仏教を”歌う”お坊さん/栄福寺 白川密成さん

いよいよ、『坊主めくり』に『ボクは坊さん。』の著者・白川密成さんが登場します。みなさんはもう『ボクは坊さん。』を読まれましたか? 「等身大のお坊さんってこんな感じなのかな」と思えたり、「お坊さんってこんなふうに仏教に接続するんだ」と納得したり、さらには「あ、私もこんな風に自分の仕事をしよう」なんて思えてしまう、なんとも読後感のさわやかな本です。どうやら、お坊さんの間でも好評みたいで、「ぜひ、坊主めくりしてください!」と”お坊さんからお坊さんリクエスト”も複数いただいておりました(笑)。こんなことってめったにないんですけど。
インタビューでは、『ボクは坊さん。』のこと、ミッセイさんの仏教に対する思い、これからミッセイさんがやりたいこと、などなどについてお話いただきました。

お坊さんのハートに火がついて

——本を読んでいても、実際にお会いしても「ミッセイさんはホントに仏教が好きなんだな」と感じるのですが、仏教を好きになられたのはいつごろからですか?

『ボクは坊さん。』と表紙をモデルに作られた人形とミッセイさんの貴重なショット

お坊さんに興味を持ったのは小学生の頃です。物心がついてくると、多かれ少なかれ誰もが死ぬことに関心を持ちはじめますよね。僕もまた「死ぬって大問題だ。すごいなぁ。死というものに包まれるんや!」とビックリしたんです。お坊さんは、死を含めた人間の考えられる深い部分まで考えられるんだろうなぁ、と。

——小学生のヒーローって普通はお坊さんじゃないですよね。

僕は、明るい子どもで友達も少なくなかったけれど、『ビックリマンチョコ』も集めなかったし『ジャンプ』も読まなくて。むしろ、面白くなさそうなもので面白がってみたい、ちょっと天邪鬼なところがあったのかもしれません。たとえば「お坊さんを継いでも大変だしかわいそう」って周囲から言われても、「その方が楽しめるかも」って思ったり。

——じゃあ、仏教そのものに興味を持たれたのは大学生になってから?

ええ。高野山大学で、「密教とは、その教えのなかで自分の生命が持つエネルギッシュな要素を十全に発揮するための方法論なんだ」とおっしゃる松長有慶猊下の著書や授業に出会って。そこではじめて、宇宙的で、エネルギッシュなものである密教と、当時好きだった音楽やアートって重なる部分があるんやな、という視点を得ることができたんです。松長有慶猊下が最終講義で「自分がやってきたのは人の心に火をつけることだ」とおっしゃったときには、「Light My Fire や! (ロックバンド・ドアーズの)ジム・モリソンみたいや!」と思いました。

——ミッセイさんも「Light My Fire」されちゃったんですね!

そうそう。「僕も火をつけられた!」と(笑)。先生は、きっと意図的に、そういうメッセージを発し続けておられたんだな、と思いました。

『坊さんからダーリンへ(企画提出あり!)』

——それで『ほぼ日刊イトイ新聞(以下、ほぼ日)』での連載を始められたんですか?

『ほぼ日』は学生時代から見ていたのですが、住職になってから改めて読んでみると、『ほぼ日』の人たちが、それぞれの立場で面白さを混ぜながら仕事をしているのに気づいて、すごい勇気をもらえたことがうれしくなって……僕は、すぐにうれしくなっちゃうんですよ。

——ミッセイさんは、わりと火がつきやすい……?

