進撃の仏さま

先日ちょっとうたた寝をしていた時に、巨人に追っかけられるという夢を見ました。頑張って逃げるのですが、身体の大きさが違いすぎて、とても逃げ切れずにとうとう捕まってしまう、という恐ろしい夢でした。ハッと目が覚めて「夢でよかった…」と思いながら一息ついて冷静さを取り戻すと、そういえば今人気の漫画にそういう漫画があるな、ということを思い出しました。

そんな夢を見たもので、実際あの漫画に出てくる巨人って、どのくらいの大きさだったかな?と気になり調べてみますと、大体身長15mほどだそうです。む、15m…。お坊さんならひょっとするとこの大きさを聞いてピンと来るかもしれません。そう、奈良の大仏がおおよそ15mなんです。しかもあの大仏さまは坐像ですので、もしお立ちになったら、単純計算で、その倍、30mほどになるでしょう。実に大きい仏さまです。
ところで仏さまの大きさを表す言葉に「丈六」という言葉があります。これは一丈六尺のことで、おおよそ4.85mだそうです。お釈迦様の勝れたお徳を表す例えとして、このぐらいの背丈があったと言われ、仏像はこの「丈六」を基準とするのだそうです。けれど、お経を読んでおりますと、もっともっと大きい仏さまもおられるんです。「仏説観無量寿経」というお経の中には、阿弥陀仏の大きさについて、「六十万億那由他恒河沙由旬(ろくじゅうまんおく・なゆた・ごうがしゃ・ゆじゅん)」と記されています。那由多は10の60乗、恒河沙は10の52乗、由旬は約7kmと言われますので、とんでもない数字になります。人間の視界どころか、現代の科学の粋を持ってしてもその大きさを見ることができるかどうか、というようなまさに宇宙規模のサイズ感。巨人どころの騒ぎではない、ものすごい発想です。
そしてこの阿弥陀仏という仏さまは「苦悩の中にあるあらゆるいのちを救いたい」と願ってくださる仏さまですが、親鸞聖人は、この阿弥陀仏のはたらきを「摂取不捨(せっしゅふしゃ)」と表されます。そして「摂」とは「ものの逃ぐるを追はへとるなり」と訳されておられます。仏法から逃げるような生き方をしている者であっても、阿弥陀仏という仏さまの側から追っかけてでも救わずにおれない、そういうはたらきを表す言葉です。
もちろん実際に「六十万億那由他恒河沙由旬」という大きさの姿形をした仏さまがおられるわけではありませんし、大きな仏さまが私を追っかけて捕まえようとしているわけではありません。けれど、我々の理解の範疇を超えるような大きなはたらきに、実は今まさに私のいのちはがっしり包み込まれているのです。巨人に捕まるのは恐ろしいことですが、私を救わずにはおれないという大乗の慈悲の心に包まれているということは、なんとなく安心を感じるような気がいたします。夢に出てきた巨人も仏さまであったら、と考えると……う、うーん、それでもやっぱり私は逃げてしまう、かも…
南無阿弥陀仏
日下 賢裕

不思議なご縁で彼岸寺の代表を務めています。念仏推しのお坊さんです。