏、大谷誠治氏、恵子氏、池田真咲氏、
長谷洋介氏、菜生氏、渡邉格氏、麻里子氏、細田弘恵氏、
ネルケ無方師、森田さやか氏、安部朱美氏、正氏、安部裕城氏、真穂氏、
Andrew Thomas氏、高橋流美氏、早野拓真氏、本間志穂氏、
William Reed氏、リード京子氏、中込紘行氏、友里氏、
野崎悠氏、渡辺寿美子氏、松本直子氏、広芳勝一氏、あべみちこ氏、
荻野淳也氏、青柳美智子氏、大坂靖彦氏、小林昌美氏、藤富淳子氏、
福谷清志氏、足立平氏、Benjamin Riesenfeld氏、信方夏季氏、
山本慶子氏、深田拡慶氏、森灘智一氏、嘉子氏、西尾桂三氏、
Roger Walch氏、三好一博氏、藤井まり氏、藤井こまき氏、
千田祥幹氏、佳子氏、安野道貴氏、史氏、上野宗則氏、
辻信一氏、ソーヤー海氏、内藤真知子氏、岩元俊輔氏、早紀氏、
丸瀬和憲氏、本田かずみ氏、須藤萬夕氏、高柳寛樹氏、中川ひとみ氏、
齋嚴師、徳本師、梅田師、西田佳奈子氏、中澤佳奈氏、
>献本感謝:
『今日を死ぬことで、明日を生きる』 ネルケ無方著(http://www.kk-bestsellers.com/cgi-bin/detail.cgi?isbn=978-4-584-12548-9
『こまき食堂』藤井小牧著(http://www.chikyumaru.co.jp/detail/class_code/8-479/
『The Art of Living』Thich Nhat Hanh著(https://www.penguin.co.uk/books/1111671/the-art-of-living/)
『愛する』ティク・ナット・ハン著 西田佳奈子/シスター・チャイ・ニェム訳(http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309248035/
 追記:写真を下記サイトに掲載しました。
https://www.facebook.com/pg/undoinberlin/photos/?tab=album&album_id=1455492281172059
星覚

雲水