そう(笑)。それで、糸井重里さんに「ありがとう」ってメールを送りたいなと考えていると、「もしかして、24歳で四国で住職をしている僕の日々を書けば『ほぼ日』読者の方にも喜んでもらえるじゃないかな?」って気持ちが出てきて。「ありがとう」ってメールの最後に、企画書みたいなものをちょこっとつけて、サブジェクトには『坊さんからダーリンへ(企画提出あり!)』って書いて送ったんです。(「ダーリン」は『ほぼ日』での糸井さんの呼び名)

そしたらすぐ、「『坊さん』読みたいと思いました」とお返事をいただきました。「よしっ!」という感じですよね。『坊さん』は7年間で231回という長期連載になって、読者さんからはトータルで何千通というメールをいただきました。ところが、連載終了後にはじめの頃の文章を読みなおしてみると、「仏法は今を生きている人にも意味があるから絶対に伝えたい。しかも、ポップなものを混ぜてやりたいんだ」って気持ちにすごくあふれているんですよ。あ、これは24歳の自分に負けるなと思いました。

——当時の自分に燃えさかるものが見えたんですね。

7年前の自分に火をつけられたんです。それで「この言葉を発したのは自分やぞ」ということを、本というカタチにして自分に突きつけておこうと思いました。もしかしたら、あのときの気持ちのままで書籍化していたら、違った本になったかもしれません。『ボクは坊さん。』は、ミシマ社さんと一緒だったからこそ制作できた本だと思います。

「もう一度はじめから」と編集者さんに言われて

——ミシマ社さんとのご縁はどんなふうに始まったんですか?

石のカエルとミッセイさん人形のいたずらショット

雑誌『Re:S(第9号)』で、代表の三島邦弘さんのインタビューを読んだことがきっかけです。三島さんの「結局は一つひとつをていねいに作り、熱を持ってそれを届けるしかない」というお話に、「これは僕たちが仏教を伝えるうえでも共通するものがある」と思い、グッと惹かれたんですね。メールを送ってみたら、偶然にも「明日、今治に行く予定があるからお会いしましょう」とお返事が来たんです。

——すごい。ナイスタイミングですね。

はい。ネットで連載したものに少し加筆してまとめたものを読んでいただいたら、「もう一歩いけると思うんです。非常に失礼ですが、もう一度頭から書き直しませんか?」と伝えられました。作業自体は大変でしたが、実際に書き直してみると、32歳の僕の文章で書く方が今の自分の文体になっているなと思えましたしね。また、今から考えると、書きなおしたことでまったく深度のちがう、多面的な本にすることができました。

——書き直しには一年半ちかくかけられたとか。

「たぶん、暑いときに読む本じゃないから寒い季節に出したい」と話していたら、翌年の冬になってしまったというオチがつきました(笑)。三島さんは「著者の初めての著作はデビューアルバムだから、その人のすべてが入っていなければ。だからこだわりたい」とおっしゃってくださって。僕のこれからを考えて、一人の人としてきちんとつきあってくれる人に出会えたということが、ものすごくうれしかったです。

三島さんの過去のお仕事を見せていただいて、そして直接お話してみて「三島さんという編集者の色のなかで得るものが絶対にある」と思っていました。書くのは僕ですから、僕の色みたいなものは絶対に出てきます。だからあえて、できるだけ彼の色のなかでやってみたいという気持ちもありました。

——読んでいて、お坊さんの日常からグッと深く仏教へと潜っていける感じが面白かったです。

青春コメディだったり、仏教エッセイだったり、名言集だったり。いくつもの要素がある本だと思います。僕は、お坊さんになったとき、見るものすべてが新しかったんですね。その思いの中で書いた本ですから、『ボクは坊さん。』は二度は書けないタイプの本なのかもしれません。

 

ワクワクする仏教を伝える

——お話を聴いていると、良いご縁のバトンリレーが続いているように感じます。

糸井さんも、三島さんも、何ができるかわからない無名の僕に「おーい、やってみろよ」と言ってくださったんですよね。三島さんが編集を担当した、糸井さんの『インターネット的』という本の大事なキーワードに、「フラット」という言葉があります。インターネットでは地位も何もかもがフラットになり得るという意味だと思うのですが、お二人ともそういう意識をもともと持っておられる方だと思います。いつもギリギリまで五感を鋭くして仕事をされているからこそ、いろんなものが見えるし、心に響くものを本気で探しておられるんだと思います。

