2008年9月30日

御師は檀家のもとに赴いて祈祷し、お土産を配るのですが、それだけが目的ではありませんでした。檀家から「初穂」と称して、米を受け取っています

その量は様々でしたが、大体、5合ぐらいが平均だったようです。受け取った米は、従者に持たせます。つまり、「御膳籠」に入れたわけです。お土産の品がなくなる分、籠の中に米が入っていくという仕組みなのです。

1戸あたり5合としても、200戸以上となれば、1石以上ですから、相当な量でしょう。大山近隣の農村でしたら、ある程度まとまったら、宿坊まで持っていったことでしょう。遠隔の地でしたら、運送業者に頼んで宿坊まで届けてもらったのでしょう。

遠隔地に檀廻りする場合、そして檀家圏が広い場合は、全ての檀家の元を廻るわけにはいきません。そうした場合は、講元の力に頼らざるを得なかったのが実情でした。

続きを読む "九章十七話 初穂米"
2008年10月 7日

講元宅での御師の様子を見てみましょう。

檀家たちは床の間に通されます。そこには、大山の掛け軸が掲げられていました。その前に、お神酒をあげます。そして、祝詞と共に、真言の経典を唱えながら、檀家である講中の家内安全と豊作を祈るのです。祈祷が終わると、石尊大権現や不動明王の御札などを配りました。

不動明王とは大山寺の本尊ですが、石尊大権現とは、現在の大山阿夫利神社のことです。江戸時代は神仏混交でしたから、阿夫利神社の本社を、大山石尊大権現(おおやませきそんだいごんげん)と呼んでいたのです。

御札やお土産を配った後、返礼として、「お召し」とも称したと言いますが、初穂米を檀家からいただくことになっていました。お米だけではなかったようです。お賽銭もいただいたようです。

続きを読む "九章十八話 講元宅での祈祷"
2008年10月14日

今まで見てきた檀廻りは、近隣地域を対象としたものですが、遠隔地を対象とした檀廻りの様子を、以下見ていきましょう。

村山坊は1万戸を越える檀家を持っていましたが、現在の千葉県北部にあたる下総国を対象とする天保8年(1837)の事例が、現在明らかになっています。この時に檀家に配付した品物の記録も残っているのですが、その種類と量を列挙してみます。

下総国の89ケ村を廻った時の事例ですが、御札にも2種類ありました。大札と小札です。大札は「糊入札」。小札は「半紙札」と呼ばれていました。「糊入札」が1705枚。「半紙札」が8082枚でした。

「糊入札」をいただいた檀家の方が扱いが上でした。御札が紙の袋に入れられて、糊付けされていたのでしょう。「半紙札」とは、御札が小さいだけでなく、袋にも入れられなかったのでしょう。

続きを読む "九章十九話 大量のお土産"
2008年10月21日

村山坊の御師が定宿としていたのは、亀屋と言いました。この亀屋に、これから檀家に配るお土産を運び込んだのです。亀屋を拠点として、必要な量を従者に持たせ、檀家を廻ったというわけです。

遠隔地で、檀廻りが広範囲に及ぶ場合は、檀家1軒1軒を廻ることはできません。講元宅だけ廻っていたのですが、講元宅に檀家が全て集まれるわけでもありません。そうした場合は、どうしていたのでしょうか。

講元や講の世話人などの居宅に、一括して御札やお土産の品を置いていったのです。檀家たちに御札やお土産を渡してくれるよう頼んでおいたというわけです。

初穂米なども、同じです。講元などに、檀家から初穂米を集めてくれるよう依頼しておきます。そして、まとまったら、指定の場所まで送り届けてくれるようにも頼むのです。

続きを読む "九章二十話 檀廻りのシステム"
2008年10月28日

こうして、御師は講元の力を借りながら、檀廻りをおこなっていました。御札をはじめ、相当な量の土産品の調達など、莫大な費用と手間が掛かっていたことは言うまでもありませんが、師檀関係の維持にはどうしても不可欠な営業活動でした。

檀廻りの負担は大きかったとは言え、相当の初穂米やお賽銭が御師に入っていたのも事実です。さらに、代参講で宿坊に宿泊してもらえれば、相当の収入も入ります。利益率の高さは、既に述べたところです。

御師の収入は相当のものだったらしいのですが、文化活動に熱心だったことも、その生活の余裕を示すものと言われています。

特に江戸時代後期、関東では能をはじめとする文芸の中心地として大山は知られていました。文化活動自体は御師にとって経済活動ではありませんから、収益があがるというものではありません。

続きを読む "九章二十一話 御師の経済力"
江戸時代、お寺参りは町人たちのレジャーでした。当時世界一の人口規模を誇った観光都市江戸では、お寺がありとあらゆる工夫を凝らし、現代の広告代理店さながらの参詣客の争奪戦が繰り広げられておりました。江戸研究家の安藤優一郎が語る、お寺にまつわる江戸の人間模様。
→ブログに登場する江戸名所の地図
安藤 優一郎 / 文
1965(昭和40)年千葉県生まれ。歴史家。江戸時代を専門とする。文学博士(早稲田大学)。近著に『幕臣たちの明治維新』(講談社現代新書)、『大名屋敷の謎』(集英社新書)、『江戸城・大奥の秘密』(文春新書)『徳川将軍家の演出力』(新潮新書)。東京理科大学生涯学習センター、JR東日本・大人の休日倶楽部「趣味の会」講師も勤める。
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→著者ブログ「江戸探訪記」
→著者ブログ「大江戸グルメ日記」
加藤 円正 / イラスト
昭和51年愛媛県生まれ。人口100人ほどの瀬戸内に浮かぶ島にある、お寺の住職。イラストレーション、板目木版を中心に絵を描く。妖怪と時代劇とロックンロールを好む。2005年『怪』(角川書店)「第二回怪大賞」にて京極夏彦氏より妖怪版画で京極賞を受賞。
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