お寺に響くこどもの声

4月から長女が小学生になりました。ピカピカのランドセルを背負い、毎朝張り切って学校へ通っています。小学校は斜め向かいで直線距離にすると100mほどの近さなのに、7時半すぎには家を出ていく娘。昔の私も「もうちょっと遅くきてね」と先生に言われたことがあるくらい朝早くから学校に行っていたので、学校が好きで楽しいのはなによりだなぁと思って見ています。

参観日が土曜日だったため平日に振替休日となったある日、娘と一緒に境内の雪割りをしました。

暖かい地方の方は聞いたことがないと思いますが、「雪割り」とは、雪解けを早くさせるために積もった雪を堀りおこしていく作業です。こういう細かいところはスコップでやりますが、学校のグラウンドや畑などは重機を使います。雪が積もったままになっているよりも、雪の外気に触れる面積が増えるため雪解けが早くなります。信じられないかもしれませんが、このあたりでは畑はまだ雪に覆われているんです。

こちらが境内の雪割りの様子です。土やコンクリートの上に雪を撒いておけば、数時間後には溶けてなくなっています。お日様の力はほんとうに偉大です☆

 

そして、この雪割りの作業を娘も楽しそうに手伝ってくれました。小さなスコップで雪を運んだり、雪の塊を砕いたり。乾いたコンクリートが雪解け水で濡れていくのが楽しいようです。

「見て!川ができた!」

娘が地面にしゃがみこみ、雪解け水がコンクリートの上を流れていく様子に釘付けになっていました。

「わ、ふたつに分かれた! わわっ、こっちに池ができてる!」

素敵な理科の勉強のはじまりです♪

 

そういえば私も昔、家の庭(=境内)にできた小さな川を見つけて、水が流れる様子を見て楽しんでいたなぁと思い出しました。川にカーブを作ってみたり支流を作ってみたり、どんどん水を運んできて水をたくさん流して深くて大きな川にしてみたり…。そして最後には庭の土を大量に流してしまって親にられたんだったっけ…。懐かしい思い出です。

境内で遊んだ思い出はまだまだたくさんあります。友達が来たらおにごっこをしたりかくれんぼをしたり、野球をしたこともありました。小さい頃、とにかくお寺で遊びました。私はお寺の生まれなのでお寺で遊んだ記憶がたくさんあるのは当然のことですが、昔、お寺の近くに住んでいたという年輩の方も懐かしそうにお寺で遊んだ思い出を話してくれます。学校の帰りにお寺で遊んで帰ったこと、法要の日などは饅頭をもらって食べたこと、友達とケンカしていたら「道具はダメだ、やるなら素手でやれ!見ててやるから!」と住職に言われたこと…子供の頃の話をいろいろと教えてくれます。

三つ子の魂百までといいますが、子供の頃の楽しかった思い出はいつまでも残るものなんですね。お寺が楽しい思い出の場所になれることはとても嬉しいことです。

 

 

お盆のお墓参りなどでお寺に小さい子供がお参りに来てくれたとき、子供達は広い本堂で嬉しくなってキャーキャーと言いながら走りだします。大きい木魚やおりんなどを見ると珍しいので叩いて遊びはじめます。それを見て親御さんは「ダメ!お寺は静かに!」と止めてくれたりしますが、私はその場にいたら必ず「いいんですよ。本尊さまは子供の元気な声を聞いて喜ぶはずですから」と話しています。だって、仏教やお寺は心豊かに生きるためのもの、子供の元気は声は平和の象徴。お寺に子供の元気な声が響き渡るのって、幸せの証じゃないですか。

そして子供達にとっても、お寺が楽しい思い出の残る場所であったらいいなと思っています。

これからの季節は近くの保育園の子どもたちがお散歩でお寺に来て境内で遊んでいってくれます。お寺に響くこどもの声って、ほんとうに良いですね。

佐藤 妙尚

1982年8月生まれ。尼僧住職で三児の母。北海道の小さな村にあるお寺の一人娘として生を享け、27歳のときに先代住職である父を亡くし住職となる。住職と母親業、両立できているのか、いないのか。