お坊さんの世界の中だけで完結してしまうと、自分たちの言語しか使えなくなってしまいます。もちろん、なかの世界でやることも大事ですけど、できるだけそれ以外の世界の人とも仕事してみたい。そういう意味では、本を作ることでいろいろ勉強させてもらうこともできました。また、お坊さんとして「慈悲というものがありまして、他者のために生きるには」と言うだけじゃなくて、自分自身もきちんと机の上にあげて「できるのかな」「これはできてないな」と、考えていたいとも思います。

——正しく教えを「伝える」だけでなく、自分を確かめる。

情けなかったり、悪や欲望を抱えていたりもする自分をしっかり見つめたうえで伝えたいんですね。日本の僧侶は、批判されやすい立場にあります。結婚をしたり、お酒を飲んだりもしますし、一般の方とそう変わりのない生活を送っていますから。でも、開き直ってはいけないのですが、今の僕たちだからこそ語れるオモシロい仏教もあるのかなという気がします。

——オモシロい仏教。ミッセイさんは「仏教にワクワクする」とも言われますね。

三沢厚彦作「Animal2007-08」とミッセイさん

ずっと長くお坊さんという仕事に関わるのなら、ムッツリやるより少しでも楽しい気持ちを味わいたいですよね。音楽を聴いたり、美術を見たりすると何かを受け取るじゃないですか?すごく真摯なメッセージだったり、興奮させられるものだったり。仏教だって同じだと思うんです。だから、自分が送り手となるときには、やはり仏教から受け取ったものを「自分にとってはこういう感じです」と伝えたいんです。

もともと仏教って、リラックスしたい、ちょっとでも安心した気持ちでいたいとか、そういうものだと思うんです。今、仏教がなかなか伝わりきれていない部分があるとしたら、すごく単純に「うれしい」とか「かっこいいね」という部分があってもいいと思います。ワクワクする気持ちを混ぜ込んであげれば、仏教の持っているポテンシャルが回りだすかもしれません。

現実にこの場に住職として立っていると、今お寺がコンビニよりたくさん残っていて、たとえば『大般若経』の儀式が受け継がれて、神輿に乗って各家を回っているなんてすごいことだと思うんです。ただ、そこに甘んじるだけじゃなく、そういうものへのリスペクトや共感を持ちつつ「でもこのままじゃね」というところを考えていきたいですよね。

ポップ仏教穴ぼこ論!?

——ミッセイさんは仏教を「表現する」という風に考えておられるんですか?

わかりません。でも、直感的に「仏教を表現する」人やモノが少ないと感じているのかもしれません。『ロッキング・オン』の渋谷陽一さんが昔『ビートルズ穴ぼこ論』というのを書いておられまして(笑)。当時のポップシーンのなかに「巨大な穴ぼこ」があって、そこにハマったのがビートルズだったんだ。だから、ビートルズは巨大にならざるをえなかったんだ、という論だと思うんです。

仏教にポップな表現をまじえて語るということも、やはりそういう「穴ぼこ」があるのではないかと思います。それって、いろんな僧侶の方や、僧侶以外の仏教に興味を持っている人、これから出会う人たちがハマりたくなるような「穴ぼこ」だと思うので、そこをもっと大きくしていくのがこれからの仕事なのかな。

——じゃあ、私もそこにハマりにいきます(笑)。

栄福寺への道しるべ

一緒にハマりましょう(笑)。いまは、若い人を中心に、僧侶たちの活動に対して「お、動いてる」と見られている雰囲気はあると思います。きっと他にも穴ぼこはあるんでしょうね。ただ、同時に人口が減少してきて、地方では檀家制度でお寺を支えるのが難しくなり、都市部ではお葬式のやり方に関して選択の自由が広がっているという現状もあります。もちろん、個人が意見を表明できるのはいいことだと思うし、僕たちはある意味まっとうな問いかけをされているんだと思いますけどね。「仏教は存在価値があるんですか?」と。そして、僕は仏教に存在価値があると思う。

——ミッセイさんの語る仏教は、個人の自由において仏教を選びたいと思う人に響くものだと思います。同時に、その自由が檀家制度の足元も揺るがせていることをどう考えられますか?

個人としても仏教、あるいは宗教の話を聞きたいという流れは、止めることができないものだし、止めるべきでもないと思います。ただ、僕に関して言えば、四国遍路のお寺にいますから、少し特殊な状況なのかもしれません。ここにいてありがたいのは、みんな自分の意思でお参りに来られるんですね。しかも観光だけではなく、白衣を着て般若心経を唱えて帰られる。他のお坊さんから見れば「お前はいい状況だから言えるんだよ」ということになるのかもしれませんが、今の僕の立場だから言えることがあると思うんです。

考えてみたらお坊さんになれただけでもすごいご縁ですよね。僧侶であるというだけで、できることがあるはずだから、一人ひとりが「”自分”だからできること」を考えたらいいのかなと。

 

声のいいシンガーみたいなお坊さん

——ミッセイさんだからできること、ですか?

栄福寺本堂の前にて

自分のことなので表現しにくいですけど、僕は仏教という”場所”で作詞も作曲もできないけれど、声のいいシンガーみたいな存在ならなれるのかも、と思うことがあります。僕が書いていることは、僕のオリジナルな考えではなくて、お釈迦さまやお大師さまからいただいた思想ですよね。でも、難しい学術的な用語ではない僕の言葉を通すと「気持ちいい」と言う人がいる、みたいな。その「声」が僕にとっての文章なのかもしれないです。あんなふうがいい、こんなふうになりたいというのは、いくらでも思うけれども、なれるものってほんのちょっとしかなくて。少ない選択肢のなかからこれだったらできるかも、というものなのですが。

——たしかに、何ができるかなって考えるのは楽しいですよね。

はい、楽しいです。今、お遍路さんのツアーグッズのようなものを、仏教思想を交えて作ったらどうかなと考えているんです。Tシャツやトートバッグを作ってみたのですが、ブランディングを手がけるアートディレクターの方に入っていただけるといいのかなと思うこともあります。でも、仏教のブランディングをするのはお坊さんの仕事のような気がするから、そこを任せるのは考え中なのですが……。

——仏教のブランディングという言葉はちょっと新鮮かも。

たしかに、ちょっと柔らかい言い方すぎるかも(笑)。すぐれたアートディレクターの人たちは、ただキレイなモノを作るだけじゃなくて、間口を広げてきちんと届くものを作ろうとされますよね。仏教にもそういうスキルは必要なのかもしれません。仏教はある意味で、今とても「小さなもの」だけど、みんなでもうちょっと身近なものにしたいですよね。考えてみると、本もすごく「小さなもの」なんですよね。少なくとも巨大な産業ではない。ただ、本や仏教に関わっている人は、それが今「小さなもの」であることを忘れそうになっちゃうし、大きくはないけれども面白い、好き、何とかしたいという視点を持っておくべきだと思います。もちろん、一人ひとりの心のなかでは、「仏教」も「本」もすこぶる「大きなもの」になり得ることを前提にした話なのですが……。

これからミッセイさんがやりたいこと

——檀家離れと言われるお寺と、活字離れをなげく本の世界、ですよね。

出版が抱えている問題は、宗教が抱える問題に重なり合ってきますよね。本が売れなくなる、人口は減っていく。「じゃあどうする?」となったときに、やはり方法としては「読みたくなる本を作る」「本でしかできないことをやる」、「聴きたくなる宗教を語る」「宗教だから語れることを語る」ということなのかなぁと。

どんなにいい本を作っていても、人が本を読まなくなったらもしかしたらダメかもしれない。でも、きっと単純には説明できないけど「本が好き!」って気持ちがあるからやっていられるんじゃないかと思うんです。この人だったら裏切られてもいいと思う恋みたいなもので、自分が好きになったんだから恨みっこなしだよ、みたいな。そういう覚悟が僕たちにもあれば、プレッシャーを感じすぎずに仏教をやって、ダメだったら「そういう人生だったんだよね」と。

——かっこいい!

なかなかそうはできないけど(笑)。どこかに仏教が好きだという思いがあれば、ずいぶん気が楽になるんじゃないかなと思います。

——ミッセイさんが、これからやろうとしてことを教えてください。

本や文章はどこにいても書けるわけですから、お寺という場所を預かっているからこそできることも考えたいですね。今計画しているのは、増設中の庫裡を『演仏堂』と名付けて、一階部分にお寺や仏教を考えたり、仏教を「やってみる」編集部のような場所を作ることなんです。

——『演仏堂』の完成はいつごろですか?

2011年3月頃を予定しています。2007年、2009年にグッドデザイン賞を受賞した建築家の白川在さんが設計して、在さんの知り合いで東京スカイツリーの照明を手がけた照明デザイナーの戸恒浩人さんに全体的な照明デザインをお願いしています。地元の人がデートに来たくなるような場所にもなればいいかもしれないですね(笑)。

好みで言えば、僕自身は宮大工さんが作る伝統的な建築も好きなんです。でも、あえて新しいデザインの建築を作ることで、僕が今取り組んでいる「仏教を今の人の言葉でカジュアルに考えて行こう」という問題意識の”旗”を立てておきたいんです。

——「仏教をやってみる」ってどんなことでしょうか。

イメージとしては、やはりワークショップ的なものが近いのかな。納経所を今の3倍くらいに拡大して、お参りに来る人が仏教の内容の部分を何か持って帰れるものを作りたいです。また、どんなカタチであれ、言葉はずっと書いていきたいですね。7月からミシマ社のウェブマガジン『ミシマガジン』で『となりの坊さん』という連載がスタートしますが、今度は仏教の中身、内容を語るものを書いていくことになると思います。

——楽しみにしています。ありがとうございました!

坊主めくりアンケート


1)好きな音楽(ミュージシャン)を教えてください。特定のアルバムなどがあれば、そのタイトルもお願いします。

中村一義さん、くるり、原田郁子さん、コーネリアス、レイ・ハラカミさんなどの音楽が好きです。

2)好きな映画があれば教えてください。特に好きなシーンなどがあれば、かんたんな説明をお願いします。

もう観れないかもしれませんが、「ダンサーインザダーク」を映画館で観た時には、暗闇の中で踊っているのは、目の見える僕たち自身なのかもしれないな、と思いました。あと、たくさんの子供と(これも劇場で)観た「崖の上のポニョ」に子供たちが本気で喜んでいたのが、とても印象的でした。

3)影響を受けたと思われる本、好きな本があれば教えてください。

中沢新一著『カイエ・ソバージュ』
(新装本の鈴木成一さんのブックデザインも好きです!)
4)好きなスポーツはありますか? またスポーツされることはありますか?

松井秀喜選手のプレーを観るのが好きです。
散歩が結構好きです。

5)好きな料理・食べ物はなんですか?

新鮮な魚介類と野菜、キノコを使ったシンプルな料理。

6)趣味・特技があれば教えてください。

コーヒーショップで馬鹿話をすること。

7)苦手だなぁと思われることはなんですか?

いばっている人。極端な精神主義。

8)旅行してみたい場所、国があれば教えてください。

青森、鹿児島、沖縄、北海道。
タイ、スペイン。

9)子供のころの夢、なりたかった職業があれば教えてください。

お坊さんになりたかったけれど、「魚屋さんになりたい」という絵がコンクールで賞をもらい新聞に載ったことがあります…。

10)尊敬している人がいれば教えてください。

けっこうたくさんの人を尊敬しています。

11)学生時代のクラブ・サークル活動では何をされていましたか?

軟式テニスをしていました。

12)アルバイトされたことはありますか? あればその内容も教えてください。

大手パンメーカーの工場で、パンを焼くバイト。
「コンパニオン」の時給が良かったので面接に友達と二人で行ったら、「男だったの!」と言われました(大学生の頃)。

13)(お坊さんなのに)どうしてもやめられないことがあればこっそり教えてください。

とても教えられません。

14)休みの日はありますか? もしあれば、休みの日はどんな風に過ごされていますか?

美術館やお寺、自然の綺麗な場所に行くのが好きです。

15)1ヶ月以上の長いお休みが取れたら何をしたいですか?

おしいものを食べに行きたい。

16)座右の銘にしている言葉があれば教えてください。

「ゆるさをゆるす」

17)前世では何をしていたと思われますか? また生まれ変わったら何になりたいですか?

以前、韓国人の尼僧さんから、「前世は中国人のお坊さんだったね」と突然、言われたことがあります(真相究明中)。
18)他のお坊さんに聞いてみたい質問があれば教えてください。(次のインタビューで聞いてみます)

「日本のお坊さんだからできること、取り組める仕事」(いい意味で)
があるとしましたら、それはどのようなものだと考えられますか?

19)前のお坊さんからの質問です。「坊主と先生という呼び方に抵抗ありませんか?私は「和尚さん」と呼ばれるのが好きです。貴師はいかがでしょうか?」

僕の住んでいる地方では、親しみを込めて”おっさん”と僧侶のことを呼びます。
呼び方は基本的に先方に任せるようにしていますが「ミッセイさん」と呼ばれると、一番ホッとしますし、そう呼んでくださる方が多いようです。

 

プロフィール

白川密成/しらかわ みっせい

1977年愛媛県生まれ。栄福寺住職。高校を卒業後、高野山大学密教学科に入学。大学卒業後、地元の書店で社員として働くが、2001年、先代住職の遷化をうけて、24歳で四国八十八ヶ所霊場第五十七番札所、栄福寺の住職に就任する。同年、糸井重里編集長の人気サイト『ほぼ日刊イトイ新聞』において、「坊さん――57 番札所24歳住職7転8起の日々――」の連載を開始し2008年まで231回の文章を寄稿。2009年『ボクは坊さん。』(ミシマ社)を発表。現在(2010年7月)までに7刷を重ね、各界に静かなブームを起こしている。
高野山真言宗 府頭山 無量寿院 栄福寺
http://www.eifukuji.jp/
四国八十八ヶ所霊場の第五十七番札所。嵯峨天皇勅願寺と伝えられる。弘仁年間(810年?824年)に弘法大師が今治に立ち寄った際、海上の安穏を祈願して府頭山の山頂にて護摩法を修法すると、満願の日に海上から光あふれる阿弥陀如来が現れた。この阿弥陀如来を本尊として建立されたお堂をもって創建とする。さらに、貞観元年(859年)に行教上人が九州の宇佐八幡の分社を京都の男山に建立するため、瀬戸内海を航海中に暴風雨に遭って今治に漂着したときに、府頭山が男山に似ていることに驚き、山頂の阿弥陀如来を本地仏として八幡神を祀り神仏習合の八幡宮を建立。しかし、明治政府による神仏分離令により、お寺は山の中腹の現在地に移転したという。

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お坊さん、地域で生きる人、職人さん、企業経営者、研究者など、人の話をありのままに聴くインタビューに取り組むライター。彼岸寺には2009年に参加。お坊さんインタビュー連載「坊主めくり」(2009~2014)他、いろんな記事を書きました。あたらしい言葉で仏教を語る場を開きたいと願い、彼岸寺のリニューアルに参加。著書に『京大的文化事典 自由とカオスの生態系』(フィルムアート社)がある。